第145話 キャッチ


 解法モーク

 その呪文を口にすると同時に、魔力炉に火が灯るのが分かった。生易しいものではない、身体を焼き焦がす炎が激痛となって身体を襲った。


「……っっ!!」 


 あのユーニアですら、一回の発動で命を落とした。反動は俺の想像をはるかに超えていて、漏れ出した魔力が俺の身体をむしばんでいるのが分かった。


 発動から数秒足らずで、身体の破壊が始まっていく。


「……くそ、が」


 嫌な思考をシャットアウトする、

 今は俺なんかよりナツの方が先決だ。


 もう『死者の檻パーターラ』の解除が始まっている。

 それは死者が元いた場所に還るということだ。ラサラやユーニアがいなくなった時のように、ナツの身体もまた形を失い崩れようとしていた。


 はるか上空の岩の上から自由落下の速度で俺たちは地面に落下していた。ナツの名前を呼ぶと、腕の中で涙をぬぐって彼女は言った。


「あー、あー、負けた……完敗だ。もうダメだよ、わたし、何1つ守れなかった。アンクを返り討ちにするって言ったのに」


「途中までは良かったけれどな。次回以降に活かしてくれ」


「もう……無理だよ」


 ナツは悲しそうに笑って、そして崩れゆく自分の身体を見た。


「最期にアンクに会えて良かった」


「死なせはしない」


「ダメ、解法モークを使う気でしょう。そんなことさせない。魔力も足りていないでしょ。大人しく死なせてよ」


「……少し黙れ」


 抱きかかえたナツの唇に、思い切りをキスをする。


「……!?」


 驚いて言葉を失ったナツの口の中に舌を入れる。温かな感触を味わったあとで、唇を離す。


 ナツは顔を赤くさせて、俺の顔をまじまじと見た。


「ちょ、ちょっと……なにしてるの!? 意味わかんないよ! さすがに心の準備とかいろいろ……」


「悪いな、そんな場合じゃないんだ。索敵サーチ


「え……ちょっと、なに。やっ……ぁ!」


「安心しろ。俺はまだ死なない。ナツも……死なせない」


「なにこれなにこれ!? 身体が変なんだけど……ぉ!」


 頭からつま先まで、ナツの身体を魔力で探っていく。身体の凹凸おうとつ、胸の膨らみ、末端から先端まで。魔力で包み込んで、彼女の身体を探る。


 摂取した唾液から、彼女の魔力を取り込む。これがナツの形。決して忘れないように、頭の奥深くに刻み込む。


「これ何、どういう……こと……!?」


「魔法だよ。ただの索敵サーチ


 普段の何万倍にも感度をあげているという点を除いては、索敵サーチと変わらない。


 針よりも細く、細胞の隙間に入るくらいに小さく。彼女を構成する物体を、自分の中でイメージとして収める。

 

 情報が洪水のように流れ込んでくる。

 魔力の過負荷で身体がひび割れていくような感覚があった。それで良い。ここまでは想定通りだ。


「解法、概念捕捉キャッチ


 生命が描く螺旋らせん。魔法の源、鼓動する心臓よりもさらに深く、今彼女を覆っている魔法の構造を頭の中に叩き込む。


 もっと深く。

 魔力の動きを把握する索敵サーチを、限界まで暴走させる。瞳の奥で火花がバチバチと弾けている。涙のように血があふれ出して、頬を伝っていく。


「解法、生命連結リンク


 魔法の構造は人間には、理解出来ないほどに小さい。魔力を構成する粒の1つは肉眼では確認することは出来ない。

 

