第32話 大英雄、プレゼントを考える


 無謀なアプローチに失敗したあげく、レイナに家から追い出された。


 平手打ちを喰らって、奥歯まで痛い。しゃれにならないほどