第20話 『総合組合(ギルド)の職員』

「……ふぅ」


報告書を作成し終えた総合組合(ギルド)の緑色の髪の職員、グルグは強ばってしまった肩をグリグリと動かす。


「お疲れさまですグルグさん。今日はもう終わりですか?」


「お疲れさま、ロット。これから、これを上に報告して、それで何もなかったら、終わりかな?」


グルグは、持っていた報告書にポンと手をおく。


「ああ、昼間のあの子ですね。何なんでしょうね。昨日から、あんな豪華な装備を身につけた子たちが、こんな田舎に……」


グルグやロットがいる『ドロフ』の村は、北の大国『ゾマードン』の西に位置する、人口3000人にも満たない、何の特徴もない田舎の村だ。


ロットは不安と、興味と、疑問が、それぞれ均等に混ざったような表情を浮かべる。


「わからない。ほとんどは通り過ぎていっただけだけどね。他の国にも、同じような子達が現れたらしいし」


グルグは、上から通知された報告内容を思い出す。


昨日から、冒険者(アドベンチャー)狩人(ハンター)商人(マーチャント)の総合組合(ギルド)は、突如現れた、豪華すぎる装備を身につけた若者たちの報告や対応について、てんてこまいの状況だ。


「どこかの王族や貴族の、身分を隠しての修行の旅……にしては人数が多いですしね」


「そもそも、あんな豪華な装備を堂々と身につけないからね。ロットも知っているでしょ? 王侯貴族の修行の旅は、もっと潜んでいるし馴染んでいる。僕たちなんかじゃ、見てもわからないくらいに」


一度、『ゾマードン』の王族が修行の旅で『ドロフ』にやってきたことがあったのだが、グルグがそのことに気が付いたのは、彼女が修行を終えたあとのことだった。


「そうですね。でも、あんな装備、普通は身につけられないですよ。今日のあの子でも、この一帯では一流の狩人(ハンター)か冒険者(アドベンチャー)が身につけるモノです。昨日の子たちなんて、ここを治めるシャフラー様でも所有しているかわからないような装備を身につけていましたよ?」


「そう、それなんだけど……ロットはどう思う?」


「どうって?」


「昨日の子たち……変なおじさんもいたけど、あの子たちと、今日の子は、何か関係があると思うかい?」


グルグの疑問に、ロットはきょとんと首を傾げた。


「そりゃあ、あるでしょう。装備は、明らかに今日の子の方が格が落ちていたとはいえ、それでも、やっぱり色々おかしいじゃないですか。採取した植物を売りに来たのに、相場を全然知らなかったし、それに、魔物の素材も持っていなかった」


実のところ、今日グルグがカグチから買い取った素材の価格は、相場よりもかなり安く買い取っている。


騙すのが目的、ではない。


調べるのが目的だった。


カグチの人となり。知識。そういったモノを試すために。


結果として、わかったのは、『異質』である、ということだ。


昨日、豪華な装備を身につけて、馬車に乗っていった子たちのように。


「そうだね……」


「何かひっかかっているんですか?」


何か、悩んでいるようすのグルグに、ロットは尋ねる。


「いや、ちょっとね。今日の子からは、何か『絶望』のようなモノを感じて、さ」


「……『絶望』ですか?」


「ああ、昨日の子達は、程度の違いはあるけど、皆『希望』に満ちていたじゃないか。新しいことを始めるような。始まったような。でも、今日の子はちょっと、違っていて……たたき落とされた、って言うのかな? 昨日の子達が草木が芽吹く春なら、彼は草木が枯れていく冬、みたいな」


「なんですかグルグさん『詩人の力』でも持っているんですか?」


ロットの指摘に、グルグは少しだけ顔を赤らめる。


「いや、ちょっと言ってみたかっただけ。でも、よかったよ。あれだけ精神的に負荷がかかっている状態でも、彼は僕に怒鳴りかかることはなかった。ちゃんとした教育を受けてはいるようだ。理性がある」


「暴れて欲しくはなかったんですか? そうすれば、捕まえて、堂々と尋問出来たじゃないですか」


ロットの過激な意見に、グルグは困惑した顔を浮かべる。


「いや、それはさすがに……それに、彼が暴れたら、少なくない被害が出ていただろうし。ウィッスンさんがいたから、あんな賭けが出来たんだしね。装備は昨日の子たちより数段劣るとはいえ、森で採取をしてきたんだ。あれだけの量。一流の冒険者(アドベンチャー)といえども、無傷で採るのは困難だろうに……」


