第138話 リタと作戦会議


 失っていた大切な誰かの記憶が、旧サラダ村跡地にある。俺のことをまっすぐに見つめたリタは、さらに言葉を続けた。


「生半可な準備して勝てる相手じゃない。だから、なるべく万全の準備を整えてからいきたい……けど」


「だけど?」


 リタはリビングの床に視線を向けて言った。


「布団をしいて欲しい。できれば大きい奴」


「大きい奴? 何に使うんだ?」


 沈黙が流れる。

 とびっきり気まずい静寂の後で、リタがやけっぱちな調子で言った。


「つまり疲れたってこと……! 魔力も空っぽだし、このままだと明日までに魔力がたまらないの!」


 むすっと顔を膨らませてリタは「この分からず屋」とさらに言葉を続けた。結んでいた髪を下ろして、置いてあったタオルを風呂場の方に歩いて行った。


「私、シャワー浴びるから、それまでにいておいてよね」


「お、おぉ……」


「よろしくね! 先に寝てたら怒るから!」


 すでに怒ったようにバタンと勢いよく扉を閉めて、リタは風呂場に入っていった。シャワーの水音にまぎれて、ブツブツと文句を言う声が聞こえる。


 とりあえず来客用の布団を押入れから出してきて広げる。大きめとは言っていたが、そんな布団はないので、2つ並べる。


「遅いな……」


 リタがシャワーから上がるのを待っていたが、かれこれ1時間くらいは帰ってこなかった。お風呂好きというのは聞いていたが、これだけ長いと身体がふやけたりしないんだろうか。


「眠い……」


 黙って待っていると寝落ちしてしまいそうなので、タオルを水で濡らしてキッチンの流しで身体を拭くことにした。こういうこともあろうかと、大きめの洗面器を勝手おいて良かった。


 流しのふちに腰掛けて、背中をいているとリタがようやくあがってきた。


「お待たせー……って何やってるの。うわぁ……」


「誰のせいだと思っているんだ。起きて待ってろっていうから、こうするしかなかったんだ」


「まぁ、良いや。早く身体拭いて、こっちに来て」


 まとっていたタオルを放り投げて、リタは俺に手招きをした。布団に腰掛けたリタはだいぶ疲れている様子で、横になると大きく息を吐いた。


「大丈夫か?」


「なんとか。ユーニアとの戦いで魔力を消費し過ぎたみたい。あー、だるい」


 長い黒髪をおろして、薄いパジャマ姿に着替えたリタは辛そうに顔を歪めた。短い短パンから見える褐色の脚は出来たばかりの傷があった。


 身体を拭き終わって近づいて来た俺を見るなり、リタはねだるように口にした。


「ねぇ、魔力ちょうだい」


「……おうよ」


 リタの下腹部の魔力炉がある部分に手をかける。軽く撫でてみると、確かに彼女の残りの魔量はほとんどゼロと言っても良かった。


「空っぽだな」


「でしょ、お願い。私もアンクのやってあげるから」


 魔力炉をさすりながら、力を込める。心臓部分から流れてくるリタの魔力を感じる。その動脈の線をなぞるようにして、魔力をリタの下腹部まで誘導していく。


 緑色の魔力がふつふつと音を立てた。


「ん……」


 リタが小さく声を漏らす。

 細長い手脚がぼんやりと発光し始めている。魔力が流れている証拠だ。彼女の心臓が高鳴るドクンドクンという音がここまで聞こえてくる。


「も、もっと……」


 懇願こんがんするようなリタの声に応じて、さらに刺激を強くする。手に込める魔力を強めて、更に彼女の魔力炉に力を送る。


 途端に一層強く緑色の魔力が輝き、リタの肢体が跳ねる。


「あ、あぁっ……!」


「痛いか?」


「ううん、気持ち良い……」


 荒く呼吸をし始めたリタは、それでも求めるように魔力を勃沸ぼっぷつさせた。メラメラと燃え上がるような緑色の魔力が彼女の身体から立ち上る。


 びっしょりと汗をかいて、彼女の肌はパジャマに張り付いてしまっていた。


「せっかくシャワー浴びたのに」


「また入れば良い」


「それもそうか」


 リタはフッと笑うと、俺の魔力炉にも手を伸ばしてきた。彼女の熱い手のひらに触れられると、俺の魔力炉も白い光を放ち始めた。


「きれい……」


 尖った爪でなぞるように撫でられる。時折爪の先端で刺激しながら、リタはゆっくりと手を動かした。こそばゆさと気持ち良さがジワジワとせり上がってくる。リタの魔力が徐々に俺の中へと入ってくる。


 鮮やかな夏の新緑のような緑。キラキラとまぶたの内側でかすむような、まぶしい木漏れ日。リタの熱い吐息が俺の首にかかる。


「ん……」


 ねっとりとした舌が首にかかって、魔力が流れる血管を滑る。尖った前歯の先端が、首の皮を捉える。強い力で吸われたあと、そこには小さな赤いあざが残った。


「いたい?」


「少し」


 いたずらっぽく微笑むリタの首筋に、今度は自分から噛み付く。小さく「あ」と高い声を漏らしたリタの身体に、自分の魔力炉を重ね合わせる。互いの魔力が重なり合い、薄い黄緑の淡い光で輝き始める。


「……っぁ」

 

 彼女の暖かい身体を感じる。鍛えられた彼女の身体は、すっかり弛緩しかんしていて柔らかく抱きしめると心地が良かった。リタの脚が俺の身体を抱きとめるように絡みつく。


 彼女の背中に手を回すと、また新しい傷を発見した。


「これ……」


「ん……今日の崩落で出来た傷だよ」


「……悪いな。俺のわがままに協力してもらって」


「ううん、問題ない。それにワガママじゃなくて、あの娘たちに会いたい気持ちは私も一緒だから。会ってちゃんと文句を言いたいの」


 リタはなんてことはないという風に笑って、俺の背中に手を回した。折り重なって互いの魔力炉を何度もすり合わせた。


「ありがとう」


「いいえ、こちらこそ」


 リタは目を閉じながら言った。


「でも、まだ終わっていない。明日からがきっと本番。あの娘たちは本気で私たちを止めに来る。だから出し惜しみはしないし、危険もかえりみない。全身全霊の全力で記憶を取り戻そう」


「……そうだな」


 幾度かの触れ合いで、俺たちの魔力はすっかり満たされていた。隆々と流れ始めた血流が豊かな魔力を運び始めていた。ユーニアと戦う前よりも確かな魔力でみなぎっていた。


 それでも名残惜しむように、俺たちは幾度かの触れ合いを重ねた。そうしている内にいつの間にか眠りについていて、目を覚ました時には窓から日の光が差し込み始めていた。

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