第134話 火神との戦い


 『死者の檻パーターラ』で蘇ったユーニアはその力を何倍にも高めていた。

 彼女が放った火球は、人が持つことが出来る力の尺度を超えていた。彼女が作り出した火球は、女神の力を伴っていることの証明でもあった。


「抵抗してみなさい。全てねじ伏せてあげる」


 不敵に笑った彼女は、もはや俺たちと戦うことになんのためらいもなかった。


「本気で来いって誘ってるようにしか見えないわね……!」


「考える暇も与えないって訳か! ユーニアらしいっちゃらしいな!」


 師匠時代から常に、考えるより行動が先に行くような人だった。直情的で感情的。その規範を俺たちにも強要するような、悪く言えば、横暴の権化みたいな存在だ。


 今の状況もユーニアなりの考えはあるのだろうが、何より本気で戦うのが楽しくて仕方が無いらしい。あの笑顔はそういうことだ。


「よし、リタ、45度最速で頼む」


「……ユーニアのところまで飛ぶっていうのは分かったけれど、あの火の玉はどうするのよ。突っ込む気?」


「リタは俺を射出したら逃げてくれ。俺は自分で避ける」


「……オッケー、こうなったら思いっきり飛ばしてやるわよ。その代わり、死んでも私を恨まないでね」


 わざとらしくため息をついたリタは、俺の背中に手を置いて静かな声で魔法を唱え始めた。リタの身体から緑の魔力が立ち上る。


「風の魔法、蔡拝の飛イリオカア


 リタの手から押し出されるようにして、身体が宙に浮く。足が地面から離れたと思った瞬間、俺の身体は風を纏って一直線に火球まで飛び始めた。


「行ってらっしゃい」


 リタが放った魔力によって身体が一気に押し出される。

 キイイイイインと耳元で風を切る音が聞こえるようなスピードだった。体勢を整える暇もなく、身体は火球まで迫っていた。


索敵サーチ


 空中を飛びながら周囲の状況を解析する。

 漂う魔力、物質、大気、全てに対して自分の魔力を流し込む。


 10年かけて研ぎ澄ましてきた索敵サーチで、周囲の状況を頭の中に納める。


「……とらえた。固定フィックス


 つかめさえすれば、基本的にどんなものでも止めることが出来る。大きいものだろうが、小さいものだろうが、形があるものだろうが、ないものだろうが。


 たとえ、燃焼する炎だろうが、周囲の空気だろうが、動きを止めるのは不可能ではない。

 自分の前方に数メートルの空気の層を作ったまま固定する。流線状となった空気の塊は、俺の身体もろとも弾丸となって火の玉に直撃する。


「っ!!」


 直径50メートルはありそうな巨大な火球。

 それと真正面にぶつかって、空気の層の内部に衝撃が走る。弾丸となった空気の層とぶつかった炎は、流線型をなぞるようにして、後方へと過ぎ去っていく。


 さながら人間大砲。

 曲芸ような攻撃で、火の玉を貫いていく。固定魔法が解け出して、漏れ出た炎が背中を焼いたが、もはや引き返すことは出来なかった。


「あっっっつ! あ゛ぁあ!」


 実際の時間にすれば数秒も無い地獄を、何とか切り抜ける。

 同時に視界が開けて、笑みを浮かべたままのユーニアと空中で対峙たいじする。


「つ、いた……」


 纏っていた気流は炎とともに霧散してしまった。あとは自力でユーニアの攻撃をしのぐしかない。


 俺と向かい合ったユーニアは、高らかに声を発した。


「良くここまで来たな、アンク!」


「……悪いが、手加減はしない! 本気であんたを倒すぞ!」


「どうだ迷いはないか!?」


 彼女が発した問いかけに、迷うことなく応える。


「ない! ただ、俺は欲するもののために戦うだけだ!」


「……そうか!」


 ユーニアが指を鳴らすと前方で爆発が起こった。

 さっきよりも数倍はでかい爆発。索敵サーチでとらえた炎の粒子は数百にのぼる。それの1つ1つが花火のように激しい炎を撒き散らしていた。


索敵サーチ完了、固定フィックス!」


 爆発する前の粒子をとらえて動きを止める。発火する前は、目に見えないくらいの微細な粒子。出来るだけの数をとらえて、固定する。


 魔力の揺らぎ、空気の重さ、相手の視線、その全てを情報としてとらえ解析し、固定魔法を行使する。


「ちっ、くしょ……!」


 だが、全てが止められる訳ではない。限界はある。ボンボンボンと、とらえきれなかった炎の粒子が爆発し、真っ赤な火炎に身体が包まれる。


「ぐあっ!!」


 肌を焼き焦がす痛み。

 口から入ってくる高温の熱波。電気杖スタンガンを握った手が、耐えきれないほどに痛い。


 もう少し、もう少し。

 魔力を解放する準備を始める。


 なぜか自分の魔導杖を手放したユーニアは笑って言った。


「それで良いんだよ。重要なのは貪欲さだ。欲したものを掴み取ろうとする意思が、今のお前にとって必要なものだったんだ」


 風の魔法は消えていない。まだ飛べている。

 電気杖スタンガンをユーニアの首筋に当てる。最後まで笑みを浮かべていた彼女は、炎に焦がされながらもたどり着いた俺を抱きしめた。


「良くやった、アンク」


「あ……!」


 ユーニアは俺の電撃杖スタンガンを奪い取り、最大出力で自らの首筋に当てた。

 まばゆい光が杖の先から出て、視界がバチバチと明滅する。放った魔法は彼女の頸部けいぶに確かな一撃をくらわせていた。


「ユーニア……!!」


 真っ赤な髪がひらりひらりと落下していく。ユーニアが落ちるよりも先に、火球の残り火が地面とぶつかる。高温の火球は石壁文字通り融解させて、跡形も残らず消失させようとしていた。


 手を伸ばして、ユーニアの身体に手を伸ばす。


索敵サーチ……!」


 間に合わない。

 ダメージによって漏れ出ていく魔力がデカすぎる。


「どうして……」


 崩壊する岩壁と共に、ユーニアの身体が溶け落ちていく。


「また……」


 その身体を抱きしめると、想像していたよりもずっと軽かった。記憶の中の彼女よりも、頼もしく思えた彼女の背中よりも、すっかり小さくなってしまっていた。

 


 


 

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