24, 小鞠市冒険者の(本業でない)本気



 お洒落勇者は、なぜか残念で仕方ないという顔で車のカギを寄こす。運転しろということか?


「荷台に乗っけさせてもらえればいいよ。このカッコで中乗ったら汚すし」

「汚れるぐらいかまわない。シートなんて最悪買い換えられる。急いでいるなら、カーナビよりも知っている人間が運転したほうが早いだろ?」


 普通の車でだってシートの交換などしないだろうに、この高級車モンスターの革張りシートをあっさり買い換えると言う。さすが金持ち、すでに嫉妬も羨望も覚えず、ただただ呆れたくなる。そこまで言うなら、心置きなく血で汚させてもらおう。


 荷台のコンテナへ荷物やサブ武器を収納し、全員が乗り込むのを待って車を出す。


 アクセルを踏み込んで街への道を疾走させても強力なエンジンが余裕で応える。

 原付だとこうはいかない。


「やっぱ車いいよなー。あると仕事とか便利だよなー。俺もそろそろ一台ぐらい買おーか」


 思わず洩らすと、助手席のスポーツマン(じゃんけんに勝った)がこっちを見た。


「それはあったほうが便利だろう。俺たちなんかは移動にどうしても車がないとやってられないが、こっちに住んでる冒険者もそれなりに必要だったりするだろ?」

「まぁ、街の中とか、近くの森で仕事する分には車なんかいらねーし、むしろない方が楽だけど。でも、他の街へ行かなきゃいけないときなんかは、原付じゃ無理あるしなー」

「街の移動のときか。街の中は公共の乗り物がやたら便利に走ってるが、街から一歩出ると電車一つないんだよな、こっちは。車のない人間はどうするんだ?」

「他の街へは行かない。いやほんと、街から一歩も出ないで暮らしてるやつもいるんだって。出なきゃいけないときは長距離バス使ったり、輸送トラックに便乗したり、車をレンタルするかな」


 そろそろ住宅街へさしかかり、スピードを落とす。ここから街中をまだ走って行かなくてはならない。時計を見ると、どうも間に合いそうもなかった。


「ああ、レンタカー。前にこっちで一度だけ借りたな、そういえば。とても安かった」

「そうそう。お手軽で、冒険者だったらバスやトラックよりレンタカー使うと思う。……ただあれ、車を壊すと次からのレンタル料が値上がりして、だんだん高くなるのな。最近はやっぱ買ったほうが安いんじゃないかと思う」

