第125話 店の地下


 最短距離で森を突っ切って、俺たちはリタが経営していた店にたどり着いた。この前まで閉店していた店の扉を開けて中に入ると、テーブルや棚が撤去されていた。


「店、しめたのか?」


「いないことになっているからね。潰されたんだよ」


 ブツブツと文句を言いながら、リタは俺を厨房の奥に案内した。調理器具もない厨房には、ポツンと食料棚が置いてあるだけで、人がいる気配はなかった。


「こっちこっち」


 リタが視線を大きな食料棚に足を向けた。棚に足に引っ掛けるとカチリという音がして、棚が横に開き始めた。


 中は階段になっていた。


「おぉ……隠し扉」


「特性の魔力結界も張ってある。この場所が『世界の目ビジョン』に引っかかることはないよ」


「中にいるのはかなりの使い手ってことで良いんだな」


「うん、そしてアンクも良く知っている人物だよ」


「俺も良く知っている……?」


 リタはうなずいて、隠し扉の中へと足を踏み入れた。彼女に続いて中に入っていくと、かなりしっかりした造りの階段が地下深くまで続いていた。


 足元に気をつけながら進んでいくと、薬品のような匂いが漂ってきた。降りて行くと、どんどんキツイ匂いになっていく。


「なんだこの匂い」


「あたしも止めろって言ってるんだけどね、全然言うこと聞いてくれなくて」


「くらくらする……」


 リタも鼻をつまみながら、早足で歩いていた。

 2階分くらいは降りただろうか、見えてきた先には古ぼけた木の扉があって、隙間からもうもうと得体の知れない紫色の煙が湧き出していた。


「ただいま、帰ったよー」


 軽くノックをしたあとで、リタがドアノブに手をかける。


「うおっ!」


 開けた瞬間に、紫色の煙が一気に飛び出してきて、視界が塞がれる。油断して吸い込んだ煙が、気管の中で燃え上がるように熱くなる。


「げほげほっ、おぇぇ」


「アンク、大丈夫か!?」


「だいじょばない」


「我慢して」


 リタが煙をかきわけて先へ先へと進んでいく。呼びかける先には巨大な鍋と、人影が辛うじて確認できた。


 非常識にも密室で大鍋をかきまわしている人物は、呑気な声で応対した。


「おー、リタかー。どうしたー」


「待ち人来たりだよ。あんたの想い人を連れてきてやった」


「おぉ! もしかして、もしかして!?」

 

 声の主は女性だった。マスクか何かをしているのか、くぐもった声だった。

 想い人と聞いてテンションをあげたのか、紫の煙をかきわけて俺たちの方へと駆け寄ってきた。


「えぇいもう、うっとおしい。風の魔法、香運烈灰ガンダヴァハ


 リタが魔法の一息で部屋にあった紫の煙を、吹き飛ばした。勢いよく舞い上がった煙は、階段に向かって流れていった。


 視界が開け、俺たちに駆け寄ってきた人物の正体も分かるようになった。


 燃えるように赤い髪。茶色のまなこ


「ユー……ニア?」


「やぁ、アンク久しぶり。良い男になったな!」


 ガスマスクをあげて、俺を見る人物は間違いなく俺の師匠であるユーニアだった。かつて音もなくいなくなった大魔法使いがまさに目の前にいた。


「本当にユーニアなのか……!?」


「本物も本物だよ。なんなら逆立ちしながら、ケツからしゃっくりでも出してみようか」


「あぁ、このつまらない感じ……間違いないな! ユーニア会えてよかった!」


 俺が知っている時と全く変わらない容姿、屈託くったくのない笑みはまさしく彼女だった。


 リタが言っていた重要人物。稀代の大魔法使いと謳われたユーニアならば、これ以上頼りになる人物はいない。


 リタがへらへらと笑うユーニアに小言を言った。


「ここで試さないでって言ったでしょ。やるなら奥の部屋!」


「奥は奥で埋まっているのよ」


「片付けないからでしょ。本当にもうぐちゃぐちゃにしちゃって。あーあー」


 リタはいまだに煙を発する大鍋を見てため息をついた。

 紫色の煙を発していた液体は、まるでドブのように汚い色をしていた。虫の残骸のようなものも混じっている。


「飲むか?」


「いらない」


 リタはスプーンを差し出したユーニアから後ろに引いた。俺にも進めてきたが当然断った。


「残念、せっかく作ったのに」


「もう2度と飲みたくない。料理にまぜられて、腹壊したことまだ恨んでんだから」


「それで、アンク……感動の再会に浸りたいのは私もなんだけれど、時間がない。さっそく本題に入ろうか」

 

 ユーニアは懐かしそうに目を細めながら、俺の肩を叩いた。


「私から全てを教えよう。今、世界に起きていること、起きてしまったこと。あんたが何に巻き込まれてしまったのか」


「頼む」


 思い出話をしたいのはやまやまだった。

 だが、それ以上に気になるのは、この頭痛と忘却した記憶の正体。俺がいったい何を見失ってしまっているのか知る必要がある。


 手近な椅子に座った俺を見て、ユーニアは何も言わずに頷いて、グツグツと音をたてる鍋の縁に器用に腰掛けた。


「あんたに仕掛けられた魔法は、瞑世の魔法と呼ばれるものだ。その出自は置いておくとして、その力は人智をいっしている。発動には膨大な魔力と、人柱ひとばしらが必要だ」


「人柱?」


「要は生贄いけにえだよ。新しい次元には新しい神が必要だ。人柱として選ばれた人間は、人間であったことを放棄しなければならない。アンク、あんたの違和感はその存在を忘却しているからなんだ」

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