第170話 箱


「どうして私たちが孤児を生贄いけにえとして選んだのか知っていますか?」


「……さらいやすかったからだろ。あの時代のイザーブには孤児が多かった」


「それだけではありません。彼ら、あるいは彼女たちは私たちと同じだったからです」


 ラサラはそう言うと、3万何杯目かのホットミルクを飲み干した。息を吐いて、再びカップをミルクで一杯にすると彼女はまた飲み始めた。


「同じってどういうことだよ」


「あの子どもたちは私たちと同じで社会から裏切られた存在です。大人から捨てられて、あるいは失って、誰にも拾われなかった悲しき迷い子です。私たちと同じ救われたない運命を抱えた子どもたちです」


「だからこそ『異端の王』として成長する可能性が大きかった……って言いたいのか」


「はい、より世界を憎み尽くす資質があったからこそ、あの子たちを選んだ。そして予想通り最強の魔王が出現した。私たちは私たちを含めた全ての存在を欲していた。全ての罪を血で洗い流してくれる偉大な存在を求めていた」


「……勝手なことを。自分たちが心中するために、なんの罪もない子どもを殺しておいて。全部、お前らの都合じゃないか。同じじゃない、んだろ」


「それが異端者たちの結論でしたから。どうしても復讐したかった。何もせず生き残るには、私たちが抱えた憎しみはあまりにも大きかった。倫理より効率を取ったのです。より多く殺すためには何をすべきか」


 ラサラは淡々と、まるで今日の天気の話でもするみたいに言った。レイナの記憶で見た通りの冷徹れいてつな声で言った。


 許せない。怒りで自分の拳が震えているのが分かった。

 

「殴りますか?」


「……殴って気が晴れるならな。だから殴らない」


「そうですか」


 彼女は少し残念そうに言って、3万何千杯目だかのホットミルクに口をつけていた。


「これで34963杯目です」


「飽きないのか?」


「飽きません。飲むたびに新しい発見があります。外目には同じでも、香りや舌触りも1つ1つ異なっているんです」


 きっぱりと言い放つと彼女は、再びマグカップに口をつけて、喉をコクリと鳴らしてミルクを飲み込んだ。


「34963回を重ねても分からないことが、この世の中にはあります。私が正しいと信じてやまなかった行為も、ある視点から見るとやはりほころびがあるのです。あなたの言う通りです、殴って気が晴れるものではありませんでした」


「お前たちはもう少し早く、そのことに気がつくべきだった」


「……だとしたら、私たちはどのようにすれば良かったのでしょうか。消えない憎しみを抱えて、のうのうと生きる方が正しかったと?」


「知らない。分からない」


「それは無責任です」


「俺に責任を負う必要があるのか」


「他にいませんから。正しい人間代表として、答えてください。そうでないとここから出しませんから。私たちはどう生きれば良かったのですか?」


「やっぱりお前が……」


「早く答えて」


 いた口調でラサラは言った。

 厄介な問いだ。そんなこと、俺に分かるはずもないことくらい、彼女なら知っているはずなのに。


「根拠はないけれど良いのか」


「構いません。もとよりこの世の中に根拠があるものなんて、砂漠の砂の1粒ほどもありませんから」


「じゃあ言う。その答えはもうお前の中で出ているんじゃないか」


「…………………………ありきたりな答えですね。呆れた。あなたを待っていた私がバカでした」


 途端に四方から壁が迫ってくるような圧迫感が襲ってくる。殺意を込めて、俺を圧死させるくらいのプレッシャーがあった。


 ラサラの手のひらの上で、ゆっくりと握りつぶされていくようだった。


「切実に答えを求めているのに、そんな空っぽな答えを聞きたかったのではありません」


「……じゃあ、なんでお前は俺を待っていた」


「私たちの行いに対する正しい回答を聞くためです。私たちの行いがどのように思えるのか、死地におもむくあなたに聞きたかった」


「それだけじゃない。お前は期待していた」


「……期待?」


 俺を取り巻いていたプレッシャーが少し緩む。目の前の女の筋肉が弛緩しかんするのが分かる。


「俺の出す答えに期待していた。俺の中に何かがあると期待していた。開けてみたら空っぽだったから怒り狂った。正しい答えなんてない。俺が何か言ったら、お前は『あぁ、そうですね』なんて言って納得したのか。それは違うぞ、絶対に違う」


「……戯言ざれごと


「言葉なんて全部、戯言だ。外見で飾られたただの空虚だ。分かったら、早くここから出せ。お前は答えを知りたかったんじゃない。結末を見たかったんだ。自分と同じだと思っていた彼女が、レイナが、どういう決断を下すのか、どういう道を歩むのか知りたかったんじゃないのか」


 彼女の緊張感がふっと緩む。

 どういう感情なのかは分からないが、ラサラの殺気は消えた。


「……良いから黙って見ておけよ。そのために待っていたんだろう。どうしてお前がこんなところにいるのか分からないけれど」


「ようやく……ここがどんな場所だか、ようやく分かりましたか」


「あぁ……神の座だろ。前とはだいぶ様子が違うみたいだけれど」


 かつてレイナがいたであろう玉座は空っぽになっていた。魔法の発動のために現世に降りていることは間違いない。


「ここなら全ての場所に繋がっている。ここならどんな記憶の鍵にも行きつくことが出来る。うまいこと考えたな。いったい誰がこんなことを仕組んだんだ」


「驚きますよ」


「良いから言えよ」


 もったいぶった調子でラサラはその名前を口にした。


「……私たちをこの場所へと導いたのは女神サティ・プルシャマナです」


 

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