第99話 決起集会
足音を響かせながら、俺たちは地下階段を進んでいった。
もうかなり進んでいるはずだ。距離に
もう2度と戻ってこれないほど深く潜っていく。そんな予感がして、知らず知らずのうちに肌には悪寒が走っていた。
「決起集会というのはただの方便です。『異端の王』に信徒を食わせて、1つになるための最後の儀式が本当の目的だったのです」
「どういうことだ。意味が分からない。食われて、1つになるだと?」
「魔力炉の
「じゃあ、お前たちは自分たちの心臓を……」
「はい、食べられてしまいました。私だって食べられる寸前にようやく、気がついたのです。教祖さまはこの時のために仲間を集めていらしたんだと、この私でさえ死ぬ直前に気がつきました。人間への恨みを持つ精鋭を集めて、その思想に同調させる。終わってしまえば、実に単純で理にかなった方法でした。私たちよりも人間に恨みを存在はいませんから、適材適所というやつです」
「あなたは……悲しくないの? それってつまりは、教祖ってやつに死ぬように仕組まれていたってことでしょう?」
ナツが問いかけると、ラサラは振り向きもせずに言った。
「……むしろ感謝しています。だって、あのまま生きていたら私はより深く、人間に対する恨みを
「でも、人間全部が悪いわけじゃないよ。人間の中には良い人だっているし……」
「悪の芽は誰にせよあります。思想を持つ人間である以上、その人間が何かに対する悪であることに違いないです」
「……そうかな」
「その無知さがまさしく悪です。現に私がそうした。たくさんの王国を回ってきた大英雄さんなら、大衆の
彼女の問いかけに無言で返す。
……ラサラの言うことは間違っていなかった。
例えば、それはある王国での出来事。魔物への対応策として、都市の周りに巨大な城壁で囲った国があった。
『これでわが町は平穏だ!』
その壁は魔物から市民を守った。
街を襲ってくる魔物は
『王は我々に平穏をもたらした!』
市民の死者は確かにゼロだった。
代わりに市民と認められなかった都市の周縁に暮らしていた人々は、魔物に皆殺しにされた。
ラサラが言っているのは、たぶん、そういう連中のことを言っているのだろう。正しいことをしなかった訳ではない。彼らなりの正しさを貫いただけだ。
「あなたは私の家族に火が投げられたことを黙って見ていた人も
「……正しい道」
「すなわち
彼女は拳を握り締めながら言った。
「私が『異端の王』に願ったのは啓蒙です。
ラサラはまゆ1つ動かさずに語った。
淡々と語る彼女の様子は、自分が歪んだ思想を口にしているということは露ほども思っていない。彼女は本気で『異端の王』に対して、平等な破壊を願っていた。
「報い……か」
それが何になるのだろう。
それで何が変わる訳でもないのに。人を何人殺そうが、何に
全部をゼロにしたところで、ラサラの言う俺たちの
「……死人にこんなこと言っても仕方ないかもしれないけれど」
「なんでしょう?」
「あんた頭は良いのかもしれないけれど、バカだな」
俺の言葉に、ラサラは眉をひそめて「ジョークですか?」と口にした。髪に隠れた血だらけの瞳が、俺をせせら笑っているように見えた。
「本気で言っているんだよ」
「ならば、ますます解せません。説明していただけますか?」
「……俺だったら報いなんて考えずに、とっくに諦めている。誰かに何か教えてやるなんて、親切なことは考えずに、自分のことだけを考えて生きる」
「使命を放棄すると、そう言いたいのですね」
「使命じゃなくて暴論だろ。おまえが言う『
「私のしたことは意味は無かったと、そう言いたいのですか」
「無かったね。だからバカだと言ったんだ」
『異端の王』が死んでからというもの、都市の復興は恐ろしいペースで進んだ。まるで何かを忘れるように、墓穴を埋めていくように
カルカットが良い例だ。
生を
「分かるだろ。そんな簡単に人間が変わる訳ないんだ。たとえ、家が燃やされようと、俺たちは生きていくんだ。自分たちの罪深さを心のどこかで感じていたとしても、それを抱えたまま暮らせるほど強くないんだ。人間は愚かなままで、お前が言う通り、無知なままなんだよ」
「……報いを与えようとするのはおかしいと……?」
「あぁ。自分と同じ目にあってるやつを見て、気が晴れたって言っている方がまだ人間らしい。お前は間違っている」
「私が…………?」
「あぁ、間違っている。お前、素直じゃないんだよ」
彼女はちっとも面白くなさそうな顔つきで俺を見た。怒りで血が巡ったのが、切り取られたから瞳からポタポタと血液が漏れていた。
「素直じゃない……?」
今にも、逆上して殴りかかってきそうな様子だったが、拳を懐に入れたラサラは早々と俺から視線を逸らした。
「信じられない」
そう言ったラサラが見せた横顔がようやく感情らしい感情だと、俺は思った。
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