第126話 3つの柱
ユーニアが言った言葉は到底信じられるものではなかった。
「女神の契約から俺を守るために、その3人が人柱になった……か」
「最初に彼女たちが企てた『記憶改ざん』の魔法では、前の女神は
「……そんなことが」
何も知らなかった。
そして、忘れていた自分に腹が立つ。
「なんとか出来ないのか」
「生身のあんたが太刀打ち出来る相手じゃない。正面切って抵抗しても、攻撃さえも届かない」
「説得は無理なのか? 俺の命は良いから、世界を元に戻してくれって」
「前のあんたが同じように説得してないと思うか? つまりそういうことだよ。あの娘たちは自ら進んで、犠牲になることを選んだんだ」
「頑固な奴らだな……」
胸の奥が締め付けられるように痛くなる。
どうして何の罪もない彼女たちが、酷な役目を買って出なければならなかったのか。
……俺にそこまでの価値があるのか。
「相変わらずだね、アンク」
俺たちを上から見下ろしながら、ユーニアは口を笑いながら言った。
「あんたを好きになった娘たちに同情するよ。まったく女ってのは報われないね」
「何のことだよ」
「
ユーニアは大げさに手を広げて言った。
「この事態はあんた自身の鈍感さが招いたことでもある。せいぜい反省するんだね」
「……ユーニアがここで待っていたってことは算段はあるんだろ。魔法を止める方法が……」
「もちろん、あるよ」
自信たっぷりという顔でユーニアは言った。
「瞑世の魔法の欠点はね、完成までに少し時間がかかることなの。完成してしまえば突き崩すのは難しいけれど、今の段階、完全に世界が創生されるまでの間だったら、チャンスはある」
「具体的にはどうするんだ? さっき自分でも言っただろ、説得も力づくでも無理だって」
ユーニアは「ちょっと待って」と言うと、大鍋からすくったゲロみたいなスープをすすった。顔をしかめて床に吐き出すと、何事もなかったかのように会話を続けた。
「簡単なことさ。彼女たちのことを思い出せば良い」
「思い出す……? それは逆じゃないのか、瞑世の魔法が発動している限り、俺は彼女たちのことを思い出せない」
「だから逆で良いんだよ。彼女たちのことを思い出せば、人柱として成立しなくなる。神である条件を満たせなくなる。瞑世の魔法は崩れる」
口からさっき口に含んだ紫の液体を垂らしながら、ユーニアは言った。
「簡単だろ? 記憶を復活させるまでは私が導く」
「口でいうには簡単に聞こえるけれど……」
「……簡単じゃないよ」
浮かない顔でリタが言った。リタは真剣な眼差しで俺のことを見ていた。
「そんなに簡単じゃない。アンク、良く考えてからやった方が良い。そのことが何を意味するのかを良く考えてくれ。彼女たちのことを全て思い出すということは……その……」
「前提として『
ユーニアはリタを見てニッコリと笑った。不安そうな顔をするリタを説得するように、彼女は「任せて」と小さな声で言った。
「『
「3つの人柱の内、2人は『
「死んでいる?」
「別に死者が神になってはいけないという法則はない。むしろ、あんたを守るという強い望みを持った娘たちだ。使うには都合が良い」
「じゃあ……彼女たちの記憶を思い出すということは、つまり……」
彼女たちの死の記憶を呼び覚ますということに繋がる。
彼女たちの死をもう1度、この身に突きつけられる。
「リタが簡単じゃないって言ったのは、そういうことだ。彼女たちがお前を大切なように、お前も彼女たちを大切に思っている、それは確かなんだ。精神的なダメージは並大抵のものではない」
「『
「あの娘たちはもう1度死ぬ。もともと亡霊のような存在だ。魔力だけが回収されて、消滅する」
「そう……なのか」
彼女たちのことを思い出せば、『
1人を思い出すために、2人を殺すか。
それとも3人、全てを忘れてしまうのか。
「
「俺は……どうすれば良い」
「それだけは自分で考えなきゃね」
ユーニアは俺を見下ろしながら言った。
「今のところ世界は丸く収まっている。今、聞いたことを全て忘れて、階段を上がれば平穏な日常が待っている。けれど、1度始めてしまったらもう逃げることはできない」
「……」
「あんたは何を願う? 何を目的にして戦う? 絶対に後悔しないって言い切れる?」
「俺は……」
その誰かを殺せるのだろうか。
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