「……そうなのか。だが。自分の車を壊すと、やはり修理費がかかるんだろうから、結局はレンタルのほうが安く上がるかもしれないぞ」

「あ、ほんとだ。一回乗って大破して買い直しするぐらいなら、高くてもレンタルしたほうが絶対安いな。やっぱ俺、車は買うのやめよ」

「そうするほうが賢明だな。それにしても、見る限り運転技術は人並みだと思うんだが、なぜまた大破する? それも、その口ぶりからすると、一度や二度じゃなさそうだな」


 この交差点で右折したほうが近道か、と思う。思っているうちに通り過ぎた。ああ。


「技術っていうか。車を運転するのなんて、どっかの街へ行くときぐらいだからさ。ルート上で通りすがりを狙ってる敵なんかがいて」

「襲撃に遭うんだな。車が大破するほどの戦闘になるのか」

「そーなんだよー。やっぱ敵いたら車でつっこんではね飛ばすよな。体当たりぐらいで大破するって、ヤワすぎるぞ、車!」

「……襲撃する側だとは思わなかった。とりあえずレンタカーではもうやるな」


 スポーツマンが、とても困ったという顔だった。


「見かけると、ついな。気づいたときにはぶつかった後なんだよな。……後ろ静かだな」


 いつもうるさいお洒落勇者が黙ったままだから、なんか気持ち悪い。ルームミラーで見ると三人は起きていて、てんでばらばらにどこか遠くを見ていた。


「どうしたんだよ?」

「おれは、んー。やっぱノーコメントで」

「ったく。ヤツにカギ渡すな、二度と」

「ここまでの道、敵に会わなくて本当よかった」

「うん、なんかごめん。この車、壊す前に謝っとく。ごめん。でも車両保険入ってるだろ。なんか無限定の無制限な、自損もオッケーとかのいいやつ入ってるだろ」

「入ってるけど。というか問題は車でなく。同乗者が無事じゃ済まない。やめろ」


 冗談成分無配合で言われた。なぜかちょっと心にきた。


 イベント会場へは、裏から入らなければならない。おおよそでここかと見当をつけた道に路駐する。標識がないから、たぶん駐禁じゃないと思う。


「何時からなんだ?」

「十一時! 祭自体は朝から勝手に始まってるけど、式典は十一時から」

「もう十分過ぎちゃってるよ」

「分かってるって。だから焦ってんだろ」


 やいのやいのとうるさいヴィルトカッツェをせっつきながら、裏道を抜ける。中央通りの大交差点にある、通称二時広場に出た。


 車両通行止めにした広い交差点にたくさんの人が集まっている。あちらこちらから屋台のいい匂いが漂い、射的やら金魚すくいやらののぼりがはためく。人だかりから歓声が上がっているのはどうやら大道芸で、いろんな店やら企業やらがテントを張りだしていた。


