第10話 久しぶりにお兄ちゃんと呼ばれた。


俺は大地先輩に電話を掛けた。


プルプルプル……プルプルプル……


数秒待つ。


プルプル……プル…テレンッ!


「──もしもし。僕に何か用かな、優馬?」


大地先輩は出るのが遅かった気がする。忙しいのかな?それだったら申し訳ないな。


「あ、突然すいません。大地先輩。少し相談したいことがありまして……」


俺は簡潔に要件を伝える。


「あぁ、部活のことかな?」


え、何で俺の相談したい事が分かったんだろう?


「はは、何でって思っただろう?僕もその時期、部活動の事で色々あったからね。大体気持ちはわかるんだよ。」

「あぁ、そうなんですか?」


どうやら大地先輩も俺と同じ感じだったのかな?


「でも悪いな。今はちょっと手が離せないんだ。すぐに戻らないと行けない。すまないけど、また今度にしないかな?」


大地先輩は電話越しの俺にも分かるくらい焦っているようだった。


「はい。わかりました。」

「じゃ、また学校でな……」


──ピッ。


電話が切れた。


俺はスマホを机に置き、再びベットにダイブする。


「くぁぁぁっ。まぁ、まず相談にのってくれるって言ってくれたから大丈夫かな。……ってなんか落ち着いたからか、どっと疲れたなぁ。」


あー、やばい。


不意に睡魔が襲ってきた。


でも……いっか。


別に何もすることが無かったので俺は目をゆっくりと瞑り、寝りについた。


☆☆☆


優馬と別れて数分。道を歩く雫。

その表情はいつもの優馬に見せている代物では無く乙女そのものだった。


「……はあっ、はあっ。」


熱く荒い息を吐く。


「……っっ。」


雫は不意に立ち止まる。


「……幸せ。」


そうボソリと呟く。


雫には、優馬のあの笑顔が瞳に焼き付き、未だに頭から離れない。


──優馬と雫が出会ったのは、今でも鮮明に覚えているあの幼い頃。雫の運命の歯車が動き始めた日。


あの時、雫はたまたま外に散歩に出ていた。特に意味は無い。ただ家にいても親が立派な女性になる為の英才教育を受けさせられるため、なるべく家には居たくなかったのだ。


そんな時だった──


大きな家の前で、黒髪の髪が短い子に会った。

その子は雫が行っていた幼稚園でも見たことが無い子で、雰囲気から何かが違う気がするとは感じていた。まさか、この子が男だとは分からなかったけど。


好奇心で、話し掛けてみた。


話を聞くと、名前が分かり、道に迷っている事が分かった。

良い暇つぶしになると心の中で思った雫はこの子を案内してあげる事にした。


そして色々あって、来た道を戻り最後、不意にその子は男だと暴露した。なんでそんな事をしたのかは分からない。


でもその子が男だとわかった瞬間、雫は動揺して頭の中がこんがらがってしまった。だが、もっともっとその子と話をしてみたいとは思った。


だが、雫がその子を呼び止めたがその子は家に帰ってしまった。


でも、その時からいつかもう一度その子と会って話してみたいと思うようになった。その日から努力に励むようになった雫。その原動力は単純だった。


それから数年が経ってもその気持ちは変わらず、努力を続けていたある日、雫が中学三年生で、高校をどこにしようかと迷っていると中学校である噂が流れた。


“男が今年も月ノ光高校に入学する”と!


クラスの皆は嘘だと思っただろう。

まず、身近に男が居ないため男の存在すら認めていない子もいたくらいだからだ。


だけど雫だけは違った。その噂を知った瞬間あの子の顔が頭を過ぎった。そして、心臓が高く鳴った。


もう1度その子に……“優馬”と会いたい。


優馬が月ノ光高校に入学するとは分からない。もしかしたらデマの可能性もある。だけど、雫はその噂を信じ、月ノ光高校に合格するため、がむしゃらに勉強をした。テニスのスポーツ推薦の枠も全部破棄した。自ら修羅の道を選んだのだ。

それぐらい雫の覚悟は半端ではなかった。


そして、死にものぐるいの勉強の末、雫は倍率がえげつない超難関の月ノ光高校に入学する事が出来た。


入学式の日、雫は優馬の家の前待った。

なんの確証も無い。ただ自分を信じ、優馬を信じていた。


──そして、運命は雫の味方をした。神様は雫に振り向いてくれた。雫の努力は決して無駄ではなかったと証明された。


その家から優馬が出てきた。


優馬の顔を見た瞬間雫は泣き崩れそうになるのを必死に堪え……優馬に話し掛けた。


優馬はとてもカッコ良くなっていた。それに、子供の時の優しさも変わらなかった。


それから一緒に過ごす時間が増えた。登下校、昼休み同じクラスという事もあり、本当に長い時間だ。


優馬と一緒にいると心が弾み、落ち着く。そして笑みが時々零れそうになる。本当に……嬉しいし、何より楽しい。


雫はいつの間にか優馬の事が“好き”になっていたのかもしれない。


いつから……?