「そういえば、それ、気になったんですけど、あの子が身につけていた装備程度で、無傷で森で採取なんて出来るもんなんですかね? あの子自身は正直言って、『新米』って言葉が似合う、年相応のダメダメ冒険者(アドベンチャー)って感じでしたけど……」


それは、グルグも気にしていた点だ。


「実力を隠している……かもしれないけど、もしかしたら、何かしらの『力』を持っているのかもね」


あー、とグルグの意見に、ロットは得心がいく。


「『力』持ちですか。そういえば、昨日もいましたね、変なおじさん」


不快なことを思いだし、ロットは眉をひそめる。


「豪華なローブと短剣を身につけていた、格好だけは一丁前な変態。総合組合(ギルド)の受付に来たと思ったら、私とメディに『魅了の力』を使いはじめて……かわいそうに、抵抗が遅れて、メディは少し『魅了』状態になって……」


ロットは拳を握る。


「昨日のあのおじさんを、やっぱり拘束して尋問しておけばよかったんですよ」


怒りをあふれ出しているロットに、グルグは恐怖のあまり苦笑いを浮かべるしかない。


「いや、本当に……昨日は本当にすまなかった。上でもまだ対応の方針が決まっていなかったから、メディもウィッスンさんの薬で完治したし、本人も謝罪の言葉を出していたから、結局厳重注意だけってことになったからね」


そのおじさんは、今朝早くに、『ドルフ』の村を経っている。


どこの国かわからないが、本当に貴族や王族の子息かもしれないのだ。謝罪があった以上、あまり大事に出来なかったのだ。


「謝罪っていっても『ごめんなさい。無意識で出していました』とか言っていましたよ? あれ、絶対に反省とかしてないですって」


「その『無意識』も、あまり強く追求出来なかった点だよ。本当に、害意を持って『魅了の力』を使おうとするんなら、こんな開けた場所で、人目につく場所で使うわけがないからね」


「それはそうですけど……」


不服そうに、ロットは口をとがらせる。


「それに……その『無意識』っていうのも、今回の件の鍵かもしれないよ?」


「というと?」


「どこかの国が集めていた『力の持ち主』を、実践に投入するための実地訓練。それが今回の豪華な装備を持った大量の若い子達が現れた原因かもしれない」


「なんですか? それ? グルグさん、いくら何でも夢物語すぎますよ。『力の持ち主』なんて、そうそういるわけでもないのに」


ロットは、くすりとグルグの推測を笑う。


「いや、そこまで的外れじゃないと思うんだ。ロットも気づいただろ? あの子たちの装備の数に、差があるって。あれは、あの子たちが持っている『力』の強さによるんじゃないかな? つまり、強い『力』を持っている子ほど、装備が弱くなる。『魅了の力』と同程度の『力』じゃ、あの装備で森で採取なんて出来ないからね」


熱心に自分の推測を語るグルグに、ロットは冷めた目を向ける。


「はぁ……まさか、報告書に、そんな空想を入れたわけじゃないですよね? グルグさん?」


「……いや、それは、さすがに。っと、噂をすれば、だ。返信だ」


会話中、グルグが常に手をおいていた、木の板のような報告書。


その報告書が、ぼんやりと光る。


すると、書かれていた文字が消え、新しい文字が浮かび上がる。


「……あの子に関しては、待遇を良くして、情報を聞き取れ、か。しかし、深追いは禁止、と」


グルグは、浮かび上がった上からの指示を一通り読み、要約する。


すると、別の木の板が光始める。


「……ん? 領主様から? あと10日は足止めしろって……」


グルグは困ったように頭をかく。


「……直接、観察したいってことでしょうか?」


この一帯を治める領主様からの指令に、ロットは息をのむ。


「……どうだろうね。でも、待遇を良くしたら、すぐに出て行くだろ、あの子」


グルグが息を吐く。


「え? どうしてですか?」


「他の子たちも王都に向かったんだ。なら、あの子もある程度金銭が貯まったら王都に向かう可能性がある」


グルグは指をおり、考える。


「馬車の値段と、滞在費。50,000ロラは持っていきたいだろう。あの子が本当に無一文でも、待遇を良くしたら、10日はちょっとキツいか……?」


通常通りの相場で買い取っても、厳しいだろう。


「……また物々交換ですか?」


「あー……出来るかな? 今日で必要なモノは揃えただろうし、それでもギリギリだ」


グルグは、背伸びをし、木の板、『端末(タブレット)』をコトリと机の上に置いた。

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