第17話 『カルラウネ』

「……ウィッスンさん。そうなのですか?」


「あー……まぁ、そうじゃのう」


ウィッスンは、なぜか残念そうに笑っている。


一方、緑髪の職員は、奥の方にあった棚までいくと、何やら木の札のようなモノ一枚一枚取り出して、確認しては戻していく。


「『カルラウネ』なんて、えーっと、買い取り価格は……っと」


珍しいモノのため、相場が分からないのだろう。


資料を探しにいったようだ。


一方、ウィッスンは、メディに詰め寄られている。


「なんで師匠は、こんな珍しいモノ見つけて、そんなに残念そうな……あ、もしかして、適当に安い植物だと嘘ついて、安値で買いたたこうとしていましたね!」


「そ、そんなわけないじゃろ!」


慌てるウィッスンを見て、カグチは結論を出す。


(……うん。あのおじいさんは信用しないでおこう)


メディとウィッスンがギャイギャイ言い合いをしているなか、緑髪の職員が戻ってくる。


「お待たせ……この村だと買い取ったことはないモノだからね。これが本当に『カルラウネ』だと、一本5000ロラくらいだ」


緑髪の職員が告げた値段に、カグチは思う。


(……お、高い)


これ一つで、繁華街まで馬車で行ける値段だ。


「何それ!? 安っ!!」


しかし、メディが見せた反応は真逆だった。


「『カルラウネ』なんて、このくらいの大きさのモノを買おうと思ったらふつうに30000ロラはするのに! 安すぎる!!」


「買い取り価格だからね。ここから流通していくんだから、安いのは当たり前なんだよ」


メディの反応に緑髪の職員は呆れながら言う。


「それはメディも知っているだろう?」


「でも、普通の魔物の素材とかは、市場の精々半額から三分の一くらいでしょ? 六分の一って……」


「貴重な薬草とかは、基本的に商人が、依頼主と直接やりとりするモノだからね。総合組合(ギルド)で取り扱いはほとんどしないんだよ」


そういって、職員はカグチをみる。


「だから、正直な話、この『カルラウネ』は、君が信頼できる商人と直接取引したほうがいいとは思う、けど……」


「……そんな人、いませんね」


そうですか、と職員はカグチと一緒に頭を悩ませてくれた。


こうやって、問題を一緒になって悩んでくれるのは、うれしいものだ。


なので、このまま組合(ギルド)に売ろうとカグチが思ったときだった。


「よし、なら儂が買い取ろう」


そういったのは、ウィッスンだ。


カグチは、ウィッスンの方をちらりと見ると、そのまま聞こえなかったフリをして、職員に向き直る。


「下手に騙されるのも怖いので、このまま総合組合(ギルド)で買い取りできますか?」


「……いいのかい? 正直、どんなにぼったくられても、ここで売るよりは、高く買ってもらえると思うけど」


「ええ、そのかわり、ここら辺で、どんな植物が高値で取り引きされているか教えてもらってもいいですか? 旬とか。あと、他に買い取ってもらえるモノはどんなモノがあるのか……」


「おうおうおう。こんな年寄りも無視するとは、中々キモが座った若者じゃのう」


「そんな泣きそうな顔をしながら言わないでください……」


メディにツッコまれているウィッスンは肩を落としていた。


「というか、買うお金はあるんですか? 今でも、総合組合(ギルド)にツケがあるんですよ?」


「そんなもん、あのパトロンが来たら一発で返せると言うとるじゃろ。じゃから、今回もツケで……」


「却下です」


バッサリ切って捨てられたウィッスンがメディの肩をつかむ。


「なんでじゃ! いいじゃろ!! おまえと儂の仲なんじゃ! 昨日も危ないところを助けてやったじゃないか!」


「それとこれとは話が別ですね。これは仕事の話です」


「師匠愛が足りんぞ、弟子よーーー!」


何となくわかっていたが、ウィッスンとメディは師弟関係のようである。


それとは別に、カグチはもう一つ驚愕していることがあった。


「ツケでコレを買おうとしているんですか。今でもツケがあるのにスゴいですね」


「あー……まぁ、信用払いってのは珍しいことじゃないけどね。ただ、これは珍しいモノだし、ツケが溜まりまくっている人には……ねぇ?」


職員は、カグチが決めることだと、苦笑いで問いかける。


「……そうですね」


カグチとしては、お金が手にはいるならどちらでもいいという感じだ。


商人に売らないのは、単にインストールされている知識とのギャップを埋めるまで、ボロを出したくないというだけである。情報がウリの商人だ。


慣れていない状態で、関わると、ロクな目に遭わないだろうというのは、異世界にきた人間が皆警戒することである。


そんなカグチの様子を察したのか。


ウィッスンが弟子との口げんかをやめて、こんな提案をしてきた。


「……そうじゃ! 物々交換ならどうじゃ? 便利なモノと交換してやろう」


ウィッスンの提案に、カグチ以外のモノは、皆微妙な反応を見せる。


(……否定的な感じだけど、なんでだ?)


