第174話 1968年、71歳

「書けました!」

クラスメイトの人数分、手紙を書き終えたエマ。


「では投函しに行きましょうね。」

デイモンお手製の時代考証バッチリな衣装に着替えたエマとデイモン。

「申し訳ないのですが、ジジ君とマリーちゃんはお留守番していてくださいね。」

デイモンが申し訳なさそうな顔でジジ&マリーに断る。


「私たちのことは気にしないで!」

「エマを頼むぜ!」

本当に物分かりの良い子猫達だ。

デイモンと手を繋いだエマが転移ゲートをくぐる。



「それで全部です。ではよろしくお願いします。」

「お願いします!」

フランスで国際郵便を手配し終えたエマとデイモン。


「では時間を超えますよ。」

「うん。」

デイモンとエマが繋いだ手をぎゅっと握り合う。



「あら?」

「どうなさったの?」

「黒髪の男の子と赤毛の女の子が見えたような気がして…。」

ひかる様とエマさんと空目なさったの?」

「嫌だわ、今頃はエマさんだっておばあちゃんよ。」

麗華れいか千寿ちず佳寿かずだった。



エマを抱いたデイモンが少し離れた場所に立ち、麗華れいかたちのその後をエマに話して聞かせる。


「彼女たちが26歳の時に関東大震災が発生しましたが、皆さんご無事だったようですね。

麗華さんは東京の嫁ぎ先のお家が倒壊したようです。しばらくの間、お子さんを連れて横浜に里帰りされていたようですね。」

麗華れいかちゃん…。」


「東京大空襲の時は48歳。10万人以上の死者を出しましたが、皆さんご無事だったようですね。」

麗華れいかちゃん…千寿ちずちゃん佳寿かずちゃん…。」


「この時、麗華れいかさんの東京のお家は燃えてしまったようですね。」

「… 麗華れいがぢゃん……。」


麗華れいかさんは、食料と交換するために、お祖母様の形見のとても価値のある着物を持って郊外の農家へ行った事もあるようです。

でも麗華れいかさんは、この頃から急に農家嫌いになったようです。

千寿ちずさんや佳寿かずさんたちには、虎柄を馬鹿にされたから嫌いになったと説明しているようですが、お祖母様の形見のとても価値ある着物を、一見して地味な…でも見る人が見ればその価値の分かる着物や帯をとても馬鹿にされて…それでも食料を持ち帰らない訳にはいかない状況だったので、少しでも価値を理解出来る人を探して何軒も回ったりもしたようです。

その時は東京に帰る途中で号泣なさったようです。

麗華れいかさんが、あれほど泣いたのはエンマとお別れした時と、この時の2回だけだそうですよ。」


「…っく……ひっぐ…ぅぅぅ……。」

エマはもう言葉が出なかった。


「それでも好き嫌いは自分の中だけに留めて、子供達や孫たちに偏見を植え付けないよう随分気を使ったようです。」

「うぅぅー……。」


「エンマのお友達は、皆さん見事な女性ばかりですね。」

「う、うわああああん!うええええ…ひっぐ…う……うえっ。うわあああああん!」

エマのすすり泣きが号泣に変わった。



「ひっぐ……ひっく……すんっ。」

ようやくエマが泣き止んだ。

「エンマ、いま僕たちは1968年の東京にいます。麗華れいかさんを中心に集まったようです。千寿ちずさんと佳寿かずさんもいますね。」



麗華れいかさんたら、今日はどうなさったの?」

「聞いてちょうだい!孫娘が漫画家になりたいと言っているのだけれど、息子夫婦がろくに話も聞かずに反対しているの!」

麗華れいか様が激おこだ。


麗華れいかさんのお家は旧家ですものね…。」

「無理も無いわね。」

「もう!今はもう、そんな時代じゃないのよ。」

「そうは言っても…。」

「だからわたくし、孫を引き取ってパトロンになることにしたの。」

麗華れいかさんが!」


麗華れいかさんが虎柄とヒョウ柄の専門店をオープンされた時以来の驚きね。」

麗華れいかのお店は女性のみならず富裕層の男性顧客を多く抱える、ちょっとしたブランドだった。


「それでね、孫が私たちの子供時代を作品にしたいと言っているの。プロになって、私の納得のいくクオリティの作品を描けるようになったら…の話なのだけれど、皆さんに作品化の許可を頂きたくて。」

「その時まで私たち、生きていないかもしれないから好きにしてくださって構わないわ。」

「私も。」

みんなOKだった。


佳寿かずさんの元に届いたエマさんからの手紙のエピソードもいいかしら?」

「もちろんよ。たまたま私宛のものが生き残っただけですもの。あのエマさんからの手紙はみんなのものよ。」


「全員に一通ずつ出すけれど誰にも届かないかもしれないと書いてあったけれど、一通しか届かなかったなんてねえ……。」

「一通でも届いて良かったわ。無事にお母様に再会出来て家族で暮らしているって知ることができたもの。」


「エンマの手紙は無事に届いたようですね!」

エマが嬉しそうにコクコクと肯く。


「私たちの中で1番、進歩的なのが麗華れいかさんだなんて意外だわ。」

「1番ではないわ、千寿ちずさんや佳寿かずカズさんだって優秀ならば良いって、国籍や人種を問わず雇い入れてらっしゃるし女性が出世なさっているし、海外とのお取引も盛んじゃない。」

「横浜だからじゃないかしら?」

「特別ではないわよ。」

このまま話題は共通の趣味の宝塚に移ってゆく。


「皆さん、若い頃の苦労が嘘のように現在は幸せに過ごされているようですよ。このまま穏やかに寿命を全うされるようです。」


ポロリ。

もう一度エマの目から涙がこぼれた。

「ダモ、エンマを連れて来てくれてありがとう。」

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