第153話 虐殺の先へ


 

 雷電がシュワラの身体を包む。

 拳を突き出したシュワラは、バランスを崩し見え始めたヴリトラの腹部に照準を定めていた。


 その姿を見てリタがつぶやいた。


「どすけべスーツ……」


「もう言うのを止めなさい! 先にあなたから殺すわよ!」


 擬似心臓メタモルバウト

 シュワラが着込んでいたそのスーツは、常人をはるかに凌ぐ魔力を立ち上らせていた。次から次へと変わる魔法の謎が、ようやく分かった。


「魔法を使えない人間でも、マナを取り込み、自在に魔法を使えるようになるの。それも本来の魔法使いよりも多彩かつ強力にね」


 自慢げに言うと、シュワラは魔力を勃沸させて自分の髪を逆立てた。ピンクの髪の先まで眩い電光に包まれる。


「空の魔法・咲雷の矛クードガンツ!」


 地面から勢いよくシュワラは飛び上がった。小型ミサイルのように、シュワラは猛スピードでまっすぐに跳んだ。


 防御する間もなく、竜の脇腹に全力の拳を放った。


「グオオオオ゛オオオ゛オオ゛!!!」


 それでもまだ足りない。

 悪龍はシュワラの渾身こんしんの一撃に耐えて、首を向けて毒息を構えた。


「……シュワラ!」


 リタが風の魔法を放つ。

 まっすぐに放たれた風の鎌が竜の首に向けて放たれた。瘴気を切り裂きながら進んだ鎌は、手前で攻撃を構えていた竜の首を切り落とした。


 それでも他の悪竜は攻撃を止めなかった。毒息を懐に入った無防備のシュワラに向けて、放とうとしていた。


「シュワラ退いて!」


 リタが叫ぶ。

 しかし、それでもシュワラは後退することなく、悪竜のふところに入ったままさらなる一撃を構えていた。


「……ここで仕留めるわ! 空の魔法・咲雷の矛クードガンツ!」

 

 このままだと相打ちはまぬがれない。

 だが、短期決戦で挑もうとしたシュワラの判断は決して間違っていない。


 時間なんていくらでも止められるんだ。


固定フィックス


 溜め込んでいた魔力をヴリトラに向かって放つ。毒息が放たれる寸前で、さらに数秒の余白が出来る。


「アンク! バカ何やってるの!!」


 隣で俺の行動に気がついたナツが声をあげる。魔力炉が暴走し、頭が熱くなる。今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 チャンスは今しかない。

 

「もう一発!」


 シュワラの拳がむき出しになった竜の懐にぶつかる。メキメキと内臓と骨を壊す音が辺りに轟く。追撃する電撃が巨体を覆った。


「グオオオオ゛オオオ゛オオ゛!!!」 


 派手な叫び声をあげた竜の首は一斉に白目を向いて、地面に倒れた。ズシンと地面に倒れるとあたりの大気が振動したのが分かった。崩れかけていた建物がさらに、広場へと倒れかかってくる。


「はぁ……はぁ……見かけ倒しね」


 髪を払って、シュワラは竜の懐から立ち上がった。竜の腹部には大きくへこんだ拳の跡がついていた。


 冷たい雨がその身体に降り注いでいる。


「……本当にギリギリだったわね」


 リタが立ち上がるシュワラを見て、安心したように息を吐く。タッチの差だったが、なんとかこちらの勝利で終わった。


「アンク……大丈夫……?」


「も、問題無い」


 ナツが倒れかかった俺に手を差し出す。

 この局面で普通に魔法が放つことが出来たことが、むしろ奇跡みたいなものだった。自分の魔力炉の付近で嫌な音が鳴っているのが分かる。


「魔法は使っちゃダメだって言ったのに」


「全部、間に合わなくなるよりはずっとマシさ。それより……鍵は……」


 『死者の檻パーターラ』を解くための場所は、間違いなくこの付近だ。正確に言えば、倒れかかった竜の少し先に気配がある。


 すると、颯爽さっそうと俺たちの元へ帰ってくるシュワラの後ろで、ぽこぽこという音が鳴った。


「なんだ?」


 何かが湧き出すような音。泡のような音が徐々に大きく、倒れている敵のところから聞こえてきている。

 

 目をらすと、シュワラが付けた傷口から液体のようなものが漏れ出しているようだった。


 水を弾く音の間隔が短く、だんだんと大きなものになっていく。何かが腹の中からあふれ出してこようとしている。


「危ない!」


 思わず叫んで前に出る。

 俺が一歩前に出た瞬間と、その黒い液体が噴水のように撒き散らされたのは同時だった。


「なんだ……これ……!」


 そこから洪水のように広場一帯に黒い液体が流れるまでそう時間はかからなかった。


 黒い液体が、俺の周囲を染めていく。

 光を通さないどす黒い液体が、ただ一直線に波となって押し寄せてきた。


「…………っ」


 なすすべなく黒い液体に飲み込まれていく。何も見えない。宇宙の果てに放り出されたような圧倒的な暗闇。


 —————こんな暗闇を前にも見たような気がする。


『結局、私は何もかも遅かったのよ。脚を踏み出すのを恐れてしまった時点でこの運命はもう決まっていた』


 今にも消えそうな声で彼女が言った。

 暗い街の映像が火花のように浮かんでは消えていく。


「鍵は……ここか」


 記憶の明滅。

 彼女の鍵に近づいている。


 この声を聞くと、なぜか泣きそうな気持ちになる。どうしてだろう。彼女はあんなに強く見えていたのに。あんなにも正しく生きようとしていたのに。


「まだ……遅くない」


 その声に導き寄せられるままに、俺は握っていた小瓶を傾けた。何も見えない闇の中で俺は液体を一思いに呑み下した。


 

 

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