 思っていた以上にすごい催しになっている。冒協ごときに把握できてるんだろうか。


 とにかく主催者テントを探さないといけない。好き勝手に覗きに行こうとするヴィルトカッツェを押しとどめ確保する。こいつらには、ちょっと一緒に来てもらう必要がある。


「おいおい、そんなところでなーにしちゃってんの、お騒がせの」


 いらっとするぐらい聞き慣れたスズキの声に呼び止められた。


「……本部どこかなー」

「こらっ、ムシすんなって」


 仕方なく振りかえる。イカ焼き持ったスズキが、にんまり笑った。


「おーおー。まーたそんな汚して。で? 今度は誰を血祭りにあげてきたとこ?」

「違う!! そういうお前はなにしてるんだよ? 仕事は?」

「ばーかばーか。今日日曜。っても仕事だけど? ほらさ、出張生中継の特別番組」

「……イカ持ってか? 仕事してる人間の格好には見えないぞ」

「今のお前にだけは、格好のことなんて言われたくないー」


 もっともで言い返せなかった。

 ついでに本部の位置を聞くと、この先のラジオのテントのさらに奥だと教えてくれた。スズキもいちおうたまにはまれに役に立つこともある。


「おっと。後ろにヴィルトカッツェもお揃いじゃん。相変わらずの活躍、聞いてるよ?」

「いえ、そんな。活躍だなんて、たいしたことありません」

「ほー。ダンジョンいくつも陥としといて、言うねー。まあさ、忙しいだろうけど、またそのうちうちのラジオにまた遊びに来てくれよな」


 またスズキとお洒落勇者がどうでもいい挨拶を交わす。そんな悠長な時間はない。「行くぞ」と声をかけて歩き出したら、なんかスズキもついてきた。


「ついてくんなよ」

「誰がついてくか。自分のテントに帰るだけだっての」


 人混みを避けてすみのほうを目立たないように移動し、途中ラジオテントにスズキを返却してやっと本部テントへたどりつく。

 白い屋根だけのテントは、どこからかのレンタルだろう。「主催(冒協)本部」と油性マジックで書かれた段ボールが吊されていた。


「悪い、遅刻したー」


 そう言って駆けこむと、パイプ椅子に座って団扇を仰いでいた冒協常任委員ニキティスががったんと立ち上がった。


「遅い! もう始まってんぞ。って、なんだそのカッコ。誰を血祭りにあげてきた!!」

「だから違うって。血祭り言うな。遅れたけど、除幕には間に合っただろ」


 声を聞きつけたのか、もう一人冒協委(こっちも常任)がやって来た。確か名前はエルドだ。


「やっと来たか、はらはらさせんな…って、なんだ、今度は誰を血祭りにあげてきた?」


 なぜ皆して血祭り発想なのだろうか。

 完全に乾いているとはいえ、誰か怪我でもしたのかとか心配する発想はないのか。小鞠市冒険者&スズキの偏った脳みそに不安を覚える。


「……血祭り違う! ちょっと作戦の都合だから」

「にしたって、ンなカッコでどうすんだよ、お前。だいたいティエラは? 今日は一緒だって言ってただろ?」

「んー。ティエラは着替えに戻った。もうちょっと遅れる」

「おいっ。彼女まで血に塗れさせたんじゃねーだろうな」


 エルドが恐い顔で迫ってきた。


「違うって。ちょっと汗かいただけだよ。ブラも透けてない」

「ならいい。っても、あの人来ないのは困ったな。そのうえお前も。そんなんで人前出したら、みんなどん引きだよ、どうすんだよ」


 ニキティスとエルドが顔を見合わせる。でもこうなることぐらい、予想のうちだ。


「そうなると思って。ちゃんと代わりの人員連れてきたぞ」


 ほら、とテントの外で待つ勇者ご一行を指さす。それまで部外者ヅラで突っ立っていたお洒落勇者が、突然指さされて驚いた顔をする。ニキティスとエルドはそちらを見て、


「「ぐっじょぶ」」


 声を揃えて言った。


「え、なに? なんですか?」

「そうだよ、こいつらがいたじゃん。知名度もあるし、人気もあるし。ぶっちゃけ今じゃ、どっかの誰かさんより喜ばれるかもしんねー」

「ほらほら、痛くしないからちょっとおにーさんたちのほうへおいで」


 エルドが失礼なことを、ニキティスが怪しいことを言いながら、お洒落勇者たちをテントの下へ引きずり込む。

 ご愁傷様、とは思わない。もとよりこういう作戦だったから。


「いや、だから、なんですか?」


 人がいいから逃げることもできず、お洒落勇者が助けを求めてこっちを見てくる。

 気づかないふりをしながら、長机の上にあった麦茶を勝手に注いでいただいた。

 そういえば亜麻色くんの姿がなくなっている。さっさと逃げたな。


「まぁ座って座って。ほんと大したことじゃなくってさ」

「ちょこっと手伝ってくれたら助かるんだよね」


 恐ろしい笑顔でエルドとニキティスが迫る。


「ぐ、具体的になにをすればいいのか、教えてもらえないと……」


 座らされたお洒落勇者が、逃げようとしたチャラベストのベルトを掴んで阻止した。面白いことになるか面倒なことになるか見極めてから逃げようとしたのだろうが、ちょっと遅かったな、チャラベスト。


「そんな恐がんなよ。大したことじゃないっつってんだろ。ほら、あれだよ。いざ除幕!のときにリボンをぷっつりする人。あれやれ」


 エルドが微妙にバカっぽい説明をし、ニキティスが特設ステージを指さした。


 赤くて派手な(でも薄手の)幕におおわれた、なにか高いブツとその前にステージが作られている。そこには落成式なんかでお馴染みのリボンテープが用意されている。すみには、大きなくす玉(ムダにキラキラしてる)もあったりして、節操ないことこのうえない。


 そのステージでは、司会係の冒協委(非常任)がマイクを持って立っていて、建設までの道のりだとか協賛者の紹介だとか、わりかし堅実なプログラムを進めているところだったりする。


 指の先へ視線をやったお洒落勇者たちは、ステージ後ろのどでかい物体に目を瞠った。


「でかっ。想像していたより大きいな。……で、要はテープカットということですよね? そういうことは、街の人がやったほうがいいような気がするんですが」


 普通に正論だったが、80%悪ノリなこの式典にそんなものは通用しなかった。


 両側からエルドとニキティスがお洒落勇者の肩をがしっと掴む。


「いやいや。お前ら、街の救援に来たんだろ? 俺たちを助けに来たんだろ? この街のお役に立つために来たんだろ?」

「そうそう。軽くダンジョンを料理した勇者サマが、テープは切れないってか。ご立派なもんぶら下げて、なに切ろうってんだ、ああ?」

「だいたい考えてもみろ。こんな顔に血飛沫つけたヤツ、ステージにあげられっこないだろ」

「ちょっとステージ立ってハサミ動かすだけで、街中大喜びすんだから、いいだろ」


 左右からまくしたてられて、お洒落勇者がコクコクとうなずいた。


「わかりました、わかりましたから、つ、謹んでお受けします。肩、肩痛いんですけど」

「そっかー、やってくれるかー、よかった。で、ティエラの代わりがもう一人要る」


 スポーツマンがぶんぶんと首を横にふる。逃げようとしたチャラベストのベルトをお洒落勇者が握りしめた。


「あれ、リュウがいない。いつの間に。まぁいい、デルがやれよ」

「はーっ!? そーいうガラじゃねーよ、オレ。ソトアでいーだろうが」

「いや、俺だってそんな晴れ舞台、柄じゃないというか、な」


 汚く押しつけ合い始める。それを見て、エルドが笑顔でうなずいた。


「そんな喜ばれちゃしょうがねーな。よし、一人ぐらい増えたって全然問題ねーし、三人でやればいーよ。ってことで、頼んだからな」

「……」

「……」

「……」


 三人揃ってなんかこっちをにらんでくる。


「…………珍しく誘いをかけてきたと思ったら、こういう魂胆だったのか…………」


 たかがテープカット程度でそんな恨みがましく言われても困る。

 本音を言えば、もともと乗り気でなかった仕事の身代わりが見つかって、とても嬉しい。


 三人から視線をそらしたとき、テントの向こう側からがやがやと一団がやって来た。なんだろうと思う間もなく、ピピーンと嫌いなものセンサーが天敵の存在を感知した。



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