……優馬と出会った時から?

多分そうだ。

そうでなければここまで自分を追い込んで頑張れなかった。まだその感覚は薄いけど、考えてみるとそうなるのかも知れない。


「……そうだ、日曜に優馬と出かけるんだ。その予定を考えないと。」


優馬とは日曜日に一緒に出掛けるのだ。

つまり……“デート”だ。


雫は笑みが零れる。本当に楽しみだからだ。


雫はご機嫌な様子で再び歩を進めた。


☆☆☆


プルプルプル……プルプルプル……


俺はスマホが鳴っている事に気付き、慌てて目を覚ました。


「うおっ。電話がきてるや!」


スマホを取り電話に出た。


「──もしもし?」


急いで電話に出たため相手は分からない。取り敢えずもしもしと言っておいた。


「もしもし、優くん?お母さんだよ?今仕事が終わってこれから帰るんだけど何か欲しい物でもある?」


電話の相手はお母さんだった。


って、お母さん、まだ帰って来てなかったんだ。

俺は長く寝てたと思ってたけど、思ってたより短い時間しか寝ていないようだった。


「もしもし?優くん、聞いてるー?」

「あ、ごめんごめん。欲しいものだったね。えっと………今は特に欲しい物は無いかな。それよりも早くお母さんに帰ってきて欲しいな。」

「っ……優くん!大好きよぉぉぉぉ!!!」

「うん。俺もだよ。じゃあまた後でね。」


──ピッ。


そう言って電話を切った。


時間を見るともう6時も終わりそうで、外を見ると夕方だった。空が赤く燃えていて綺麗だった。


「うっっ。喉が渇いたな。それにお腹空いたなぁ。」


そういえば、俺は昼ご飯を食べていなかった。

そのため、相当お腹が減っていた。


でも、お母さんがそろそろ帰ってくる。家族団欒は出来る限りすると決めている俺は、母さん達と一緒に食べたい。その方が絶対楽しいからだ。

それが俺が心掛けていることなのでそれまで我慢だ。


「でも、飲み物が飲みたいな。」


1階にあるキッチンに何かあるかもしれない。


そう思い俺は自分の部屋を出て1階に降りた。


1階に降りると、香ばしくいい香りがした。それに鼻歌交じりに、包丁を使って食材を切っている音と食材を焼く音が聞こえた。


なんだ、かすみさんいたのか……

って、やけにご機嫌だな。


珍しいなと思った。


キッチンに近づくにつれていい香りがさらに増し、その分ものすごくお腹が空いた。


俺はそーとキッチンに繋がる扉を少し開けた。

中を見てみるとエプロンをつけた女性の後ろ姿が見えた。

髪が散らばらないようにか、ゴムで纏めている。


その隣に綺麗に盛りつけされた料理が置いてあった。ものすごく美味しそうだ。


うちの料理はいつもいつもご馳走で毎日が楽しみなのだ。


少しつまみ食いをしよーっ。と……する前にかすみさんに断っておかないとな。


俺は扉を全部開けて中に入った。


「かすみさーん。すいません、お腹が空いてしまったので何かつまみ食いしてもいいですか?」

「きゃあっ!!!!…………お、お兄ちゃん!?」

「えっ?……茉優!?」


キッチンで料理を作っていたのはかすみさんでは無く妹の茉優だった。


「え?ど、どうして!?まだ時間的には部活なんじゃないの?」

「えっとね……今日は学校が早帰りだったんだ。それに、部活も休みだったんだよ。」


じゃあ、あの靴はお母さんとかすみさんのではなくて茉優のだったのか……


気付かなかった。


「お兄ちゃん…お腹減ったの?」


心配そうに茉優は聞いてくる。

久しぶりに見る妹の茉優は俺の知っている茉優なんかでは無く、本当に美人で心も体も成長していた。


「う、うん。昼ご飯食べてないからさ。」

「そうなんだ。じゃあ少しだったら食べていいよ。今日はいっぱい作ったから。」


そう言って茉優は棚から小皿を取り出してくれた。

かなり久しぶりに話したのになんか全然普通だった。

今まで、話し掛けられなくて悩んでいたのが、バカバカしくなった。


俺は箸を取って何を食べようか料理を見た。


料理は揚げ物がアジフライ、エビフライ、フライドポテト、唐揚げなど揚げ物がメインだった。それに、健康にもいいように、サラダやポテトサラダがあった。


