第19話 白い木との夜

「……ただいまー」


『おかえりー』


と言うように、白い木がゆさゆさ揺れてくれる。


聖域までカグチが帰ってきたときには、すでに空は赤と青が混ざっていた。


「しかし……思ったよりも売れたな」


カグチは、ウィッスンからもらった『道具袋』をおろし、中から交換してもらった道具を取り出していく。


鍋が大きなモノと小さなモノ。スプーンとナイフ。


塩に、トマトケチャップのような調味料から、ベーコンのような、保存が効く色々な食材。


タオルに使える布地が数枚。


「……これが、本当に一万円……1,000ロラなのかね」


カグチは、水晶玉のようなモノを取り出すと、それを握り込む。


すると、水晶玉が宙に浮き、半球状の透明な膜を張った。


広さは、シングルベッドを二つ並べられるくらいだろうか。


これが、この世界のテントである。


「……雨や風を塞ぐ、透明の魔力で出来た膜を張るテント。充電というか、魔力を込めるのに、10回に1回は組合(ギルド)に持って行く必要があるらしいけど、それでも安いよな、これ」


ちなみに、一回魔力を込めるのに200ロラ必要だという。


その金額を含めての値段ではあるのだろうが。


「これが人が作った『術具』で、この『道具袋』が『神秘物(アーティファクト)』ってのも、わからん話だな」


このテントは、『錬金術師』が制作している人工物なのだそうだ。


カグチとしては、この『道具袋』よりもスゴい技術のような気もするのだが。


カグチは靴を脱ぎ、膜の外におく。


半球状の膜は地面も覆っているのだ。


「……柔らかい。スライムみたいだな。周りの膜も、堅いモノじゃないのか」


ぷよぷよとした膜をさわり、感触を確かめていく。


本当に、雨と風を防ぐためのモノなのだろう。


魔物の襲撃のことを考えると強度的に少々怖い。


しかし、元の世界のテントを考えると上等だ。


「こんな世界を活性化する必要があるのかね?」


天使は『アスト』を停滞している世界と言っていたが、こんなモノを製造出来るなら、それで十分ではないのだろうか。


「あー……でも、木に書き物を残していたな。そこら辺はまだまだなのか。でも、俺には関係ないか。世界の活性化なんて。俺の力は『火の力』。燃やすだけの力だし」


脳裏に、昨日じわじわと殺した魔物の姿が、そして今日も死んでいった魔物の死骸が浮かんでくる。


それを頭を振って追い出すと、カグチは服を脱ぎ、靴を履く。


完全に暗くなる前に、水浴びをするのだ。


綺麗な布地を手に、カグチは小川に向かった。


「やっぱり、体を拭けると気分が違うな」


外はもう暗くなっていた。


服を着て、カグチは、うすぼんやりと光っている白い木の元に向かう。


「さてと、今日はスープでも作るか」


すると、白い木が、うれしそうにピカピカと光だした。


「……ん? なんで喜んでいるんだ?」


今からカグチは新しく手に入れた鍋に火を入れるためにたき火の用意をするだけだ。


カグチは、『道具袋』から、採取している間に拾っておいた、木の枝を取り出していく。


今夜も白い木の枝をもらうのは悪いと思ったからで、さらに白い木が世界樹かもしれないとわかった以上、白い木の枝でたき火なんて、もったいなくて使えない。


拾っておいた枝で、たき火を組んでいく。


すると、急に辺りが暗くなった。


「……ん?」


白い木の発光が、止まっている。


「……どうした……おわっ!?」


カグチが振り返ると、白い木が急にバサバサと揺れ出した。


それに合わせて、バラバラと枝が大量に落ちてくる。


「ど、どうしたんだ!? 落ち着け! 落ち着け! 枝がなくなるぞ!!」


カグチが白い木の幹を叩くと、ゆっくりと揺れが止まっていく。


「な、なんだよ、いったい……あー、あれか」


カグチがぽんと手を打つ。


「おみやげ買って来なかったからか。悪い悪い、肥料とか買ってくれば……って、何でだよ!」


『違う!』とでも言いたげに、白い木がバサバサ揺れ出した。


カグチは慌てて白い木をなだめる。


「なんだよ、いったい……まさか、自分の枝を燃料にしろとか言わないだろうし……」


カグチの言葉に反応するように、白い木は一度だけバサリと揺れた。


