七天魔導の中でも最強と言われているのに、魔法学院に通えと言われた……
壱兄さん
第1章、魔法学院編入編
第1話、これから何度もこの道を通るのか……
「きゃあああああー!!」
人々は逃げ惑い、悲鳴を上げ、中には罵詈雑言を浴びせ合い、負の感情を露わとしながら我先にと他人を押しやる。
普段は無関心が先にくるはずの都会の真ん中で、そんな醜い人間の本性を曝け出す無力な人々。
すなわち、
気分も様々に出勤、登校、外出していた彼等がこの様な状況下にあるのは、一体の異質な存在の影響によるものだ。
「ギィエエエエエエッ!!」
――“ワイバーン”、通称・飛竜。
ある時より現れ始めた、亜竜の一種である空飛ぶトカゲだ。全長は10メートル程にもなり、強力な顎で噛まれようものなら人間の胴体など軽く喰い千切ってしまう。何より厄介なのは、成体になると灼熱の火炎をも吐き始める事だ。B級の脅威に指定されている非常に凶悪なモンスターだ。
そのワイバーンが、何故かこの様な
通常では有り得ない。魔法結界を乗り越えて、警報も無く突如として現れるなど有ってはならないのだ。
ワイバーンがビルに二足の爪を食い込ませ、瓦礫を落とす。
機嫌の良し悪しは不明だが、翼を広げて眼下に蠢く餌の数々に雄叫びを上げている。
「皆さん! 落ち着いて避難して下さいっ! 騒いでもワイバーンの的になるだけです! すぐに軍が助けに来てくれるはずです! だから冷静にっ!」
この場に不釣り合いな鈴を鳴らしたような可愛いらしい声が響く。
数人だけだが、それに気付いた周囲の人達の目が釘付けになる。
その声の主は、意思の強さを表したかの様なキツめの目付きをした、雑誌やテレビでもお目にかかれない程の赤髪の美少女だったのだ。
近くにある名門魔法学院の生徒であろう制服を着たその娘が、ワイバーンの咆哮やビルの瓦解する激音や振動に体を震わせながらも、懸命に冷静な避難を呼びかけていた。
「落ち着いて避難して下さい!」
「……お前が戦えよっ! そこの魔法学院の生徒だろうが! いつも金があるからって気取りやがって! こういう時の為に魔法学んでんだろっ!?」
そんな心無い一言を境に、見惚れていた他の民衆からも口々に、足止めのために生贄になれとばかりに賛同する声が伝染する。
そう、負の感情は伝染する。
「わ、私はまだ学ぶ身です。それに、あれと戦える魔法は……私には……」
美少女は真面目な人物であるようだ。魔法学院に通っているとは言え生徒であり、未だ職に就いている訳でもなければ戦う義務がある訳でもない。
にも関わらず、逃げる事も正面から否定する事もせずに口頭で説明しようとしている。
「何言ってんだ! 一発も試してないのに言い訳してんじゃねぇ!」
「そ、そうよ!」
「その通りだ! 怖気付いてるだけじゃねぇか!」
それでも止まらぬ騒音。負の感情は、正の感情よりも強い。このような土壇場では、その事が明白となる。
その悪意……というよりも、人の本性をぶつけられた少女は、何故か震える体を両手で抑えながらも何かを決意した表情になり、
「…………」
未だ獲物の品定め中のワイバーンへ向けて、片手を
今の滅茶苦茶な物言いに何か思うところでもあったのだろうか。
「……ふ、〈
弱気に打ち勝とうとしたのだろう。
強く魔法名を紡ぐと、右手の先に現れた魔法陣から太い炎の矢のような魔法が、熱気を撒き散らしながら飛び出した。
「おぉ!」
「す、凄い……」
思いの外派手な魔法であったらしい。先程までの罵声は何処へやら、驚きの声がちらほらと聞こえる。
その炎の魔法は勢いを増して一直線にワイバーンへと向かい、
「――グ? グギュゥゥゥ……」
――儚く散った……。
