第85話 夜依の人生
北桜 夜依の家は名家である。
北桜家は代々男と必ず婚約を交し必ず子を身ごもってきている。“必ず北桜家を存命させろ、手段は問わない”それが北桜家での家訓でもある。
男に認められるのは相当な努力が必要だ。そのため北桜家の人間は常に最高の教育を施される。この家に生まれた夜依も母親から厳しく、辛い教育を施されてきた。
常に美しく、気高く、そして誰よりも賢くあれと。他の女に必ず負けてはならないと。
母親は海外で働いていて家に帰ってくることはほとんどない。海外にいる夜依の父親に夢中なのだ。夜依の父親は海外の男と聞かされているが夜依自身、1度もあったことは無い。
そんな大嫌いな母親が久しぶりに家に帰ってきている。
母親は夜依と同じでかなりの美人だ。だけど決定的に違うものがある。その目だ。自分の子供のはずなのに何故か冷めた目で夜依を見ている。
母親は直立不動で立っている。そして夜依に話しかけた。
「夜依、これから大切な話をするわよ。北桜家に関わる大事なね。」
「はい……」
夜依は静かに答えた。
「今日は叔父様にも来ていただいたのよ。しっかりと目と耳と心で聞きなさい。」
「………!?」
奥の部屋からゆっくりと誰かが近づいてくる。
この人が叔父様………なの?
叔父様………年齢は知らないけど母親の弟なので40代くらい……だけど皮膚にハリはなく、やせこけている見た目だ。服装は茶色の着物姿だ。
夜依は遠くから見たことはあったが実際に会ったのはこれが初めてだ。
「ムスメ、貴様は北桜の人間なのだろう?だったらその役目を果たすのだ!それがこの家に生まれてきた貴様の使命なのだからな。」
叔父様はガラガラな声で言った。
名前すら覚えてくれていないのか……元から何とも思っていなかったけどここまでとは思っていなかった。
この人は北桜家の親玉。この家で一番偉く、逆らう事は許されない人だ。
さすがに夜依も突然家の親玉が出てきた事により動揺が隠せないでいた。
「どうした答えんか?まさか言葉もしゃべれないほどこの家が堕落した訳では無いだろうな?」
「そ、そんな当たり前じゃないですか叔父様。」
母親は叔父様に媚びを売る。いつもの母親らしくない。母親の方が歳は上のはずなのに男という性別なだけで勝手に上下が決められる………理不尽な事だ。
叔父様の期限を損ねてしまった夜依はキッと母親に睨まれた。
「夜依っ!あなたはね北桜家の人間なの!だから叔父様が望まれていることを必ず、喜んでするのが当たり前なの。それに北桜家はここで終わっていい家系じゃない!あなたは代々続いてきたこの家をたった1人のつまらない感情でぶち壊すつもりなの?」
母親は夜依の肩を掴み、強く揺さぶりながら言った。
夜依はこの家が大嫌いだ。自分の代で終わったとしてもなんとも思わないだろう。
「わ、私は男になんて興味はありません。私は男とは関わりを持ちたいとも思いません。だから結婚もしません。」
夜依は昔から男と結婚しろ言われ続けてきた。男のせいで自分の将来がめちゃくちゃになった事と初めてあった男が最悪だった事もあり夜依は男嫌いになった。男という生物自体が嫌いになった。
別になにもしていない優馬のことも男と言うだけで嫌っていた………初めから優馬の事を嫌悪していたのはそのためだ。
それでも自分の考えを曲げる事は出来ない。夜依は男とは結婚しないと宣言した。
「ほぅ、これはまた問題児に育ったな。どういう事だ?」
叔父様は母親に問い掛ける。
母親は焦ったように夜依の頭を掴み地面に押し付ける。
「ぐっ、」
「すみません、夜依は虚言を言いました。叔父様には大変不快に思われたことでしょう。心からお詫び申し上げます。夜依あなたも謝りなさい。」
すごい力だ。その力に抵抗することも出来ず押し付けられ続ける。
「謝りなさい。」
どんどん力を強くされていく、夜依はそれでも自分の考えを曲げる訳には行かない。どんなに力を強められようとも夜依は謝ることはしなかった。
「はっはっはっ、まぁいい。ムスメ、貴様の言葉が虚言であったと思うことにしよう。ただ貴様には大事な役目がある事を決して忘れるで無いぞ!」