 今やっていることは、それを手づかみで掴み取ろうとするようなものだ。頭の1つや2つ、滅茶苦茶になっても仕方がない。


 でも、まだだ。

 もう一押し。ここで止める訳にはいかない。


 痛みを意識の外に振り払って、次の魔法を口にする。


固定フィックス


 解除しかかっていた『死者の檻パーターラ』を固定する。


 抱きしめたナツの身体が白く輝く。確かな熱を持ち始めた彼女の身体を、きつく抱きしめる。


「アンク!!」


 その魔法の発動と同時に俺たちの身体は地面に着陸した。

 地上で待機していたリタが俺たちの身体を風の魔法で受け止めた。ふわりと風に舞い上がって、俺たちは木の葉の山のクッションの上に突っ込んだ。


「…………うわああぁ!!」


 ドスン、と派手な音を立てて地面に転がる。地上の感覚がずいぶんと懐かしく思える。


「痛っ……」


 ……まだ、生きてる。

 ナツも無事だ。致命傷になるような怪我もなく、『死者の檻パーターラ』の解除も止まっている。


 成功だ。


「良かった……」


 ピースは寸分の違いなくはまった。魔法は完璧に発動している。

 空が高くて、太陽がまぶしい。


「アンク……」


 信じられないという表情で、リタが俺のことを見た。


「生きてる……解法モークを使ったのに、どうして……」


「ナツの魔力を借りたからかな。ほら、ご覧の通り、身体も動かせてる」


「そうか……それは……驚いた」


 俺の姿を見て安心したのか、リタは腰を抜かして座り込んだ。


「すごいな……アンクは」


「大したことない。ほら、ナツ起きろ」


「う、うーん……」


 落下の衝撃で目を回して倒れているナツの頬を叩く。

 全身葉っぱまみれになって、すっかり汚れてしまったナツは目を開けると、信じられないという声で呟いた。


「どうして……死んでない……」


「ちゃんと責任取るって言っただろ。大丈夫、脚も生えているし、今のナツも俺も正真正銘の生きた人間だ」


「あ……」


 ナツは自分の身体を見て、声をあげて笑った。


「あは、あはははは。なにこれ、信じられない」


 リタの手を借りて、ナツは起き上がった。ピョンと跳んだり、くるくる回ったりしながら、彼女は自分の身体が未だにそこにあることを確認して、ますます信じられないという表情になった。


「どうして。だって『死者の檻パーターラ』が解かれたのに……」


「固定魔法でナツの『死者の檻パーターラ』を固定した。時間を止めたんだ。ナツは死なない」


「……そんなこと……普通の人間が……」


「出来た」


 拳を握って自分の腕の感覚を確かめる。大丈夫、まだ動く。


「イメージだけはずっとあった。ただ魔力が足りなかった。魔法そのものの概念を探るには、少しだけズルを必要があったからな」


「じゃあ、わたし……」


「もっと一緒にいられる。生きられるんだ」


 俺がかけた固定魔法は解けない。解法モークで放った魔法は残り続ける。


「ユーニアが教えてくれたおかげだ」


 力の行使が終わったからか、疲労感はドッと押し寄せてきた。熱くなっていた魔力炉が急速に冷えていく。


「アンク……」


 木の葉の上で横たわる俺に、ナツは近づいてきた。

 背中に腕を回すと、彼女は俺の身体を優しく抱きしめた。 


「私の負けだよ。降参、降参」


 彼女はいつも通りの笑顔で言った。


「レイナちゃんには悪いけれど。遠慮なく裏切らせてもらう。どう足掻あがいても、私にアンクを説得することは出来なさそうだ」


「ようやく気づいてくれたか」


「本当に……頑固なんだから」


 ……これでひとまず道は繋がった。

 毎回、こんなボロボロになっていては先が思いやられるが、1歩進んだことは確かだ。こうしてナツという人間の記憶を思い出して、その温かさを感じて、この選択を選んだことを改めて噛みしめる。


 やっぱりこれは、忘れて良いものではなかったんだ。


「アンク、怪我大丈夫?」


「あー、あんまり大丈夫じゃないかも」


「だよね。あとは私たちが家まで運ぶから、アンクは寝ていて良いよ」


「……そうか、ありがとう」


 彼女の言葉に甘えさせてもらう。ナツに折られた四肢ししは半端なく痛かったし、内臓もかなりダメージを受けている。


 何より……解法モークで受けたダメージが大きい。

 自分の身体がどうなっているか、正直、想像が付いていない。


「じゃあ、頼む」


 今は休もう。

 戦いはまだ終わっていない。明日を再び戦うために、俺は深い眠りに落ちていった。

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