第9話 大英雄、魔力を補給する
プルシャマナにおいて人間が魔法を使うことが出来る理由は、特殊な臓器にある。『
魔力を全て失うと衰弱死に繋がりかねないので、人体の中で大事な部位だ。
「最近の研究だとね。人がイライラしたり、不安に思うのは魔力が足りていないんだからだって」
「へー、そんなことを研究している奴がいるんだな」
「だからね。アンクのその悩んでいるのも魔力不足が原因じゃないかな。魔力の緊急補給のやり方は知っているよね」
「知っている……が」
一般に広まっている緊急補給のやり方は、俺も師匠に教えてもらった。相手の魔力炉を刺激して、活性化させるやり方。さながらマッサージのように、身体と身体を押し付けあって魔力を送る方法だ。
「より
ナツの家へと向かう森の小道を歩きながら、彼女は魔力補給の重要さを
「……ということなんだけれど、なんか、乗り気じゃなさそうだね」
「そんなことはない。魔力は大事だ、うん」
「だよね! じゃあようこそ我が家へ!」
ナツが自分の家のドアを開ける。
お隣さん、と言ってもナツの家は俺の家からだいぶ離れている。俺の家があまりに集落から離れたところにあるからだ。
隣に養鶏場と小さな牧場を
「このあたりの動物たちはだいたい私に
部屋の中も綺麗に整理されていた。
食器類は丁寧に並べられていて、調度品もピカピカに磨かれている。生活感が薄いとすら思わせるほどに、丹念に掃除されていた。
それでも懐かしいと思ったのは、移転する前の彼女の家と内装がほとんど変わっていなかっただろう。
「はい、水どうぞ」
「サンキュー……そうか、牧場とか養鶏場には来たことがあったけれど、
「そうだよ。たまにはうちにも遊びに来てよね」
そう言って笑って、ナツは俺の前に水の入ったグラスを置いた。
サラダ村に引っ越してきてから、1年とちょっと。国の式典に招かれたり、聖堂の儀式に出席したりで忙しかった。ゆっくりと腰を落ちつけられるようになったのも、ほんの1ヶ月くらい前のことだ。
「まぁ、ゆっくりしていってよ。夜は長いんだから」
夜。
そういえば、レイナには何も言付け出来ていない。心配しているかもしれないが、彼女だってもう寝ているだろう。
何よりナツが帰宅を許してくれそうな雰囲気でもない。ソファの上で隣に座ったナツが、ゼロ距離に迫っている。薄手のワンピースからは彼女の肌がこれでもかと露出していて、目のやり場に困る。
「ごめんね、大したおもてなし出来なくて。なにせアンクが初めてのお客さんだから」
「初めて? 意外だな」
「うん、お父さんとお母さんが生きていた頃は、お客さんも良く呼んでいたんだけれど……今はあんまり」
ナツが視線を
洗いものかごの中には、1人分のマグカップと皿が置いてあった。大きなかごの中でポツンとさみしげに陶器の食器が置かれていた。
「……今も1人で住んでいるのか」
「うん、移転してからずっと」
「そうか……」
ナツは寂しそうな顔をテーブルの上に向けていた。ピカピカに磨かれた木のテーブルは、天井のライトを反射させていた。テーブルに映った照明を見ながら、ナツはポツリと呟いた。
「3年……っていう感じがしないね。私にとっては、つい昨日のことのように思える」
「すまない」
「どうして謝るの……?」
ナツは俺を見るでもなく、ただテーブルの上に目をやっていた。暖色のライトが、彼女の瞳の中で揺れていた。
「俺が間に合っていたら、誰も死なずに済んだかもしれない」
「アンクのせいじゃない……あれは災害のようなものだよ。突然訪れた竜巻とか嵐みたいに……間に合うとか、間に合わないじゃない。アンクは誇りこそすれ、気にすることなんて何1つ無いんだよ」
ナツは首を横に振って、
3年前。『異端の王』が猛威を振るっていた時代。
サラダ村は突如として凶暴な魔物に襲われた。『異端の王』が放った
国軍の警備隊すら持たない辺境の地。
襲撃した魔物に村の住民はなすすべなく、サラダ村は全壊した。多くの村人が殺され、ナツの両親も魔物によって命を絶たれた。
「大丈夫、アンクは責任なんか感じなくて良い」
……全ては俺が間に合わなかったせいだ。
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