中々の魔法であった。本来ならば、B級のモンスターにも通用するレベルであっただろう。
それがワイバーンで無ければ。
ワイバーンは火への耐性が高く、その鱗は火炎放射器の火炎も物ともしないのだ。
「グルル……」
現実は非情である。ワイバーンは、選り取り見取りの中、人々の為に戦った少女を朝食に選んだようだ。
「……に、逃げろぉぉぉ!!」
「うわぁぁぁ!」
……こんなものだ。
再びの手の平返し。少女を中心に散り散りに去って行く。
そんなのはお構い無しとばかりに、派手な破砕音と共に少女の目の前へと降り立つワイバーン。強力な鉤爪で地面を掴み砕き、少しずつ少女に迫ってくる。
「グルルル……」
辛抱堪らないのか、鋭く尖った牙を剥き出しにし、その間から臭そうな涎が滴り落とす。
少女の足元に。
「ひっ……」
少女はもはや諦めたのか、ぺたんと女の子座りで固まってしまった。
ただ、醜悪な
絶望し青白くなった表情と、涙の溜まった目尻がとても印象的だ。
美しいとさえ思える。
なので、
「――やれ、〈
ワイバーンの背後から、不自然なまでに大規模かつ混じり気のない純粋な炎の火柱が上がった。
「グルルァァアアアっ!?」
どうやら、その火柱がワイバーンの尻尾の先を灰にしてしまったらしい。乱暴に尻尾を振り回して痛がっている。
「きゃあっ!」
赤髪の少女のすぐ近くに、地面を砕きながら尻尾を打ち鳴らして痛みを紛らわしている。
あんなものを食らえば、あのスタイルのいい少女はぺちゃんこになってしまう。
その時、火柱の中から巨大な手のようなものが突き出され、ワイバーンの首の根を力任せに鷲掴みにして持ち上げた。
「…………」
「ギャァア!!」
あまりの熱気に肌を赤くした少女は言葉を失い、首を徐々に焦がされているワイバーンは苦しみもがく。
『――――』
火柱が収まったそこに出現したのは、炎で形作られた大きな人型の何か。
軍人のような見た目で、ベレー帽を被り炎の葉巻のような物を咥えている。
その巨体はワイバーンを優に凌ぎ、手に持つワイバーンがまるで箒のようだ。
『――――!』
そして、おもむろにワイバーンを頭上に突き上げ、
「グギヤァアア―――――」
ワイバーンを持つ手から爆炎が生まれ、それがワイバーンを丸々呑み込み、あっという間に……灰にしてしまった。
耐性など火力の前では無意味だ、とばかりに胸を張り敬礼する炎の軍人。
そして数秒間そのまま硬直した後、ロウソクの火が消えるように、ふっと静かに消えていった。
「…………」
あれ程の騒動があったとは思えない沈黙の中、ある者が発した一言でお祭り状態へと変わる。
「……ま、まさか【炎の魔法使い】様か?」
静まり返っていたとは言え、未だ喧騒の残る都会のど真ん中であった。だが聞き捨てならないその二つ名は、瞬く間に周囲に広がっていく。
「うえっ!? 【炎の魔法使い】様がいるのか!?」
「ワイバーンを一瞬で倒したんだぞ! しかも、さっきのは【炎の魔法使い】様の、あの有名な〈炎の巨人〉だろ!?」
「おいっ! 【灰の魔術士】様が助けてくれたってよ!」
「どこ!? 探してよ!」
逃げ惑っていたはずの民衆が、二次災害の危険のある中で今度は宝探しゲームをする始末だ。
人と言うのは本当に面白い。
「――もしもし?」
「ぇ……?」
突然の事態に呆けた様子で固まっていた少女に、驚かせないように声をかけてから肩をちょんちょんと叩く。
「大変な経験をされたところ恐縮なのですが、その制服はゲーンバッハ魔法学院の物とお見受けしました。僕も今日から編入する事になっているのですが……心なしか迷ってしまいました」
ポカーンとこちらを見上げ、本当に理解出来ているのか疑問に思ってしまう顔をしている。