まだ夜ご飯が残っているからあまり食べすぎないようにしないとな。


俺は適当に揚げ物を小皿に集めて食べてみた。


「美味い。あれ?でも……いつもの味だ。」


確かにものすごく美味しい、でもこの味は毎日食べている馴染みのある味だった。


「だって私が大体ご飯を作っているからだよ。え、お兄ちゃん知らなかったの?」

「え?かすみさんじゃなくて?茉優だったの!?

す、すごいな、でも部活のキャプテンとか生徒会長で、大変なのに大丈夫なの?」


茉優はサッカー部のキャプテンらしいし生徒会長でもあるらしい。更に今年は受験生でもある、それなりに大変なはずだと思うんだけど。


「うん。大丈夫だよ。だって、お兄ちゃんに喜んでもらえたら嬉しいから。たまに、かすみさんにも手伝って貰ってるから辛くないし、それに花嫁修業だもん!!!」


茉優はとても可愛らしい笑顔で言った。ほんの少し頬が赤みがかっていた。


でも最後に変な事を言った。


「…花嫁…修業!?そ、それって?」

「その言葉の通りだよ。大好きな人のために今から料理の腕を磨いておくんだよ!」


その言葉で俺は泣きそうになった。可愛い妹に好きな人ができたんだ……大人になったんだな茉優。

……でもまだまだ俺に甘えていて欲しかったなぁ。


「そっか……そうなんだ。」


もちろん嬉しいんだ。でも……俺は嬉しい気持ちにはなれなくかなりテンションが下がった。


「ん、どうしたのお兄ちゃん?」

「あ、あぁ。うん。なんでもないよ。それより茉優。質問いいかな?」

「いいよ。なんでも聞いて!」

「その人とは出会って何年目なの?」

「えーとね、もう十何年にもなるよ。」


うっ、心に刺さる言葉だった。

十何年も好きな相手ならちょっとやそっとでは茉優の気持ちは変わらないのだろうな。


「そっか……そうなんだ。」


久しぶりに話して嬉しいんだけどさ。そのまさかの発言で俺の心はもうボロボロだ。俺と話していない期間内にもうそんなに関係を築いていたのか。成長したんだな茉優。


もう、そうなんだと思い込むしかない。

俺は毎日妹のご飯を食べているから幸せだ。それでいいんだ。


兄として久しぶりに“お兄ちゃん”と呼ばれたのはかなり嬉しかった。もう兄とすら思われていないと思っていたからだ。


やっぱり家族と話すのは大事なんだよな。

これからも積極的に話して置かないとな。


……でも、花嫁修業をしているなんて思ってもみなかったよ。嬉しい半分、悲しい気持ち、寂しい気持ち。その両方の気持ちが俺の心を支配した。


再び小皿に取った揚げ物を食べているとガチャっと家のドアが開く音がしてドタドタと誰かが走ってこちらに来る音が聞こえた。


おそらくお母さんだな。


「ただいまー。優くん、茉優ーっ。」

「あ、おかえりお母さん。」

「おかえりなさい。」


俺の後に茉優が言った。


やっぱりお母さんだった。まぁそれしかないと思ったけどね。


「あれ?もうご飯食べてるの?なら私も食べようかな!」


お母さんは俺の隣の席に座って俺の小皿の唐揚げを素手で取ってつまみ食いをした。


「行儀が悪いよお母さん!しかもお兄ちゃんのを取るなんてダメだよ!」


茉優が、注意をしていたがお母さんはあまり気にしていないようで茉優の作った料理を幸せそうに楽しんでいた。


「お帰りなさいませお母様。」

「あれ?かすみさん?いたんですか?」


突然後ろからすうっとかすみさんが現れた。

結構びっくりした。


かすみさんはお母さんには丁寧に話す。雇い主だからだろう。


「はい。ずっといましたよ。」

「ははは、ずっとですか……?」


若干ビビる俺。

もうかすみさんについて俺は考えるのをやめた。


「全員揃ったなら食べましょ。私、もうお腹ぺこぺこよっ。」

「うん。そうする。」


茉優は初めからそのつもりだったのかテキパキと用意をしていた。


俺ももちろん手伝った。その方が茉優と話せるからだ。


用意が整い、夜ご飯を皆で集まって食べた。久しぶりに皆で食べるご飯はとってもとっても美味しかった。

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