第33話 火と木の舞
「……あった」
カグチが、小川の底から箱を一つ取り出す。
それは、『虚無の箱』
「そんなとこに、隠していたのか」
次の日。カグチが探したいモノがあると言い始め、小川に向かったのだ。
そして、ごそごそと川底を漁り、出てきたのがこの『虚無の箱』
「狙われている感じはしていたんで、水浴びをするときにこっそり隠していたんです」
カグチは、『虚無の箱』の中身を改めると、支給品で得た八点の装備品を取り出す。
「へーすごいですね」
「ふむ」
取り出された中身より、取り出せた『虚無の箱』に関心があるようで、二人は『虚無の箱』を、目を輝かせて見ている。
「あの、これ……少ないかもしれないですけど、お礼です」
カグチは、装備品をズニュに差し出す。
「……いいのかい?」
「はい。助けてもらったので」
ズニュはしばらく思案すると、差し出された装備品を受け取る。
「では、遠慮なくいただこう」
それからしばらくして、聖域を調査し終えた、カグチたちはシュコラに乗り込む。
「……ありがとうな!!」
カグチは、白い杖を振りながら聖域に別れを告げた。
もう、カグチに手を振り返してくれるモノはいないが、それでもカグチは手を振り続ける。
雨はもう、降っていない。
太陽に向かい、煙が一本、昇っていたが、カグチたちが立ち去ると、それもすぐに消えてしまった。
「……それで、昨日の話だが、どうする? 王都に向かうなら、近くの村に下ろすが……」
「いえ、昨日教えてもらったとおり、一度、『シャフラーの港町』に滞在したいと思います」
昨日、カグチが白い杖を手に入れたあと、ズニュと今後について話していたのだ。
カグチが、別の大陸にいる弟たちに会いたいと相談すると、王都よりも、近くにある『シャフラーの港町』に行くように提案されたのだ。
その理由は、単純に、北の大国 『ゾマードン』から別の大陸に向かう船が出ているのが、『シャフラーの港町』だからである。
王都の方が、確かに様々な情報が集まるし、探し人がいるなら連絡も取りやすいが、結局、向かうことになるのなら、『シャフラーの港町』にいたほうがいいということになったのだ。
「ふむ。結構。『シャフラーの港町』は私の庭みたいなモノだ。君の弟とその友人に関しても、情報が手に入り次第、伝えよう」
「ありがとうございます」
カグチは頭を下げる。
「……そういえば滞在するにしても、お金はどうします? あと数ヶ月で、薬草の採取はできなくなりますよ?」
「……それは、そうですね」
メリンナの疑問に、カグチは答えを窮する。
確かに、その問題はあった。
『シャフラーの港町』は、北の大国 『ゾマードン』の観光地でもあり、滞在費が王都並に高いのだ。
そのくせ、王都よりも人口は少ないので、稼ぎにくい場所でもある。
「あてがないなら……お姉さんが、いいお仕事を紹介しましょうか?」
メリンナが、とてもいい笑顔で言う。
「……なんですか?」
イヤな予感を感じつつ、とりあえずカグチは聞いてみた。
「おねえさんのド・レ・イ……痛い!」
ズニュが、メリンナの頭を殴りつける。
「……失礼した」
「いえ」
頭を押さえるメリンナを、ズニュが蹴り飛ばす。
「まぁ、今の置いておいて……どうだい? 副業、冬の仕事にあてがないなら私が君に一つ紹介したい仕事があるのだが」
「……なんですか?」
「……着いたら言うよ」
そうして、カグチたちは『シャフラーの港町』に到着したときには、すでに夜になっていた。
「……ここで、するんですか?」
「ああ、頑張りたまえ」
『シャフラーの港町』に到着してすぐに、カグチたちは滞在予定の宿に向かった。
宿、といっても、『地球』の昔ながらのホテルと遜色がないような、立派な建物に、カグチは目を瞬いたのだが、驚かされたのが、そのあとだ。
ズニュが何やらホテルの支配人みたいな人と話をし、すぐにカグチは身だしなみを整えられた。
服装も何やら立派なタキシードである。
そして、今、カグチはそっと外の様子をうかがう。
そこには、舞台があった。
