蛙と兎と箱庭

エリー.ファー

蛙と兎と箱庭

 あの子。

 ああまでして、注目を集めたいのか。

 そういう言われ方をしている子がいた。

 女の子だった。

 余りにも変わり者だったから、誰からも無視されていていつも一人だった。

 不憫であるとか、そういうものとは無縁の人生だと思いたい。

 端から見ての感想はそこ止まりだった。何度も何度も言って聞かせるような人もいたらしいが、結局のところ、みんな離れて行ってしまった。

 どこかに消えてしまっても。

 誰の声も聞こえなくなっても。

 あの子はずっとあそこにいた。

 雨の日も風の日も、夏の暑い日も冬の寒い日も。

 あの子はずっとあそこにいた。

 誰かがそれを見ていて、そして、絵にした。

 その内、あの子があの場所で何をしていたのか分かるようになると、いつの間にか周りには人が集まるようになってくる。不思議なものだ。というか、そういう者なのだと思う。

 分かりあえない存在である、ということがより深い興味を周辺の人間に持たせたのである。

 あの子が、少しずつ少しずつ表情豊かになったように見えるのも、やはり、観察者側として何か嬉しいと感じられる部分が、そこに確かにあったからなのだと思う。

 悪いことは言わないから。

 本当に。

 悪いことは言わないから。

 早く、ここから逃げて欲しいとさえ思った。そうやってそこに居続けることで、ここに居場所を見つけてしまうことで、ここでまどろんでしまうのかと不安だった。誰にも見つからず、ただ一人で奇異の視線の中、孤高の存在でいて欲しかった。

 余りにも。

 余りにも。

 余りにも身勝手な望みであることは分かっているはずなのに、それを心から願ってしまう。

 他の観察者がいたとして同じ気持ちになったことは間違いない。

 あの子はずっと、四角い箱を見つめていた。

 その中に、蛙と兎のフィギュアを詰めていた。


 蛙と兎のフィギュアなんて、作って売れるんですかね、先輩。

 えっ。

 あんまり気にするなって。

 そんなこと言われたって、こんなものどこでも作ってるじゃないですか。そりゃあ、少しくらい考えたりはしますけど、でもですよ、全然売り上げも芳しくないじゃないですか。

 だったら、普通、こういうのって生産停止になるものですよね。

 さすがに、おかしいですって。

 おかしいですよ。

 なんかあるんじゃないっすかね、それこそ陰謀みたいなの。

 蛙と兎のフィギュアだけは常に作り続けなければいけないみたいなの。そういうなんていうか、脅迫みたいなのを、うちの工場が受けてるみたいな。

 だって、この蛙と兎のフィギュアって、どこかの店からの発注とかじゃなくて、うちの工場のオリジナルとして売り出してるんですよね。正直、なんていうか、何故、これを工場として前面に押し出したのかが分からないんですけど。

 今に分かる。

 本当ですか。

 本当に、今に分かることなんですかね。

 前に辞めた子が言ってたんですけど、この蛙と兎のフィギュア、どこかで誰かが使っていて、しかも、それが超有名らしいんですよ。いや、俺も良く分からないんですけどね、別に、その使っている人も有名人っていうわけじゃないらしくて。

 なんだか。

 なんだか、嘘なんじゃないかって思うんですけど。

 でも。

 でも、まぁ。

 俺らって、このフィギュアを作る以外に、何か別の仕事があるかって言われるとかなり微妙っすからね。

 なんでか分からないですけど、このフィギュアとも腐れ縁みたいなのが出来上がってるのかも。

 なんて。

 オカルトっすね。

 これじゃ。

 あと、先輩、俺、もうすぐ結婚するんですよ。

 はい、へへ。

 子供は作れないっすよ。

 こんな小さい収入しかない、こんな小さい箱庭じゃ。

 こうやって動かしてくれる女の子も、たかが知れてますし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蛙と兎と箱庭 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