序章 (説明回)

第1話 16年ぶりの目覚め

ここは魔界ランド。

獣人や魔女や妖、様々な種族が暮らす国。


「それでは僕は休暇に入らせていただきますので!!」

ここ数日、常に尻尾を振って落ち着きのなかったデイモンが、終業時間を迎えるなり立ち上がった。

「そろそろお目覚めですか?」

「よかったですね、デイモン。」


幼いころに仮死状態となったデイモンの番が、ようやく目覚めそうなのだ。

フェンリル族のデイモンが3歳の時に、同じ年齢のエマと出会った。エマは天界に住む天使族で、住む国も種族も違ったがお互いの保護者に付き添われながら交流してきた。

しかし7歳の時にエマは事故に巻き込まれて仮死状態となってしまった。

一夫一婦制の狼と同じくフェンリル族も一夫一婦制だ。狼同様に雄は雌に先立たれると餌を食べなくなり弱って絶命することもある。デイモンは眠り続けるエマが目覚める日を16年待ち続けた。


「モンたん、あまり焦ってはダメだぞ、まだ目覚めたばかりで混乱もあるだろうからな。」

「はい、おじい様。」

ピンと耳を立て、ぐるんぐるんと尻尾を揺らしご機嫌だ。


魔界ランドの魔王はデイモンの祖父で、フェンリル族だ。その時代、魔界ランドで一番魔力の強い者が魔王を務めることになっており、今はデイモンの祖父、カールがその務めを果たしており、デイモンは魔王の秘書のさらに見習いのような立場だ。

フェンリル族の種族特性として、その魔力の大きさと成長の遅さが挙げられる。誕生から23年、本来なら23歳のデイモンは見た目と精神年齢が13~15歳で、「ステータスオープン」で閲覧できるステータスの記述は14歳だ。もちろん他の魔族と同様に不死である。

成長が遅いといっても見た目は14~15歳の少年である。仮死状態に陥った時から成長が止まっている7歳のエマが現在のデイモンを見たら混乱するかもしれない。


「どう接して良いか迷った時は、ルーシーに相談すると良いのではないか?」

ルーシーはルシファーの愛称だ。エマが天界で暮らしていたころ、ルーシーはアポロと恋人同士だった。デイモンの番で仮死状態にあるエマは誰よりもルーシーを慕うチビ天使だったが、アポロとルーシーの痴話喧嘩に巻き込まれ、アポロの纏う雷に当たり、そのショックで仮死状態となって今も眠り続けている。可愛がっていた天使への暴力をきっかけに、ダメンズ好きのルーシーも眼が覚め、仮死状態のエマを連れて魔界ランドに移住した。それから16年、眠り続けるエマを見守ってきたルーシーはエマの姉代わりで親代わりだ。


「それではお先に失礼します。」

勤務が終了するなりボフン!と四つ足のフェンリルに変化し、尻尾を振りながら跳ねるように歩きだした。

白と黒のハスキー柄でボルゾイ顔のモフモフが赤い舌をべろんと出してチャッカチャッカと爪音を響かせる。


仮死状態のエマは繭に包まれた状態で眠っていたが、今は繭が消えて起きそうで起きない状態だ。目覚める時に側にいてやりたいと願うルーシーとデイモンの2人でエマの目覚めを見守るのだ。

もぞもぞと寝返りをうつようになったため2人で声を掛けるが、まだ覚醒しきってはいないようだ。

「エマちゃん!よかった・・・。」

ルーシーが夢うつつのエマを抱きしめると、眠りながらも嬉しそうにスリスリとルーシーにすり寄った。

「エンマ・・・!」

ブンブンと尻尾を振り回しながら覗き込んでいたデイモンがケモ耳尻尾付きの人型に戻りエマを抱き寄せると、デイモンの腕から逃れてルーシーを求めるようにもぞもぞと動き、デイモンのケモ耳と尻尾が下がった。


エマを抱くルーシーの膝に、フェンリルに戻ったデイモンが鼻先を乗せ尻尾をそよそよと振っていた。鼻先でちょんとエマをつつく。繭に包まれていた間、直接触れることが出来なかったぷくぷくの頬が柔らかい。


しばらく二人で見守っていたが、覚醒するまでまだしばらくかかりそうなため、ルーシーが身支度させることになった。

お風呂に入れてもらい、新しい服を着せられたエマは実に可愛らしかったが、まだ完全に目覚めてはいなかった。瞼は半分落ちたまま、呼びかけても答えず、水を飲ませようとしても嫌がって丸まってしまう。半覚醒状態ではあるが、この16年一緒に見守ってきた祖父母と医師をエマの部屋に招き入れた。


「エンマです!」

ケモ耳&尻尾付きの人型に戻ったデイモンが後ろからエマの両脇を持って祖父母に差し出す。

「相変わらずお人形さんのようだのう。」

可愛らしいな!とはしゃぐ魔王様の尻尾もそよそよと揺れている。

「まだ眠そうね。ふふっ、顔色も良いし本格的に目覚めそうね。」

吸血鬼族である祖母ダイアナの真っ赤な唇がほころぶ。


エマを診察した医師からも、このまま二度寝する可能性が高いこと、これからゆっくりと目覚めるので無理に起こさないよう注意があり、このまま抱っこで見守ることになったが、スヤスヤと眠ってしまった。医師の言葉通り二度寝だ。

眠るエマにちびフェンリル時代のデイモンそっくりな縫いぐるみを添い寝させると、寝ぼけながら縫いぐるみを抱きしめた。

デイモンの抜け毛を使用してデイモンが手作りした縫いぐるみだ。


枕元で見守るつもりだったデイモンはルーシーとダイアナに追い出された。女の子の部屋に朝まで居座るとはけしからんと怒られたのだ。


クーン。

カリカリカリ。

クーン。クーン。

部屋の外側で悲しそうに鳴きながらドアを引っ掻いたらドア越しにスキル『威圧』を放たれた。

キャイン。

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