第19話 エルフのヒースは愛妻家

モテないトリオに沈められ、ヨロヨロな2頭のフェンリルと一緒に食堂に向かうと唄子さんと美味しそうな匂いが迎えてくれた。

「今日はキーマカレーだよ。」

「キーマカレーって何ですか?美味しそうな匂いですね!」

「キーマカレーは、材料をみじん切りにしたカレーだよ。みじん切りにした大蒜と生姜を油で炒めて香りが立ったら、みじん切りにしたトマト、玉ねぎ、にんじん、ピーマン、セロリ、青唐辛子を加えて炒めてね。水分がなくなるまでしっかり炒めたら、ひき肉を加えてしっかり炒めて、カレー粉、ケチャップ、ウスターソース、コンソメ、しょうゆ、塩、胡椒で味を調えて弱火で煮込んでなじませて出来上がり。」

簡単だよ!と言うが料理慣れしていないと無理だろう。みじん切りだけで日が暮れる。

「今日はポーチドエッグと素揚げしたナスとズッキーニとパプリカを乗せたよ。エマちゃんの分は辛さ控えめにしてあるからね。」

副菜はトマトときゅうりのサラダで、梅とオクラの冷製スープはカツオ出汁であっさりだ。

「わあ、ありがとう唄子ちゃん!美味しそうです。」

カレーの匂いでヨロヨロだったフェンリルたちも元気になり、うまい!とご機嫌でお代わりしていた。



午後の自由時間は探検だ。まだ行ったことのないエリアへ足を延ばす。空を飛んでいた時、遠くにフルーツの樹が見えて気になっていたのだ。

降り立ってみると、そこはフルーツの甘い香りで満たされた果樹園だった。

「ふわあ、美味しそうな匂いです…!」

頬を染めてうっとりと甘い香りを堪能しながら眺めていると、剪定された枝や葉などが秩序正しく飛んでいた。規則正しく飛ぶ枝を追いかけて飛んでゆくとキラキラした人物が魔術で自由自在に枝や葉をまとめていた。

「ちょっと待って、お嬢さん。」

枝と一緒に自ら片づけられそうになっていたら枝や葉が空中でストップした。

「枝と一緒に片づけられちゃうよ?あれ?そんなに驚いたお顔をして、どうしたの?」

剪定された枝や葉を魔術で操っていたのは美しく若々しいエルフだった。

キラキラしてる…、キレイな人。男の人でいいのかな。

「君はエマちゃんでしょう?」

「はい!エンマです。…エンマ、エルフの人に初めて会いました。とってもキレイですね!」

元気よくお返事すると、優しく微笑まれた。

「僕はヒース。Heathは荒地という意味だけど植物を育てるのが得意でね、大地と農耕の神クロノスは古い友人だよ。魔女の館に仲間入りした、ちびっ子魔女ってエマちゃんのことでしょう?」

「そうです!エンマは魔女の館の見習いです。」

「よろしくね。詳しくは知らないんだけど、エマちゃんは植物の加護がいくつかあるんだって?」

「はい、そです。植物の女神ニンサル様の加護と木の神ククノチ(久久能智)様の加護と開花と繁栄の女神タレイア様の加護の3つです。」

「それは素晴らしいねえ!」

えへへ。

「今日はどうしたの?」

「空からみて気になっていた場所を見に来ました。フルーツの甘い香りが美味しそうです!」

「嬉しい感想をありがとう。ちょうどスモモが食べごろになったところだから食べる?」

瑞々しいスモモの香りにそそられるけれど、悲しいことにお腹いっぱいだった。

「…食べたいけどエンマは、お腹いっぱいなのです。」

お腹を押さえながら悲しそうにつぶやいた。

「初めてのキーマカレーは気に入った?」

「どうしてエンマのランチを知っているのですか!?」

「ふふふ、唄ちゃんは僕の奥さんだからね。」


ええー!!

ぶわりと驚きで羽が広がる。

「ふふふ驚いた?お顔が大変なことになっているよ。」

「だって、びっくりです。」

「うん、唄ちゃんは恥ずかしがり屋だから、あんまり家族のことは話さないかもねえ。僕は唄ちゃん大好きだからオープンだよ!称号は『愛妻家』と『娘を溺愛』だからね。」

「子供がいるの!?」

同じ年頃の子供に会えるかも知れない期待で声が弾む。

「一人娘でね、名前はちよ子ちゃん。孫息子はキース君、キース君はデイモン君より少し年上かな。」

「もう大人なのですね・・・。」

「ああ、がっかりしないで!そうだ水やりを手伝ってもらえないかな?モモとさくらんぼがもうすぐ収穫だから、食べごろになったら唄ちゃんにパイにしてもらおうね。フルーツたっぷりのフィリングを詰めた唄ちゃんのクリームパイは最高に美味しいから!パイの上にはね、ローストして砕いたナッツ入りのクランブル生地がたっぷりでね、カリカリして美味しいよ。」


美味しそうです!

「エンマ、お手伝いします!」

ヒースが剪定した枝葉を片づける間、指示通りの果樹に指示通り水を撒き、一緒にスモモを収穫した。『娘を溺愛』の称号を持つヒースは幼女の扱いが上手く、エマはヒースのことが大好きになった。


「ただいまー!」

「おかえりエマちゃん。ヒースも一緒かい?」

「果樹園の水やりと、スモモの収穫をお手伝いしてもらったんだよ。これは収穫したスモモね。」

「ありがとう、エマちゃん、ヒース。スモモは冷やしたほうが甘く感じられるから冷やしておこうね、冷えたスモモを皮ごと食べるとジューシーで美味しいよ。」

「唄子ちゃん、パイがいいです!パイにしてください!」

「エ、エマちゃん?」

「モモとさくらんぼのお世話を手伝ってもらってね、クリームパイの話をしたんだよ。」

「そうだったのかい。エマちゃん、スモモは冷やして丸ごとガブリと食べるのが一番美味しいんだよ。クリームパイはさくらんぼを収穫したら作ろうね。」

エマの口が『へ』の字になった。

しかし唄子も『最も美味しい状態で召し上がっていただく』ポリシーを曲げることはできない。

無力なヒースはオロオロしている。


「スモモは冷やしておいて明日の朝食で食べようね。おやつにはボストンクリームパイはどう?」

「それ、なあに?」

エマの眉間にはまだシワがよっている。

「卵たっぷりでコクのある、ふわふわスポンジの間に生クリームとカスタードクリームをたっぷり挟んで、上から艶々なチョコレートのガナッシュをかけたケーキだよ。」

「それ食べたいです!」

エマの顔が期待に輝く。フルーツのクリームパイのことは完全に忘れた。

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