気の強そうなこの娘のそんな顔は、とても可愛いらしくはあるのだが。
「人混みと難解な都会の迷路に酔ってしまって、僕は疲れています。都会の作法には疎い身なので。……まぁ、つまり……………学院まで先導して下さいませんか?」
「……ぷっ!」
……何故か笑われてしまった。
初対面なので、そこそこ丁寧にお願いしたはずだ。どこか可笑しかっただろうか。
しかしこの娘。先程の怯える姿も可愛らしかったが、笑顔は見ていて心がポカポカしてくる。この笑顔を見れたのであれば、笑われた事など些細な事だ。
「ふ、ふふふっ。ご、ごめんなさいっ。こんなに小さな男の子が仰々しい感じの言葉使いをするから。つい面白くなっちゃって……」
「…………」
……小さな? ……まぁいい。だがなるほど。出来るだけ気を付けよう。
涙を拭いながら、これからの僕の学院生活にとって有益であろう情報を与えてくれる。
「……立てますか?」
とは言え、まだこの美少女が年上かどうかも分からないのだ。このままで様子を見るのが妥当だろう。なので周りのお祭り騒ぎを煩わしく思い眉を
「ご、ごめんってば。怒らないで? 悪気は無かったんだから許してよ」
急に弱気になり、機嫌を伺うような視線を僕へと向ける。
「違いますよ。先程も言いましたけど、周りの人の多さと五月蝿さに嫌気がしているだけです。申し訳ないと思っているのなら、早く学院に連れて行って貰えませんか?」
それを聞くと、あからさまに安堵の息を吐き、僕の手を取って尚もよろけながらも何とか立ち上がった。
しなやかな手の感触と、身体が接近した際に鼻を掠めた香りに、僕の獰猛なオスが反応する。
「良かったわ。ていうか、あなた編入生なの? 凄いじゃない。普通の入試より遥かに難関なのに。……中等部?」
「高等部ですっ! 高等部1年生に編入です!」
制服で分かるだろうに! わざわざ挑発してきているとしか思えない!
「そうなの!? ご、ごめん。そ、その……私とそんなに背丈が変わらなかったし、その……初対面で言う事じゃないけど、あなた童顔だから」
「…………」
一向に男らしくならない我が身だが、コンプレックスは無い。
無いが、頻繁に勘違いされるのは面倒そうだ。何か対策が出来ればいいのだが。
まぁ、今はそれより、
「ご理解頂けたのでしたら……案内、して頂けますか?」
「わ、分かったわ。こっちよ」
やっと先導してくれる気になってくれたようだ。大人しく彼女の後ろを付いて行く。
「……怒ってる?」
と思ったら、速度を落として隣に並び、わざわざ僕の顔を覗いて不安げに問いかけてくる。
「怒ってませんよ。本当です。……それに、僕達はこれっきりでしょうから僕が怒っていても別に構わないでしょう」
冷たい言い方にならないように、声のトーンに気をつけながら、論理的に気にする事は無いと告げる。
「そんな事無いわよ。行き帰りで会うかもしれないじゃない」
思わず少女の表情を確認してしまった程、弾んだ声音で言われた。
ここまでのやり取りで、どうしてこの少女はそんなに眩しい笑顔になっているのだろう。僕は鈍感では無い筈だが、本気で何が何だか分からない。
「……そうですか。それは楽しみですね。それにしても」
「うん? どうしたの?」
ふと、到着した軍の人達とワイワイと騒ぐ人々との馬鹿騒ぎに目をやる。
「……明日からこの街を進んで通学すると思うと……」
「思うと何よ」
頭に疑問符を浮かべて、僕の次に来る言葉に見当もついていない様子だ。
「……この街を焦土に変えたくなりますね」
「なんないわよ!? 物騒な事言うんじゃないわよ!」
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