第91話 強制参加
「お待ちください神楽坂様っ。」
「えっと、どうしてですか?それになんで俺の名前を知ってるんですか?」
俺はその人に聞いた。
よく見るとこの人……目が死んでいる。身なりは綺麗だけど、感情が死滅しているのか表情が崩れない。大丈夫なのだろうか?
「私は富田 十蔵様の第7妻です。今日は十蔵様が主催されたパーティに招待されたと言う事でしたのでお迎えに参りました。」
「富田って………」
特殊な性癖を持つ豚野郎の事じゃないか……二度と関わりたい無い人物の妻?それにパーティ?確か俺はパーティの招待状は大地先輩と相談して破り捨てたはず。
「え、パーティ?いや、俺は行かないですよ?招待状も捨ててしまったので……」
「いえ、大丈夫です。招待状の予備はいくらでもありますので。」
と、豚野郎の妻を名乗る人は前に貰った招待状と同じものを渡してきた。
「いやいや、招待状があっても俺は行きませんよ!今日は夜依に用があって来たんですから。」
「つまり、今日は行かない……と?」
「ええ、そうですよ。」
俺は普通に断った。あの豚とは二度と顔を合わせたくないからだ。
これで、夜依のところに行けるなと思っていた時だった。
「お願いしますっ!私に出来ることでしたらどんな事でもします。ですからどうか、今日のパーティに参加していただけないでしょうか?」
その人は土下座をしていた。地面に頭をつけ大声でお願いされた。
「え?あ、頭を上げてください。なんで土下座なんてしてるんですか!?」
「お願いしますお願いします。」
その人は頭を下げ続ける。
「どうしてですか?ちゃんとした理由を言ってくれないと俺も行かないですよ。」
「理由は……………神楽坂様がパーティにご参加されませんと私が………お仕置されてしまいますっ!もうお仕置は嫌なんです。ご褒美が欲しいんですっ!」
「んー?」
俺はその人が言っていることをよく理解することが出来なかった?
お仕置?ご褒美?なんの事だろう?
そんな事のために俺の時間を使いたくなかった。
「えへへ、ご褒美が貰えればまた頑張れる。神楽坂様を連れてこれれば……えへへへへへ。」
すると、その人は奇怪な笑いをしながら独り言をブツブツと呟き出した。
な、何この人?精神的にぶっ飛んでいる人なのかな?
ちょっとこの人の精神を心配するんだけど……?
この人を見ていると一層行きたくなくなった。
「えーっと。じゃあ行かないです。」
「え?なんでですか?どうしてですか?何がいけないんですか?」
大声で叫びながらその人は発狂する。
うーどうしよう。ここ一応、夜依の家の前だから警備の人とか出てこないよね?そうだ、ひとまず落ち着かせないと。
「静かにして下さい7番さん。人様にご迷惑をかけてもお仕置なんですよ。遅いと思って来てみれば何をやってるんですか?」
そう言い、発狂していた人を拘束した。
新しく現れた人は発狂していた人と同じ黒いスーツを着ているけど、歳は俺と同じくらいに見える。ピンク色のカチューシャをつけ可憐で凛々しく見えた。この人はさっきの人より話せそうだ。
だけどこの人も目が同じように死んでいる。感情が全く表に出ていない。
もしかしてこの人も……
「申し遅れました。私は富田 十蔵様の第19妻です。よろしくお願いします。」
そう言い彼女は頭を下げた。
19妻!?へ?あの豚野郎19人もの女性と結婚してるの?その事実に俺はすごく驚いた。
「事情は私からお話するので1回、車でご説明をしてもよろしいでしょうか?」
近所の人に考慮したのだろう。
「えーっと、はい。わかりましたよ……だけど少し待ってください。」
俺は少しだけ時間を貰い、夜依に持ってきたプリント類を郵便受けに入れて置いた。まぁ、直接渡したかったけどこの状況じゃあ仕方がないかな……
でも家はわかったんだから後で改めて行けばいいか。
「じゃあ行きましょうか。」
「はい………」
俺は近くにあった黒塗りのリムジンみたいな大きさの車に乗った。こんなに大きな車に乗ったことが無かったので少しだけ緊張する。
俺の近くには拘束されほとんど動けない7番さんがいる。顔を見るととても辛そうだ。
19妻と名乗るその人は発狂していた人はをそこに移動させると俺の向かいに側の席に座った。
「まず自己紹介を。私は19番。あそこにいるのは7番さんです。」
「…………え?それが名前と言う訳では無いですよね?」
「いいえ、これが名前です。私は19番、あそこにいるのは7番さんなんです。」
「………………そ、そうですか。」
妻を番号で呼ぶという事なのかな?不思議な夫婦関係なのかな……?それかコードネームみたいなものなのかな?謎のしきたり?みたいなものなのか。
「時間が無いので簡単な説明ですけど、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。構わないですよ。」
「神楽坂様は本当に律儀ですね。こんな男性は初めてです。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
無表情で言われたけど、普通に嬉しかった。
少しだけ照れた。
俺はこの世界では珍しい部類なんだよな。毎回言われるのでもう慣れてしまった。
「では説明を始めます。」
「はい。」
「私からはただ一言。どうかパーティに参加していただけないでしょうか?そうじゃないと……神楽坂様の身の回りにも影響が出てしまいますよ。」
「ん?それはどういう意味なんですか?」
「私の夫、十蔵様は自分が直接パーティに誘った相手は必ず、どんな理由や用事があったとしても来なければならないのです。もし来なければ、十蔵様は自分の顔に泥を塗ったと言うことで怒りに怒り、必ず神楽坂様に報復をします。断言します。」
19番さんは言い切った。つまり、俺がパーティに参加しなければ俺の周りの女の子達に被害があるという事だ。
なんだそれ?自己中心的すぎやしないか?