なんとなく、やめろと言っているのをカグチは感じ取る。


言われているのは、ウィッスンのほうだが。


「よし。今からとってくるからの。ちょっと待っておるんじゃぞ」


そんな空気を感じ取っているのかわからないが、ウィッスンは踵を返して、村の中のほうへ戻っていった。


「あーじゃあ、とりあえず買い取りを進めようか。メディ残りの検分お願いしても良い?」


「うん、こんだけ天然物を見るのは珍しいから、気合いが入るよ」


メディがにこりと笑って、カグチが採取した素材をつぎつぎと調べていった。


「これとこれは道沿いにも普通に生えているから、買い取り不可。季節的にちょっと珍しいけど。でも、他のモノは買い取れるよ。詳しい値段は私もちょっと詳しくないけど」


メディから草や木の実、キノコの名前を聞き、木の板にメモをしていた職員が、また棚に踵をかえしていく。


値段を調べにいったのだろう。


「それにしても、よくこれだけ集めたわね。植物専門の冒険者(アドベンチャー)を目指しているの?」


「いえ、そんな。そんな人いるんですか?」


「いるわよ。お抱えの冒険者(アドベンチャー)だけど。目指していないの?」


「ええ、あんまり」


(というか、そういえばこの世界でどんな仕事で生きていくか考えていなかったな)


最初は『火の力』を持っているから狩人(ハンター)だろうと思っていたが、それは断念している。


となると、次は冒険者(アドベンチャー)だろうか。


冒険者(アドベンチャー)は、今回のように植物をなどの採取をすれば、別に魔物を退治しなくてもいい。


「お抱えの冒険者(アドベンチャー)を目指していないなら、本当に自由にやるつもり?世界樹を見つけたいとか?」


「世界樹?」


カグチは、メディが発した言葉に反応する。世界樹とは、あの、世界樹だろうか。


「うん。森羅万象。この世のあらゆる木の実を、この世以外の世界の木の実まで、実らせることができる木、なんだそうよ。世界のどこかに生えているんだって」


「……へー」


それは、もう、どう考えてもあの白い木のことではないだろうか。


(珍しい木だろうとは思っていたけどいきなり世界樹か。ちょっと俺が知っている世界樹とは違うけど、アレがねぇ)


昨日一晩で懐いてくれた木が、あらゆるファンタジーで最高峰の木だとは、まさかである。


(じゃあ、やっぱり、あの白い木がくれた木の実とか、枝とかは見せないで正解だったわけか)


今回、カグチは白い木が落としてくれたモノを全て見せていない。


白い木が世界樹だとは思わなかったが、百パーセント珍しいものであることはわかっていたのだ。


「へーって、そんなことも知らないのに、なんでこんな植物を……」


そんな会話をしていると、緑髪の職員が戻ってくる。


「おまたせ。査定が出たよ」


緑の髪の職員が、買い取ってくることになった、『カルラウネ』を抜けた七種類の植物達の値段を一つ一つ教えてくれる。


「……以上、合計で3640ロラだ」


「おお」


半日で日本円で3万円以上の稼ぎだ。


しかも、『カルラウネ』が別である。


これは良い稼ぎではないかとカグチが思っていると、メディは不服そうな顔をしている。


「……どうしたんですか?」


「いや……わかってはいるんだけど……やっぱりね」


どうやら、メディは、この買い取り価格を相当安いと思っているようだ。


「あまり総合組合(ギルド)で買い取るモノでもないからね。薬草なんかの天然モノの植物を買い取りたがるのは、調薬士とか錬金術師くらいだ。そういった人は基本的にお抱えの商人か、冒険者(アドベンチャー)を雇っているモノなんだよ」


緑髪の職員さんも、申し訳なさそうだ。


「……だから、さっきも言ったけど、商人に直接売ったほうが高く売れるとは思う。質もいいしね。組合(ギルド)だと、質はあまり考慮されないから」


「大丈夫です。けど、さっき言った情報はもらえますか?」


「ああ、組合(ギルド)で買い取っているモノと今高値のモノだね。ロットがまとめてくれたモノがあるよ。そういえば、字は読めるかい?」


職員が木の板を渡してくれる。


それに、カグチは目を通す。


「……大丈夫です。旬は『プロズリー』。一つ100ロラ。あとこれからは『ワッサメローナ』と『ゾネンブルーマ』がおすすめ……ありがとうございます。特徴まで書いてくれて」


特徴をみて、『桃』と『スイカ』と『ヒマワリ』が高いと頭にメモする。


カグチがお礼を言うと職員はいやいやと手を振った。


「情報を与えるのも仕事の一部だから、気にしなくていいよ。だから……正直、前もって知っていたらもう少し高値で買い取れたかもしれないけどね」


「え?そうなんですか?」


緑髪の職員さんが困ったようにメガネの位置を戻す。


「ああ、僕たちも結局買い取ったモノを売らないといけない。魔物の素材は、国から補助金もでるし、毎日冒険者(アドベンチャー)や狩人(ハンター)が狩ってきてくれるから、価格も安定する。けど植物とかの採取物に関しては、今回は商人に買い取りの情報を流していないから、あまり高くも売れないだろうから、買い取り価格も抑えないといけないんだよ。ここは王都からちょっと離れすぎているし」


「なるほど……だから、前もって知っていたら高く買い取れた、と」


「ウィッスンさんがいるから、これでも近くの他の村より高いはずだけどね。けど、王都に比べるとやっぱり安いよ。だから、君がこれからも植物なんかと採取してきてくれるなら、前もって連絡が欲しいかな。別に明日なら明日でもいいから。そうすれば、こちらからも商人たちに連絡がしやすい」


「じゃあ、明日もう一度売りに来てもいいですか? 今日売ったモノと、他に教えてくれたモノたちを売りに来るので」


「本当かい? もちろん、大丈夫だよ。買い取りの準備をしておくよ」


職員さんがうれしそうにニコニコとカグチの申し出を受け入れてくれた。

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