第15話 誘拐事件


 次の日。

 ロザリアは鬱々とした気持ちで一日を過ごした。

 とうとう明日は追試試験だ。

 もしかしたら、学園で過ごす生活は今日で最後なのかも……。

 そう思うと、胃がキリキリと痛くなる。


(でも、アリスちゃんとも仲良くできないのなら、いっそうもう……)


 そんなことを考えていたロザリアだったが、ふと、学園内で男子たちが興奮したように噂話をしているのが聞こえてきた。


「おい、赤寮のやつらが今夜面白いことをするって」


「真夜中の闘技場で……」


「それがさ……」


「なんか魔獣がどうとかって」


 ロザリアに気づいた男が、あからさまに話をやめた。


「……?」


 ロザリアはそれを横目に通り過ぎる。


「あんな顔をしてられんのも、今だけだよな」


 こそり、とそう言われる。


(一体なんなのかしら……?)


 ロザリアは首を傾げつつ、アリスのことと、明日の追試試験のことで頭がいっぱいになってしまって、深く考えられなかった。


 寮の部屋。

 ロザリアはベッドに腰をかけて、母の形見であるペンダントをぼんやりと握っていた。


「お母様、私はもう、どうすればいいのかわからないわ」


 そう言って、かちゃりとペンダントの蓋をあける。

 ペンダントの中には、今は亡きローズの遺影がうつっている。

 それはあまりにも美しい女性だった。

 公爵が正妻を差し置いて愛してしまうのも、納得が出来るくらいに。

 写真の中のローズは、幼いロザリアを抱いて、微笑んでいる。


「もしも退学になってしまったら、私にはもう、どこにも行くあてがない……」


 ロザリアは唇を噛んだ。


「お父様がいなければ、お母様はもっと長生きして、幸せに暮らすことができたのかしら」


 ロザリアはぎゅ、とペンダントを握った。

 母がなくなってからは、ずっとひとりぼっちで生きてきた。

 あの別邸から出ることも許されず、義兄たちが死んでからは、逆に本邸へ呼び出され、理不尽な扱いを受けて。


「なんで、私ばかりがこんな目に……」


 ロザリアはそうぽつりと呟いた。


「私なんか……」


 独り言を呟いていると、

 

 コツン!


 と何かが、窓にぶつかった。


「……?」


 気のせいで済むような音じゃなかった。

 ロザリアは立ち上がって、窓辺に移動する。

 もう夜も遅い。

 外は真っ暗で、何も見えなかった。

 ロザリアが訝しげな目をしていると、再びコツン! と何かが窓にぶつかった。


「何……?」


 ロザリアは気になって、とうとう窓を開けた。

 すると、ロザリアに向かって、何かがびゅっと飛んでくる。


「!」


 ロザリアはすんでのところで交わした。

 部屋に何かがごろりと転がる鈍い音。

 慌てて振り返れば、部屋の中には小石が転がっていた。

 そしてよく見れば、小石には何かがくくりつけられている。

 ロザリアは窓の外を見たが、暗くて何も見えなかった。


「何かしら」


 石にくくりつけられた紙を解いて、中を確認する。

 どうやらそれは手紙のようだった。




 

『お前が隠していた魔獣は預かった。

 返して欲しくば深夜零時、闘技場に来られたし』





 

「魔獣……?」


 ロザリアは眉を寄せた。

 紙に書かれていることがなんなのか、よく分からない。

 しかしふと、旧校舎で育てていた獣のことを思い出した。


「まさか、真白のこと……?」


 明らかに子犬じゃなかったあれ。


「まさか」


 誰かに真白のことがばれてしまったのだ。

 そして捕まえられたのだ。

 相手の目的がなんなのかはわからない。

 だが、真白にひどいことをしないという保証はない。


「うそでしょ……」


 ロザリアはハッと顔を上げた。

 時計の針はもうじき真夜中を指そうとしていた。


「い、いかなきゃ……!」


 ロザリアに迷いはなかった。

 ただ、何があるかわからないため、魂装強化だけほどこして、寮の窓から飛び出した。

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