第59話 大英雄、今日も飯がうまい


 昨日も通った国道の露店街を抜けると、右手に小さな広場が見えてくる。公園というほどでも無いが、木のベンチやテーブルなどが5脚ほど置いてあった。

 

 天気も良いし、人通りも少ない。辺りは静かで、木々の風に吹かれる音が時折するだけの、穏やかな場所だった。


「ここらでお昼ご飯にしようか」


 持ってきたバスケットを開ける。

 中にはレイナが用意してくれた色とりどりのサンドウィッチが入っていた。豚のハムから、鶏の胸肉を出汁だしで漬けおきして焼いたもの、庭で採れたばかりのリンゴを使ったジャムなどが具材として使われている。


「わぉ……」


「いつもより気合を入れて作ってみました」


「最高、最高だよ」


 レイナは嬉しそうに微笑んだ。「リタさんに教えてもらったレシピです」と言っていたが、かなり時間をかけたことは間違いない。


 早く食わせろと胃袋が叫んでいる。


「どうぞ、いただいてください。たくさんありますから、急がなくても大丈夫です」


 バスケットを広げて、今日という1日に感謝してから、サンドウィッチを1つ掴み取る。


「じゃあ、いただきます」


 パンを口に入れた瞬間、身体が喜びの声をあげた。


「うまい……!」


 一口食べるともう止まらない。

 サンドウィッチとはこんなにも美味しいものだったのか。趣向が凝らされていて、いつも以上にレイナが頑張ったことは十分に伝わってきた。


「お口に合いましたか?」


「非の打ち所がない」


「良かったです」


 安心したように笑ったレイナは、自分の手を進めた。

 小さな口でパクリと食べると、パァッと目を輝かせた。彼女もまた自らの料理の魅力に取りかれたのか、次から次へとサンドウィッチに手を伸ばしていた。

 

「美味しく出来ています。リタさんにレシピを教わった甲斐がありました。サンドウィッチは出来立てよりも、少し置いた方が美味しいというのは本当だったのですね」


「いつの間に料理、教えてもらったんだ?」


「アンクさまが買い物に行っていらっしゃってる時です。何かお返しが出来ないものかと、リタさんに美味しいサンドウィッチの作り方を教授してもらいました」


「へー……俺のいない間に……」


「はい、リタさんにはお礼を言わなければなりません。わざわざ家にまで来て、料理を教えてくれるなんて、非常にありがたいことです」


 レイナはサンドウィッチをぱくつきながら、嬉しそうに言った。


 聞くところによると、リタはたまにヒョッコリと顔を見せては、レイナに料理を教えて去っていくらしい。俺から頼んだ訳でもないし、レイナから頼んだ訳でもない。昔馴染みの親切心からか、無料で居酒屋仕込みの個人レッスンをしてくれているらしい。


「おかげで料理が少し上手になりました。最初の頃は塩と砂糖の違いも分からずに、アンクさまに甘い海藻のスープを出してしまったこともありました」


「あったあった」


 思い出した。

 飲んだ瞬間に吹き出した激甘海藻スープだ。わかめにべっとりと砂糖がからみついていたヤバいやつだ。


 レイナはもともと器用な方ではない。どちらかというと不器用にもう1つ「不」がつくくらいの不器用だった。洗い物をすれば皿を割り、掃除をすればテーブルをひっくり返し、料理をすれば暗黒宇宙を産み出した。


「それがこんなに……」


 当時はこんなに美味しいサンドウィッチが食べられるなんて、思いも寄らなかった。そう思うと、感動で涙が出てくる。


 例えるなら、このサンドウィッチは彼女の努力の結晶だ。

 

「ふぅ……」


 お手製のサンドウィッチはあっという間に食べ終わり、コーヒーを飲んで一息つくことにした。


 コンサートまでにはまだ時間があるし、この辺で少しゆっくりして、カルカットを見て回ろうか。いろいろとデートプランに頭を巡らせながら、辺りの風景を眺める、


 木々の隙間をサッと通りかかる小動物や、忙しそうに羽ばたく鳥たちをぼんやりしながら見ていると、レイナが思い出したように口を開いた。


「……そういえば先ほどの話もリタさんに聞いたことでした」


「リタが?」


「はい、ここだけの話だよ、と言っていました。という割りにはそこら中に、アンクさまの『浮いた話』をいているようでしたが」


「全く……あのお喋り……」


 リタの周りには職業柄、さまざまな噂が飛び交う。

 それを聞くのもリタだし、話すのもリタだ。例えるなら人間集音器、そしてスピーカーでもある。非常にたちが悪い。

 

「というか……よく考えれば、あいつも共犯者の1人じゃないか」


「共犯者?」


「いや、何でもない」


 倉庫での媚薬びやくの一件は言わないでおこう。

 あからさまに話を逸らした俺に、何も知らないレイナはおかしそうに笑った。

 

「アンクさまは非常に皆さんと仲が良いのですね」


「幼馴染だからな。それでも何年も会っていなかったし、やっぱり少し壁みたいなものはあったのかな。不思議な感覚というか、コミュニケーションの齟齬そごがあったな」


「そうなのですか?」


「うん。子どもの頃はもっと単純だったからな。異性として見ることはなかったけれど……」


 そこで言葉をにごす。異性がどうとかレイナに話すことではないし、第一問題の本質はそこではない。


 問題は彼女たちと俺が歩んできた道程だ。

 曲がり歪んだ環境は、1人の人間を変えてしまうには十分過ぎるほど影響力がある。

 

「昔とは何かが違う……ということでしょうか」


「違う……か。そうだな」


 レイナの質問はもっともだった。

 俺自身にも疑問に思ったことがある。確かにナツもリタもパトレシアも変わった訳ではない。同じように話して笑ったり、怒ったりする。


 彼女たちの変化とは表面に現れない部分だ。

 例えば、それは2人きりの時にしか見せない顔。もろくて、今にも崩れ落ちてしまいそうな部分が彼女たちにはあるのだと、この数ヶ月でようやく理解した。


 心に負った傷跡はそうやすやすとは消えてくれない。

 『異端の王』が起こした災害は、まだ全て解決した訳ではないのだと、俺は改めて感じていた。

 


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