第102話 死者のヒドラ
サティの
ぐしゃりという音を立てて、ヒドラの首は
「ギャオオオオオオオオ゛!!」
真っ二つに切断された首の断末魔が響く。目を見開いたまま地面に転げ落ちたヒドラの首は、そのまま
「よし、あと6つだ。サティ、他のも頼む!」
「うーん、困ったな」
「困った? 何が?」
断面から緑色の液体を垂らすヒドラを見上げながら、サティは首を傾げながら言った。
「『
「『
「このヒドラの首、復活するってこと」
サティがそう言った瞬間、切り裂いたはずの断面から小さな蛇の首が幾つも現れた。緑色の血をまとって現れた首たちは、みるみるうちに結合して元の首へと戻った。
あっという間に復活したヒドラの首は、大きく口を開けて雄叫びをあげた。ねとりとしたゼリー状の液体が口から垂れて、
再生までは1分もかかっていない。
「グロぉ……」
「術者を殺すか、一斉に全部の首を破壊するしかないな。面倒臭い」
「術者なんてどこにいるんだ。さっき
「出来るけど、こんなところで発動したら君たちも消し飛ぶけれど良いかな?」
「……一旦、
ヒドラと一緒に消し炭になるのは勘弁だ。
逃げようと態勢を立て直したが、ヒドラは攻勢を激しくさせていた。1つの首が破壊されたあとも、他の頭は攻撃をやめない。背中を向けたら、間違いなく追い討ちをかけてくるし、サティ以外の魔法では致命的なダメージは与えられない。
サティが
固定魔法を使って逃げ回っている俺を見ながら、ラサラが言った。
「苦戦しているようですね」
「あぁ、大苦戦だ。お前たちも厄介なことをしてくれたな。よりによって魔物化なんて、どうしてこんなことをする必要があったんだ」
「あなたたちが近づいてきたからだと思います。私を倒して、神聖な地下祭壇へと降りてきたら、彼の性格上、何がなんでも殺すという結論にいたるのは当然です」
「それは、おまえと同じ人間への恨みか。それとも術者への忠誠か?」
「私たちを蘇らせた術者が誰であるのかは、私も彼も分かりません。忠誠心なんてありません」
ラサラは否定して言った。
「彼にあるのは、私よりもずっと深い人間への嫌悪です。『異端の王』を産み出しただけでは足りなかったのでしょうね。悲しいことです。どれだけ
攻撃をやめないヒドラに対して、哀れむような視線を向けたラサラは、俺の方に向き直って言った。
「アンクさん、頼みがあるのですが、私に魔力を分けてくれませんか。バイシェを止めたいのです」
「魔法を使いたいかってことか……それは信用して良いのか」
「嘘はついておりません。望むなら首にナイフを当てて頂いてもよろしいですから」
ラサラは俺のことをまっすぐ見据えながら言った。嘘をついているようには見えない。だからと言って、100パーセント信用出来る訳ではない。
右から迫ってきたヒドラの首を飛び越える。挟み撃ちするように追ってきた左側の頭を固定して、後ろに飛ぶ。数秒もしないうちに魔法を解除した蛇が、再び毒牙を
「どうして、説得したいと思うんだ。仲間だったら、協力したいんじゃないのか。どうしてお前はバイシェを止めようとするんだ」
「続けることに意味はないからです」
「
「もう、この世界に望むことはなにもないことを知っているのに、バイシェは無意味に戦い続けているのです。私は、彼があんな風に戦うのは見たくないのです」
ちらりとバイシェの方を見たラサラはうつむいて、「
「バイシェは親を失った私に、本当に優しくしてくれました。今、思えば彼自身も娘を失っていましたから、優しくするのは当然だったのかもしれないですね。迫害された人々を見て、いつも義憤に駆られていました。正義感の強い、強すぎるほど必死過ぎた。だから今も彼は怒っている」
「怒っている。あぁ、そうだ、あのヒドラは本当に怒り狂っている。見ていて悲しくなるくらいに無茶苦茶だ。あいつはきっと怒ることですら自分を支えられないんだろうな」
「それがバイシェと言う人間です。滅茶苦茶になったところで、何1つ変わりしないことを知っているはずだったのに、自分のやるべきことを証明するために怒っている」
時間が経つごとに動きを早めるヒドラを見ながら、ラサラは言った。
「バイシェは私に任せてくれませんか。私なら彼に対する言葉がある。この場で彼を止めることが出来るのは私だけであると同時に、これは私の役目なのです。ですからアンクさん、あなたの魔力を私にください」
魔力をあげれば、ラサラに抵抗される可能性は高まる。いつ裏切るか分からない存在であるのは分かっている。けれど、彼女を信用することに心の中では一片の迷いもなかった。
「分かった。俺の魔力をやるよ。どうすれば良い?」
「私の唇に口付けを。体液による摂取が1番手っ取り早いです。魔力炉をこすり合わせるよりも確実です」
「……キスしろってことか」
「はい、こんな仕様もない女で申し訳ありませんが、事態の解決にはこれが1番早いです」
ラサラはそう言うと、すっと目を閉じた。準備はできていると言わんばかりに、唇を俺に向けたまま無防備にさらした。
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