舞台があったので、観客もいた。数十人。
人数は多くないが、着ている服からも、決して身分が低い人たちではないことが分かる。
「あの……本当に、大丈夫ですか?」
「問題ない。昨日君が見せてくれたモノを見せればいい」
ズニュが提案してきた仕事とは、簡単に言えばショーだった。
ファイヤーショー。
昨日、白い木のとの最後の思い出にと、カグチが火柱を上げた後、ズニュたちの目の前で行ったのだ。
カグチとしては、いつも通り、白い木に見せたモノを同じモノを見せたのだが、ズニュたちは大層お気に召したらしい。
まさか、こんな高級そうなホテルの舞台でやらされることになるとは、思わなかった。
(あーまじか……止めて逃げ出したい)
しかし、逃げたくない部分もある。
というのも、このショーの報酬が魅力的だったからだ。
(一回ショーをすれば、三日間このホテルに宿泊できる。それはデカい)
今日は、ズニュの口利きで泊まらせてもらえるようだが、こんなホテルにいつまでも滞在できないだろう。
それに、恩を受けっぱなしというのも、カグチにとって居心地が悪い。
(……とりあえず、一回だけ。大丈夫、いつも通り、昨日みたいなヤツでいいって言っていたし)
カグチは、意を決して、舞台に立った。
「……行ったな」
舞台に出たカグチを見送り、ズニュはほっと息を吐く。
「まさかここまで面倒を見るとは思いませんでしたね」
メリンナが、ほっとしているズニュを生暖かい目で見つめる。
「……なんだ? 何がいいたい?」
「いえ、別に。ただ、色々手を焼きすぎじゃないですか?昨日も、今日も」
メリンナは、カグチが持っている白い杖を見つめる。
「……なんで、あの子を王都に連行しなかったんです? どう考えても、あの子が今回の火柱の原因ですよね? 妙に律儀な子ですから、恩で押して揺さぶれば、どうにでもなったと思うのですが」
「……お前、相変わらす凶悪なこと考えるな」
ズニュが頬をひきつらせる。
「凶悪なんて、そんな甘い立場ではないことは、自分が一番理解しているでしょう? お姫様?」
メリンナの指摘を、ズニュは鼻で笑う。
「姫と言っても、王位継承権は最下位の第八位だ。自分の立場よりも私は大切にしたいモノがあるんだよ」
「なんですか? それは?」
「……情だよ」
ズニュは、舞台に目を向ける。
カグチが息を整え、白い杖を掲げる。
すると、火が杖から燃え上がった。
観客は、カグチの放つ火の大きさに、そして美しさに歓声を上げる。
カグチの火が舞台の屋根まで届くのだが、舞台に燃え移ることはなかった。
「……何を燃やすか選べるようになっている」と昨日のカグチは言っていた。
カグチは、火の大きさを変え、形を変えていく。
ボールのように変えた火が、クルクルとカグチの周囲を回っていく。
「……綺麗ですね」
メリンナが、ぽつりとつぶやいた。
「……ああ、本当に」
ズニュが合図を送る。
すると、舞台の灯りが完全に消えた。
観客が見るのは、カグチの火のみ。
今までみた何よりも、カグチが出す火は美しかった。
まるで、原始の火を見ているような力強さ。
終末の火のような恐ろしさ。
そして、暖炉の火のような、暖かさ。
火が、様々な動物に形を変える。
ネズミ、馬、亀、竜。
どれもが生き生きと動き、生命の輝きを教えてくれる。
動物が、鳥に変わった。
火の鳥。
小さな火の鳥が、次々に現れ、舞台を飛び回り、そして一カ所に集まり大きな火の鳥に変わった。
大きな火の鳥が羽を広げ、カグチを包み込む。
カグチが燃える。
観客の誰もがそう思った瞬間。
火の鳥が巨大な木に変わった。
静寂。ただ、皆、木を見ていた。
火なのに、燃えているのに、白い、美しい木。
木の幹が割れる。
中から、カグチが何事もなく出てきた。
「……ありがとうございました」
カグチが頭を下げると同時に、全ての火が消える。
会場は、割れんばかりの拍手に覆われた。
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