第99話 決起集会


 足音を響かせながら、俺たちは地下階段を進んでいった。

 もうかなり進んでいるはずだ。距離に換算かんさんすれば、地下10階くらいまでたどり着いたのではないかというほどは歩いていた。


 もう2度と戻ってこれないほど深く潜っていく。そんな予感がして、知らず知らずのうちに肌には悪寒が走っていた。


「決起集会というのはただの方便です。『異端の王』に信徒を食わせて、1つになるための最後の儀式が本当の目的だったのです」


「どういうことだ。意味が分からない。食われて、1つになるだと?」


「魔力炉の可塑性かそせいの話です。子どもという無限大の可能性を秘めた存在は同時に、他人の感情に同調しやすい存在でもあります。心臓を食べれば、子どもには持ち主の感情が流れ込んできます。単純に言うなれば、彼らは非常に染まりやすい存在なのです」


「じゃあ、お前たちは自分たちの心臓を……」


「はい、食べられてしまいました。私だって食べられる寸前にようやく、気がついたのです。教祖さまはこの時のために仲間を集めていらしたんだと、この私でさえ死ぬ直前に気がつきました。人間への恨みを持つ精鋭を集めて、その思想に同調させる。終わってしまえば、実に単純で理にかなった方法でした。私たちよりも人間に恨みを存在はいませんから、適材適所というやつです」


「あなたは……悲しくないの? それってつまりは、教祖ってやつに死ぬように仕組まれていたってことでしょう?」


 ナツが問いかけると、ラサラは振り向きもせずに言った。


「……むしろ感謝しています。だって、あのまま生きていたら私はより深く、人間に対する恨みをつのらせたまま生きていたでしょうから。だったら、いっそのこと死んだ方がましです。自分を責めながら生き永らえるのは、もう飽き飽きですから」


「でも、人間全部が悪いわけじゃないよ。人間の中には良い人だっているし……」


「悪の芽は誰にせよあります。思想を持つ人間である以上、その人間が何かに対する悪であることに違いないです」 


「……そうかな」


「その無知さがまさしく悪です。現に私がそうした。たくさんの王国を回ってきた大英雄さんなら、大衆の蒙昧もうまいさを嫌というほど見てきたのではないかしら」


 彼女の問いかけに無言で返す。


 ……ラサラの言うことは間違っていなかった。

 例えば、それはある王国での出来事。魔物への対応策として、都市の周りに巨大な城壁で囲った国があった。


『これでわが町は平穏だ!』


 その壁は魔物から市民を守った。

 街を襲ってくる魔物は堅牢けんろうな城壁に阻まれて、都市の内部に入ってくることは無かった。兵士たちの被害もゼロ。市民たちは壁を作った王を讃えて、城壁の天辺に巨大な銅像を作った。


『王は我々に平穏をもたらした!』


 市民の死者は確かにゼロだった。

 代わりに市民と認められなかった都市の周縁に暮らしていた人々は、魔物に皆殺しにされた。


 ラサラが言っているのは、たぶん、そういう連中のことを言っているのだろう。正しいことをしなかった訳ではない。彼らなりの正しさを貫いただけだ。


「あなたは私の家族に火が投げられたことを黙って見ていた人もとするのですか。炎が燃えあがる人間を見ても、バケツの1つも持ってこようとしなかった人を、あなたは正しいと見るのですか。自分の身が可愛かったら仕方がないと、諦めてしまうのですか。彼らを正しい道へと歩ませることを使命として、感じないのですか」


「……正しい道」


「すなわち啓蒙けいもうです」


 彼女は拳を握り締めながら言った。


「私が『異端の王』に願ったのは啓蒙です。愚集ぐしゅうの目を開かせることを願いました。全ての人の家に火が投げ込まれることを、最後に願いました。自分たちが行ったことの罪深さに気がついてもらうために、報いを与えたかったのです」


 ラサラはまゆ1つ動かさずに語った。

 淡々と語る彼女の様子は、自分が歪んだ思想を口にしているということは露ほども思っていない。彼女は本気で『異端の王』に対して、平等な破壊を願っていた。


「報い……か」


 それが何になるのだろう。

 それで何が変わる訳でもないのに。人を何人殺そうが、何に拷問ごうもんに合わせようが、結局誰も何も変わらない。

 

 全部をゼロにしたところで、ラサラの言う俺たちのおろかさが変わる訳ではないのだから。

 

「……死人にこんなこと言っても仕方ないかもしれないけれど」


「なんでしょう?」


「あんた頭は良いのかもしれないけれど、バカだな」


 俺の言葉に、ラサラは眉をひそめて「ジョークですか?」と口にした。髪に隠れた血だらけの瞳が、俺をせせら笑っているように見えた。


「本気で言っているんだよ」


「ならば、ますます解せません。説明していただけますか?」


「……俺だったら報いなんて考えずに、とっくに諦めている。誰かに何か教えてやるなんて、親切なことは考えずに、自分のことだけを考えて生きる」


「使命を放棄すると、そう言いたいのですね」


「使命じゃなくて暴論だろ。おまえが言う『蒙昧もうまいな大衆』に何を気づかせようとしても、何かが届く訳じゃない。毎日が家に火が付けられるかなんて不安に震えながら暮らしていけるほど、俺たちは強くないんだ。だから、全部忘れちゃうんだよ」


「私のしたことは意味は無かったと、そう言いたいのですか」


「無かったね。だからバカだと言ったんだ」


 『異端の王』が死んでからというもの、都市の復興は恐ろしいペースで進んだ。まるで何かを忘れるように、墓穴を埋めていくように強迫きょうはく的な速度で人々は生きようとしていた。


 カルカットが良い例だ。

 生を謳歌おうかする街という意味では、イザーブとほとんど同じことが繰り返されている。弱者をしいたげて、強者を祭り上げるという意味では本質は変わっていない。


「分かるだろ。そんな簡単に人間が変わる訳ないんだ。たとえ、家が燃やされようと、俺たちは生きていくんだ。自分たちの罪深さを心のどこかで感じていたとしても、それを抱えたまま暮らせるほど強くないんだ。人間は愚かなままで、お前が言う通り、無知なままなんだよ」


「……報いを与えようとするのはおかしいと……?」


「あぁ。自分と同じ目にあってるやつを見て、気が晴れたって言っている方がまだ人間らしい。お前は間違っている」


「私が…………?」


「あぁ、間違っている。お前、素直じゃないんだよ」


 彼女はちっとも面白くなさそうな顔つきで俺を見た。怒りで血が巡ったのが、切り取られたから瞳からポタポタと血液が漏れていた。


「素直じゃない……?」


 今にも、逆上して殴りかかってきそうな様子だったが、拳を懐に入れたラサラは早々と俺から視線を逸らした。


「信じられない」


 そう言ったラサラが見せた横顔がようやく感情らしい感情だと、俺は思った。

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