第144話 気の迷い


 純粋な魔力では敵わない。女神の力を持ったナツに、純粋な魔力では勝負にならない。ここまで来れたのも奇跡みたいなものだ。


 勝機があるとしたら、たぶん……ナツがまだ人間であることなんだろう。


「地の魔法、放ち裂くものガンツ・サイアス!」


固定フィックス!」


 打ち出された岩のとげを、固定魔法で叩き落す。

 索敵サーチを最大出力まで高めて、魔力の揺らぎを掴み、発動の瞬間で動きを止める。


「……ナツ」


 およそ半径10メートル。

 広いとは言えない土人形の頭部で、俺たちは対峙たいじしていた。頭部からけずり出した岩を活用しながら、ナツは次々と攻撃を発動してくる。


 その全てを固定魔法を使って止めつつ、軌道をずらして叩き落とした。


土人形ゴーレムと一緒に上空に上がったのは失策だったかもな。武器にする土がこの辺にはない」


「それを油断と言うんだよ」


 足元の地面が隆起りゅうきする。

 ナツが人差し指をあげると、巨大な岩が拳となって現れた。完全な死角。地面からのアッパーカットが直撃し、視界がぐらりと歪んだ。


「ぐはっ……!」


「何度だって再生成出来る」


 バランスを崩して危うく場外に落ちそうになる。

 なんとか踏みとどまって前を向いた時には、ナツはさらなる魔法を構えて、俺に放とうとしていた。


「やばっ、ちょっとタン……ま」


「これで終わりよ、アンク。もう2度と私たちの前に現れないで……!」


 無数の岩の拳が、地面からい出てきて俺に向かってくる。弾幕のように拳が襲いかかり、腹と胸に凄まじい質量が激突する。


 肉が痛む。骨が折れる。内臓がきしむ。

 遠慮のない拳の嵐で身体がめちゃくちゃになっていく。卒倒しそうになる意識をなんとかおさえる。


「ぜぇーっ、ぜぇーっ……!」


「……! 早く倒れてよ……! 地の魔法、望て遊ぶものサイティブ・トール!」

 

固定フィックス!」


 再び拳と魔法のぶつかり合い。

 だが、女神級の力を得たナツ相手に勝機なんてものがあるはずがなく、岩の拳をまともに喰らった俺は地面に突っ伏した。


 服の下でひどく血がにじんでいるのが分かる。内出血した部位がひどくれている。骨が何本か折れている。傷口がピリピリとしびれている。うまく機能していない。


 それでも、まだ2本の脚は立ち上がることが出来ていた。


「どうして、まだ……立てるの……そんなに意地を張る方が大事?」


「あぁ、大事だ。ここだけは引けない」


「私だって引けない」


「じゃあ、来いよ」


 ナツは顔を歪ませて、再び魔法を放った。やけくそのような魔力が放たれる。「どうして」と叫びながら、彼女は無数の岩の拳を繰り出した。


「……ぐぁあっっ!!」


 そのほとんどの拳が身体にめり込む。。

 メキメキと骨が折れる嫌な音がする。内臓の一部が損傷したのか、口の中から真っ赤な血がせり上がってくる。


 地面の上に血を吐き出して、また立ち上がる。


「優しいな。ナツは」


「バカ、こんな時に何を言っているの……!」


「殴られるたびに愛を感じる。血の味すら恋しく思える。今の俺はとんでもなく幸せだ。骨を断ち切られた痛みがそのまま歩く力になる」


「頭がおかしくなったの!? 来ないで!」


 右腕。

 ひじの部分に拳が激突して、ペキンと折れる。


「……俺のしていることは、もしかしたらとんでもなく間違ったことなのかもしれない。俺は……君たちがしてきたことを全てメチャクチャにしてしまうような、ひどい男なんだろうな」


「じゃあ、止まってよ!」


「だめだ、それは出来ない」


「…………!」


 左ひざ。

 曲がるはずのない方向に湾曲わんきょくして、崩れ落ちる。片脚が使い物にならなくなったので、代わりに残った手足でうように進む。


「まだ、歩ける。ほらこうやって。人間は地べたに這ってでもまだ歩けるんだ」


「バカじゃないの! もうこれ以上私にあなたを傷つけさせないで!」


「ナツが言ったんだ。間違った選択を下すべきだったって。見失うくらいなら、この欲望を捨ててしまうくらいなら、間違いを重ね続けた方がずっと楽なんだ」


「それは気の迷いだよ! 欲望なんて腐るほどある。アンクを好きになってくれる女の子だって星の数ほどいる!」


「……その気の迷いで俺は死んでも良い」


 頭上。

 岩の塊が形成されている。俺の身体をすり潰すために、巨大な岩が出来ている。太陽を覆い隠す影になって、俺の真上に出現した。


「これで終わりよ。もう口が聞けないように半殺しにして、全部忘れさせてあげるんだから……!」


「……ナツは……」


 破裂しそうな身体に力を入れて、言葉を発する。言葉に混じって、大量の血が流れる。


「それで……良いのか」


「……なにが」


「俺に言ったことだよ。あの時、追いかければ良かったって言ったのは、本当に気の迷いで済ませて良いのか」


「その話は今関係無いよ」


「関係大有りだ。今、誰も幸せになっていないじゃないか」


 頭上の岩は固まったまま動かない。落下させれば間違いなく俺を殺せるはずなのに動かない。


「私……」


 全てはその一瞬。

 ほんの一時の気の迷いだ。


「違う……アンクに、会いたくて……」


 ナツの動きに隙が出来る。

 魔力が揺らいで、頭上の岩から意識がそれる。


 今だ。


固定フィックス


「あ……」


「ナツ、つかまえた」


 彼女の魔力炉を固定魔法でとらえる。彼女の身体をイメージの箱で包んで、次の攻撃を防ぐ。


「これは……解けないだろ」


 ずっと狙っていた魔力炉への攻撃だ。

 ここの時間を止めさえすれば、魔力を放出することすら出来ない。

 

 ナツは、ただ目を見開いて俺のことを見ていた。身じろぎもせずに立っていたナツは、やがて近づいてきた俺に触れた。


「何も……」


 すすり泣くような声で彼女は言った。悔しさにゆがんでいたナツは、やがて一筋の涙が流れると同時に、観念したように息を吐いた。


「何も言い返せなかった……、私の負けだ……」


「ナツ……」


 彼女の身体に手を伸ばす。背中に手を回して、しっかりと抱き寄せる。


解法モーク


 その言葉とともに、頭上の岩塊も足元の地面も溶けるように崩れていった。ガラガラと地面に向かって岩と共に落ちていく中で、俺はナツの身体をしっかりと抱きしめた。


 今度は絶対に離さないように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る