第10話 魔力補給だから、エッチなことじゃないよ


 当時、サラダ村を急襲したのはナーガと呼ばれる蛇の魔物だった。瘴気しょうきの濃い場所にか発生しない知能の高い魔物だ。


 凶暴で狡猾こうかつなナーガはあっという間にサラダ村を全壊させた。

 たくさんの畑や家が破壊されて、多くの犠牲者も出た。ナツの両親も死んだ。俺がたどり着いた時には、無残な死体が横たわっていた。


「全く歯が立たなかった。覚えた魔法も使ったけどダメだったの。数が多すぎて……逃げるしかなかった。ただ、ただ、ただ。一心不乱に走るしかなかった」


 『異端の王』を倒す道中にいた俺が、サラダ村にたどり着いた時には、すべては手遅れになっていた。


生き残った数少ない人は、重傷を負った状態で発見された。


「悔しかった。目の前で何も出来ずに知っている人が死んでいくのは、最悪の気分だった」


「ナツ……」


「私に出来ることは逃げることだけ。救えたのもほんの一握りだけだった」


 小さな村に対抗する術はなく、生き残ったのは村の中心部に避難していた村民だけだった。俺がそこにたどり着いた時には、辺りをナーガに囲まれていて、今にも破壊されようとする時だった。


 生き残った村の人たちが、他の村と統合とうごうするように今のサラダ村を新しく復興させた。当時の生き残りの人々から感謝の言葉をかけられるが、それでも悔恨かいこんの念は消えない。


「……もし、俺がこの村に残っていたら」


「それは違うよ。アンクは大英雄なんだから。『異端の王』を倒して、たくさんの人を救ったんだから」


「救えなかった人の方が多い。俺はそのことを今でも後悔している」


 ナツは、その言葉に何も言わずに首を横に振った。

 肩を寄せたナツはまっすぐに俺のことを見ていた。視線を俺の顔に向けて、彼女はしっかりとした口調で言った。


「大丈夫。あなたは間違っていない」


 ナツはそう言って微笑んだ。


「間違っていない……?」


「うん、間違っていない。アンクがした決断はいつだって正しかった」


「それは……」


 買いかぶりすぎだ。

 正しいことなど、何1つ出来ていない。 


 目を伏せてため息をつく。

 するとナツは悪戯いたずらっぽく笑って俺の魔力炉がある下腹部に触れた。


「冷たいよ。せっかくの長い夜なんだから、そんな顔しちゃダメ」


「悪いな……」


「アンク、おいで。私の魔力を分けてあげる」


 ナツはソファに横になり、身体をさらけだした。彼女の髪がライトの明かりに照らされて、おそろしく綺麗に輝いていた。


 手を伸ばして、俺の魔力炉に触れたナツの手を、俺はおそるおそる受け入れた。


「大丈夫。ただの魔力補給だから、エッチなことじゃないよ」

 

 彼女の手からほんのりとオレンジ色の魔力が立ち上る。五大元素のうちの『地』を保有しているナツは、このオレンジの魔力を使って魔法を行使する。


 今は俺の魔力炉を活性化させようと、自分の魔力を放出しながら、ゆっくりとした手つきで下腹部を撫でていた。


「熱い……」


「魔力が回っている証拠だよ。血液が循環じゅんかんしているから、自然と体温もあがるの」


 ナツの手の動きに合わせて、ドクンドクンと心臓が鼓動こどうしているように思えた。触れられるごとに、その音はどんどん大きくなってくる。


 俺に触れる彼女の肌も汗ばんでいた。

 そっと背中に手を回すと、ナツの体温もまた上がっていることが確認出来た。


「頭が……熱く……」


「それで良いの。現実と夢が混ざり合うような浮遊感。そういう時に魔力炉が一番活性化するんだよ」


「ナツは……」


「ん?」


「熱く、ないのか」


 彼女のワンピースの肩ひもをずらしながら確認する。腕に触れると、彼女の肌は燃えるように熱かった。


「うん、熱いよ、とっても」


 おそるおそる彼女の魔力炉に触れる。そこに向かって自分の白い魔力を流し込むと、呼応こおうするように彼女のオレンジ色の魔力が立ち上った。 


「ん……」


 混ざり合う魔力は湯気のように立ち上り、空中で1つになる。薄いだいだいになった魔力は目を見張るほどに神秘的に思えた。


 貪るように互いに魔力を与え合う。

 高揚感と浮遊感がどんどん増してくる。身体を重ね合わせて、2人の体温を共有する。ナツの小さな身体を抱きしめて、その首筋に歯を入れて刺激する。


「…………あ」


 ナツが小さな声を出して反応する。彼女の荒い呼吸は頭の中で何度も響きわたるほどに大きかった。俺の耳はもう彼女の声しか聞こえていなかった。

 

 ソファの上でささやかな営みを繰り広げながら、ナツは小さな声で囁いた。


「ねぇ、実はさ、後悔していたのは私の方だったんだ」


「そう、なのか」


「うん。どうしてあの時、アンクと一緒に出て行かなかったんだろうって思ってた。世界を救うために出たアンクを、どうして追いかけなかったんだろうって、ずっと後悔していた」


「辛い旅だ。行かない方が正しかったに決まっている」


「……そうだったとしても、私は間違った選択を下したかったの。たとえ旅の途中で死んでいたとしても、私はアンクともっと一緒にいたかった」


 その言葉を聞いて、俺はふと彼女が泣いているのではないかと思った。

 身体を起こしてナツの顔をのぞき込むと、予想に反して彼女は嬉しそうに笑っていた。


「泣いているかと思った?」


「うん」


「……魔力を補給する、もう1つの方法知ってる?」


「いや……」


「ちゅーだよ。ちゅー」

 

 彼女の頭に手を回して、ナツの唇に合わせる。柔らかい彼女の下唇が、俺の乾燥した唇と合わさる。


 1度離れたあとで、もう1度。

 今度は彼女の口の中に舌を入れて、温かな口腔こうくうを味わう。

 

 熱くて、砂糖菓子のように甘い。

 試すように確かめるように舌と舌が合わさる。


 時間が止まったように感じた。互いの感触を確かめ合う。何度も何度も唇を触れ合わせたあとで、ナツが口を開いた。


「このことレイナちゃんには秘密にしておいてね」


「なんでだ……?」


「怒られるから」


 そう言って「ふふ」と笑ったナツに、それ以上問いかけることは出来なかった。ようやく身体の火照ほてりがおさまったころ、窓の外からは朝の光が差し込んでいた。


 

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