「……は? マジで?」


『マジで』というように、白い木がもう一度揺れる。


どうやら、本当に白い木は自分の枝を燃料にしてほしいようだ。


「いや、使っていいなら使うけど、どうして……」


白い木は、弱く、でも早く、ピカピカと光り始めた。


まるで、照れているようである。


「はぁ……わかった。わからんけど、わかった」


カグチは並べていた枝を『道具袋』に戻し、白い木の枝でたき火を始めた。


すると、白い木は上機嫌に発光し、ユラユラと揺れ始めるのだった。



「あー旨かった」


空になった鍋をおいて、カグチは草原に寝ころぶ。


白い木が落としてくれた木の実は、塩を入れて煮込むだけで、バツグンのスープに変わってしまった。


さすがは、世界樹(仮)である。


カグチは、空を見上げる。


夜空には、星が瞬いていた。


「……綺麗だな」


カグチの人生で、一度も見たことがないくらいに、星が綺麗だ。


見ているだけで、心を吸われるような感覚をカグチは覚える。


思考が巡り、巡り、浮かんできた事。



「……あいつらは大丈夫かな」


弟と、その友達のこと。


二人とも、SSランクの力は得たが、カグチと同じように、準備については何も与えられてない。


カグチは、偶然にも、支給品を手に入れることが出来たが、彼らはどうだろうか。


「応用力のある『地の力』と『風の力』があるから大丈夫だろうけど……」


そこまで考えて、カグチは頭をふる。


この思考は、今日だけでも何回もしていた。


何度考えても、カグチがすべき行動は決まっている。


「今日で、森で採取をしても十分稼げるってわかったんだ。だったら稼ぐ。馬車で王都までいけるくらいに。王都で、あいつらと連絡を取れるくらいに。目標は、5,0000ロラ。それくらいなら、半月も採取すればいけるはず」


それまでは、この聖域と村の往復をする。


そう、カグチは決めていた。


半月採取して馬車で王都を目指せば、ただ闇雲に王都を目指して歩いていくよりも早く着くし、王都での行動も楽になる。


だから、これが弟とその友達に再会するための一番の早道で、一番確実な方法なのだ。


「……寝るか。このまま起きていてもな」


巡ってくるのは、結論を出してしまったことに対する疑念と、焼けていく魔物達の姿だけ。


カグチが立ち上がろうとすると、白い木がピカピカと光り出した。


「……なんだ?」


呼び止められた気がして、白い木を見ていると、ピカピカと何かを訴えかけてくる。


「……いや、わからん」


といっても、白い木が何を言いたいのかわからない。


『はい』『いいえ』くらいの意志疎通は出来るが、複雑な会話など出来ないのだ。


カグチが首をかしげていると、白い木は全体的に点滅していたのをやめて、部分的に光らせ始めた。


「……ほー……これは綺麗だ」


揺らめき、煌めく、その幻想的な雰囲気に、カグチはおもわず息を飲んだ。


ぼんやりと、所々別々の部位が光っていく白い木は、『神秘的』と呼ぶにふさわしい。


「……でも、こんなのどっかで見たような……」


しかし、その白い木の光り方にカグチは既視感があった。


どうにも、最近見たような気がするのだが。


「揺れる光が、所々に点滅して……炎のような……あ」


カグチは気づく。


「俺が昨日出した『火』か。あれに似ているんだ」


気づいたカグチは、白い木の真意にも気づく。


「……つまり、もしかして、俺の『火』を見せろってことか? 昨日みたいに?」


白い木が『そう! それ!』と言うようにバサバサ揺れる。


「……マジか」


正直、あまり出したい物ではないのだが。


しかし、白い木は『はーやーくー』と言うようにバサバサ揺れて急かしてくる。


「……まぁ、昨日は大丈夫だったし、魔物を焼くわけじゃないから、いいか」


カグチは、『火の粉』を空に向けて放つ。


宙にあがった小さな『火』は、きらきらゆらめきながら落ちてきて、地面に着くまでに消えていく。


一度あげる度に、白い木が楽しそうに揺れているのを見て、顔をほころばせたカグチは、しばらく白い木の要望を叶えることにした。

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