叔父様は夜依を指さしながら言った。威圧がすごく夜依は何も言い返すことは出来なかった。
「後は任せるぞ。まぁ我は北桜家が存命してくれればいい。だが失敗は許されないからな。どんな手段をとっても構わん。どうにかするのだぞ家訓のようにな!」
「はい!承知しています。」
母親は大きな声で言った。
叔父様はゆっくりと歩きながら退出した。
☆☆☆
2人っきりになった夜依と夜依の母親。夜依はやっと叔父様がいなくなってくれたとに安堵した。
「あなたね、自分が何をしたか分かっているの?」
「分かっています。」
「そう………」
母親は元からほぼない愛想を切らしたのかいつもより更に冷酷な目で夜依を見つめた。
「なら、最終手段を使うしか無いわね。」
「はい?」
「前から言ってるはずよ?学校にいる男との仲が発展しなかった場合は解決策を考えているって。安心して頂戴、もう相手も了承済みよ。」
そう言って母親から1枚の紙を渡された。
「これは………」
「あなたの婚約者のプロフィールと結婚式の詳細よ。」
その紙には昔あったことのある最悪な人物の写真と名前、結婚式の会場の名前、そして日付など………が事細かに書かれていた。
「その人は昔からあなたの事をお気にかけていてくれてね。嫁に貰ってくれないかと話したら“喜んで”と言ってくれたのよ。多額のお金も要求されたけど、北桜家が存命できるのならば安いものだわ。喜びなさい夜依、あなたみたいなのでも結婚はできるのよ。」
私は膝をつき落胆した。こんなの酷すぎる。
「こんなの間違っています。私は…………まだ。それに寄りにもよってあの男はダメです。1番ダメです。」
「夜依、あなたは努力が足りなかったのよ。もう少し頑張っていたらもっといい男と結婚できたのかもしれないのにね。でもこれで私の役目も終わりね。あ、言っておくけど逃げられると思わない方がいいわよ。あの男からは決して逃げられないのだからね。もし本気で逃げたとしたら友達に迷惑をかけるかもしれないわよ。」
「…………っっ。何でですか?なんで私なんですか?私なんかより叔父様の子でいいじゃないですか!」
叔父様にはきっと子供もいるだろう。その子に任せればいいじゃないか!
母親は私の意見を聞いた、一瞬で距離を詰め夜依は頬を叩かれた。
パァン───乾いた音が部屋に響く。音とともに遅れて痛みが頬に走る。口には血の味が広がった。
「ぐっ、」
そして胸ぐらを捕まれ無理やり立ち上がらせれた。
「それは言ってはいけないことよ。あの人の精子は既に死んでいるの。だから嫁もいないし、子もいないの。だから北桜家の命運は全て夜依あなたにかかっているのよ。その事を決して忘れては行けないからね。」
そう言って夜依は解放された。
「それじゃあ残りの3週間、自分の好きなようにしなさい。あぁ、そうだ友達にも別れを言っておきなさいよ。結婚したらあなたはその人の家に行くのだから。あなたはそこで一生暮らすのよ。あ、もちろん子供は北桜家に送って貰うからね。あなたみたいなのは子育てには向いていないものね。」
「学校はどうするんですか!?まだ私は高校1年生ですよ。勉強もまだまだ先があるんですよ。」
「もちろん中退よ。退学届けは既に記入済み、後は提出だけよ。もう諦めなさい。」
「そ、そんな………なんで………」
「でも、あの男も物好きよね?なんでこんな子を選ぶのかしら?」
母親はそんなことを口走りながら部屋から出ていった。
夜依は1人でうずくまる。
母親から言われる悪口には耐えられる……だけど自分は自分の人生のためだけに頑張ってきたのに……その苦労を一瞬で壊された夜依はちょっとやそっとでは立ち直れないほどに心にダメージを受けた。
瞳から涙が出てくる。涙なんていつぶりだろうか…
「あぁ、私の人生これで終わりなのかな………つまらなかったな………」
夜依は1人でそう呟いた。
☆☆☆
夜依の結婚相手…………富田 十蔵 年齢64
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