「その、妻だったら止められないんですか?」
夫の不手際は妻が補完する。そういう関係が夫婦というものなんじゃないのかな?
「止められるのだったら既に止めています。それに私は下等生物の女なんですよ……。最上の生物である男に逆らえるわけないじゃないですか……」
19番さんは既に諦めているようだった。こいつもしかして妻にも圧倒的上下関係を築いているのか?
「そうなんですか……」
「それに、もし神楽坂様がパーティに参加しないとなると私と7番さんにはキツいお仕置が待っています。私はまだ何とか耐えれるんですがそろそろ7番さんが限界なんです。もうこれ以上7番さんが壊れる姿をもう見たくないんです。神楽坂様さえ来てくだされば7番さんにご褒美が与えられて、しばらく7番さんは安静でいられるんです。」
19番さんの目から涙がこぼれる。今まで無表情だった19番さんだけどこの時だけは本当に可憐で普通の女の子だった。
それを見て俺はあの豚野郎に怒りを覚える。
拳を握りしめ、唇を強く噛む。
あいつは性根から腐ってるんだな。
夫のくせに、妻を泣かせるなんて何事だよ。夫は妻を死んでも守るもの。泣かせたりしないもの。それが当たり前だと俺は思っている。たとえ固定概念がおかしなこの世界でも俺はこれを貫くだろう。だけど妻を番号で呼び、妻達の目は死んでいる。感情もほとんど無に近い。これだけのことを見ればあいつが妻達に一体どんな酷いことをしているのかわかってしまう。
体型、性格、そして男としての尊厳も失われている。もうこの男には男としての価値はないと思った。
「分かりました。行きます。パーティ参加します。」
俺は19番さんの言葉で行くことに決めた。
俺がパーティに行きさえすればこの場は何とかなるんだ。俺の選択肢は始めから1つしかなかった。
俺の参加・不参加などの意見は始めから関係なく、強制参加という事だ。
「本当ですか!ありがとうございます。」
19番さんは深く深く頭を下げた。
「俺が行けば何とかなるんでしたら勿論行きますよ。俺が行けば7番さんも大丈夫になるんですよね?」
「はい、恐らくですが……」
19番さんは曖昧に言った。
そこから察するに俺が行ったとしても7番さんは安静にならない可能性もあるという事だ。
「すいません、提案なんですけど。このまま病院に行ったらいいんじゃないんですか?」
どう考えても7番さんは重症だ。すぐに病院に行った方がいいと思う。
「病院……それは無理です。理由は…………まだ言えません。すいません。」
「そうですか……わかりました。」
何か特別な理由があってどうしても病院には行けないのだろう。気になるけど、今は気にしないでおこう。
7番さんの症状はよく分からないけど何かを欲していた。途中からは理性が飛び、あーあー、と唸ることしか出来なくなっていた。
クソ、多分7番さんがこうなってしまったのも全部あの豚野郎のせいで間違いないと俺は睨んでいる。
もし、俺の目の前であの豚野郎が女性に酷いことをしたら俺が直接ぶん殴ってやろうと思った。俺の目の前では絶対に酷いことはさせない。
さぁ、行くぞパーティ!!!待ってろよ特殊な性癖を待つ豚野郎っ!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます