第20話 ロザリアVSグレン
「な、なんだッ!?」
闘技場に、凄まじい光が溢れた。
目も開けていられないほど眩い光と、突風。
グレンや観客席にいる生徒たちは、それらに耐えるのに必死で、光の中央に一人の少女がいることにしばし気づかなかった。
「ひさしぶりだなァ」
凛とした声が、闘技場に響き渡った。
その声で、ようやくその場にいたものたちは、フィールドの中央に顔を向けた。そしてそこに立つ一人の少女に、息を飲んだ。
「!」
漆黒のバトルドレスに身を包んだ、真っ白な髪の少女。
灰色だったはずの目は、片方だけが血に染まったように赤く輝いていた。
そしてその手に持つのは、美しい装飾が施された、白金に輝く槍。
自身の身長よりも長いその槍を、少女は軽々と持っていた。
オルガレム公爵令嬢ロザリア=リンド。
人は彼女をそう呼ぶ。
が。
「なっ……お前、武具が召喚できたのか!?」
グレンが驚いたように叫んだ。
周りにいた令嬢たちも、息をのんでいる。
ロザリアは、周りを気にせず、自分の手を光にかざしてみていた。
「おー、ちっさい手。背も低い」
ついでに胸もない、とため息を吐く。
「お、お前、一体何を言って」
「こんな小さい体で、ロザリアはお前たちに抵抗していたんだな」
ロザリアは切れ長の瞳をグレンに向けた。
「!」
グレンはひ、と息をのんだ。
蛇に睨まれたカエルのように、動けない。
ロザリアの瞳には、相手を圧迫する何か強い力が秘められていた。
「貴様、王子だとか言ったな」
「……っ」
「ずいぶんと腐った根性の男だ。今からこれだと、将来が楽しみだな」
「な、な、なにをっ!!」
怒り顔を真っ赤にするグレンは、剣を構える。
「ロザリアは無実だ。権力を振りかざしたとて、この学園では効果はないぞ」
「うるさい!!」
はあ、とロザリアはため息をついた。
それからグレンを見据え、呆れたように言う。
「勝利でしかそれらを証明できないというのなら……」
ひゅっと槍を振った。
白金色の輝きが、フィールド上に落ちる。
「
ロザリアの赤い唇が、にいっと歪んだ。
「っ、マリア、ディーナ!」
慎重にこちらを伺っていた二人が、武器を構え、ロザリアに襲いかかる。
「おっと、邪魔するな」
「ッきゃあ!!」
ロザリアはそれを軽く槍の穂先で振り払った。
槍は淡い色に輝き、二人の武器を吹き飛ばす。
そのまま槍の柄を使って、フィールドの外へ二人とも弾き出してしまう。
「このッ」
グレンが切り込んできた。
「そんな退屈な攻撃はやめろよ」
ロザリアは軽く身をかわすと、足を出してグレンの足をひっかけた。
ものの見事にグレンはすっ転んでしまう。
「なんだ、せっかく目が覚めたのに、これだけなんて言わせないくれよ」
「このぉおお!」
グレンは立ち上がって素早くロザリアに切り込むが、彼女はそれをすいすいと避け続ける。それから槍をくるりとまわして、グレンの腹をついた。
「ぐぁ!?」
さらにもう一撃。
最後に蹴りを入れる。
蹴りは見事に決まり、グレンは吹っ飛んだ。
「お前、ウォーミングアップにもならねぇぞ」
槍を肩に担ぎ、ロザリアは唇をとがらせる。
グレンはあ、あ、と声を上げていた。
「おもしろくねぇな。せっかくのデビュー戦だっつーのに」
ロザリアは頬をぽりぽりとかいた。
それからいいことを思いついた、というように、目を輝かせる。
「これだけじゃつまんねーから、この建物ぶっ壊すか!」
「は?」
「黙って見てたお前らも同罪だぜ」
グレンが呆気にとられている間に、ロザリアは槍を大きく振り被る。
「うらぁあああ!」
ロザリアは思いっきり、槍を地面に向かって振り下ろした。
一閃の光が穂先から放たれた。
激しい光と轟音が鳴り響き、立っていられないほど訓練場が揺れる。
「なっ?!」
「きゃああああ!」
観客席で二人の戦いを見守っていた生徒たちは、一目散に外へ逃げていった。
残っているのは、こんな面白いものを見逃してたまるかと好奇心旺盛なやつらばかりだった。
「嘘……」
フィールドの外で腰を抜かしていたアリスが呟いた。
「フィールドが……」
そこに残っていたのは、天井と地面が二つに割れた訓練場だった。
ロザリアは槍を振り上げ、びゅっとグレンに向ける。
「まだ戦うか?」
「あ、あ、あ……」
グレンは腰を抜かしていた。
あんぐりと口を開けてロザリアを見上げるその姿は、威厳のかけらもない。
まわりに侍っていた令嬢たちも、ディーナに至っては失神している。
シン、と闘技場の中が静まった。
「っていうことは、お前の負けだな。ロザリアの無罪を、認めるか?」
ロザリアがそう言ってやり先をグレンに突きつけると、ついにグレンは失神してしまったのだった。
そして、そこでなぜか歓声がわいた。
「すげーっ!」
「あの落ちこぼれが、二年生を負かしたぞ!」
「おいおい、あの槍は一体なんなんだよ!」
それは、訓練場が破壊されてなお残った上級生たちからの賞賛だった。
みんな身を乗り出して、ロザリアに喝采を浴びせている。
鳴り止まない喝采が響き続けた。
「これは一体どういうことだ?」
けれど、それもすぐに終わった。
この騒ぎを聞きつけた教師たちが、訓練場に駆けつけたからだ。
アレイズが、唖然としたようにフィールドを見ている。
寝巻き姿のポップルは、ほわぁ、と声を上げた。
「これは完全に壊れ《イッ》ちゃってますねー」
他にも様々な教師たちが集まり、唖然としたように訓練場を見ていた。
観客席に残っていた生徒たちはやばいやばいと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。残っているのは、この戦いの関係者だけだ。
アレイズはフィールドの中央に立つロザリアを見て、息を飲んだ。
白金に輝く槍を持つ、美しい少女。
「お前は一体、何をやって……」
ロザリアはアレイズを横目で見ると、そのままふっと目を閉じた。
「!」
ロザリアの体がゆっくりと傾いていく。
アレイズの行動は早かった。
フィールドに飛び上がって、ロザリアの体を抱きとめる。
アレイズの腕の中で、がくりとロザリアの体から力が抜けた。
槍が光になって宙へと消えていく。
「なぜ、こんな……」
アレイズは驚きが隠しきれていないようだった。
気を失ったロザリアと、グレンや令嬢たち、アリスに真白。
そして壊れた訓練場。
カオスというにふさわしい光景の中、穏やかなロザリアの寝息が訓練場に響いていた。
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