第22話 処分


「本当に、ごめんなさい」


 アリスはロザリアに深く頭を下げた。

 ロザリアは慌てて、それを止めた。

 

「別にいいの。アリスちゃんは、何も悪くない」


 ロザリアはアリスから全ての事情を聞いた。

 グレンが権力を振りかざして、アリスの退学をチラつかせたり、孤児院に寄付を回さないという脅しを行ったこと。

 アリスはそれを鵜呑みにしてしまい、ロザリアにあんな態度をとっていたのだ。

 

「でも……卑怯な脅しに屈して、ロザリアちゃんに辛い思いをさせてしまった」


 ロザリアは首を振った。


「悪いのは、グレン殿下よ。そして、今まで噂を否定しようともしなかった、私」


 ロザリアは自分の手を見下ろした。

 あの白金の槍の感覚が、今もその手に残っているような気がした。


「私は何もかも諦めて、言われるがまま、されるがままに生きてきた」


「……」


「でも、アリスちゃんが教えてくれた。自分で生きる道を切り拓くということを」


「私は……」


 そうじゃないと、生きてられなかっただけ、とアリスは目を伏せた。


「アリスちゃんはすごい」


「……そうかな」


「うん。自分の力で、生きてる。自分のやりたいこと、自分で選んでる。だから私も、アリスちゃんみたいになりたいと思った」


 あの父親に頼らず、自分の道は、自分で選びたい。


「自分の手で、幸せをつかみたいって、初めて思ったよ」


 アリスは照れたように笑った。


「私の汚い根性と、ロザリアちゃんの綺麗な志は違うよ」


「一緒だよ」


「そうなのかな」


「うん」


 ロザリアは思う。


「私は、変わりたい。ここでなら、きっと、それができる気がする。アリスちゃんがそう教えてくれたから」


 アリスは目を見開いた。


「だからあの……」


 ロザリアはもじもじしながら言った。

 言いたいことは、ちゃんと言わないとだめだ。


「わ、私と、お友達になって、欲しいの」


 アリスは目を瞬かせて、それから大粒の涙を流した。


「そんなのもう、私はずっと友達だと思ってたよ」


 本当に欲しかったものは案外近くにあったのだと、けれど手を伸ばさなければ絶対に手に入らないのだと、ロザリアはようやく気づいた。


 ◆


 翌日。

 ロザリアとアリスは、校長室へ呼び出された。

 二人とも、退学を覚悟していた。

 そしてもしも退学になったら、アリスの働いている喫茶店で、二人で働こうと約束しあった。


「失礼します」


 校長室。

 初めて入るそこは、歴代の校長の肖像画が並ぶ、重厚な趣の部屋だった。壁に並んだ本や、高級そうな家具が、ロザリアの緊張感をひどくさせた。

 部屋に入ると、黒寮の寮長であるアレイズと、白寮の寮長であるメガネの優しそうな男が、並んで二人を迎え入れた。

 白寮の寮長が、にっこりと微笑んだ。


「やあ、こんにちは」


 白寮の寮長の名をイルマという。高学年の魔術を受け持つ講師である。ロザリアは授業を受けたことはなかったが、その柔和そうな教師とは、何度か挨拶を交わしたことがあった。

 だれにでも平等に接する、いい教師だとロザリアは思っていた。


 白と黒。

 二つの寮の教師と生徒が揃う。


 アレイズはロザリアを見た。

 その眼力に、ロザリアはぎょっと身じろぎした。


(怖い……)


 相変わらずのアレイズに、ロザリアは若干涙目になった。わかっていたことではあるが、やはり怖い。しかしトラブルを起こしてしまったのはロザリアなので、仕方がない。


「待たせた」


 部屋に、静かな落ち着いた声が聞こえてきた。

 見れば、右の壁にあったドアが開いていた。

 

「時間がないんだ。さっさと終わらせよう」


 落ち着いている割には、少々高い声。

 そこにいたのは、わずか十歳にも満たない少年だった。

 さらさらとした青い髪に、同色の瞳。

 吊り下げのズボンを履いて、胸にはなんと、小さくなった真白を抱いていた。


 この小さな少年、実は魔術によって時を止められてしまった、齢百を越える男である……という。長年王家に仕え続け、数十年前にこの学園の学園長となった。

 名をロイル・リードという。


 ロイルの実際の年齢をほとんどのものは知らない。

 千歳という人もいれば、本当に十歳なのでは、と噂する人もいる。

 ただ確実なのは、この少年の姿をした魔導士が、この学園の学園長なのだということだけなのだった。


「真白!」


 アリスは驚いたように叫んだ。

 すると真白は少年の胸を離れて、アリスのもとへ駆け寄ってくる。


「よ、よかったぁ」


 アリスは真白を抱きしめた。

 ロザリアもほっとした。

 昨日、真白は結局教師陣に保護されたのだと聞いていたからだ。


 少年はスタスタと歩いて革張りのソファに座ると、四人を見た。


「アリス・エヴァレット」


「は、はい」


 なんらかの処分が言い渡されると思ったのだろう。

 アリスはびく、と肩を震わせた。


「見たところ、それは君の魂装武具だ」


「はい……えっ?」


 アリスはぎょっとしたように顔を上げた。

 ロイルは無表情でアリスを見ていた。

 その顔には少し、呆れが浮かんでいる。


「真白が、え? 武器?」


「魂装武具は、魂の波動をこの世に具現化したものだ。生き物の体裁をとっていても、なんらおかしなことはない」


 白寮の寮長、イルマが笑った。


「過去にも何人か、魂装武具が動物の魔導士はいました。とてもレアなケースですがね」


「うそ……」


 アリスは真白を見つめて、固まっていた。

 真白は嬉しそうにしっぽを振って、きゅんきゅんと鳴いている。


「真白が、私の……」


「わかったなら、早急に躾たまえ。食べ物をよこせとうるさくてかなわんかった」


「あ……」


「武具は武具だ。落ち着きがないのは、お前の魂の波動の質が悪いからだ」


 アリスはロイルに向かって慌てて頭を下げた。


「す、すみませんでした」


「謝罪はいい。これからよりよく武具を扱えるような人間になれ」


「は、はいっ!」


 アリスは嬉しそうに返事をした。


「さて」


 少年は机の上で手を組むと、四人をじっと眺めた。


「今回の件についてだが」


 ロザリアの頬に嫌な汗が流れた。

 ついに退学か。


「アリス・エヴァレット、ロザリア・オルガレム」


 名を呼ばれ、二人は身を硬くした。


「お前たちの処分は──」


 一呼吸おいたのち、少年校長はいった。


「特になし、だ」







 













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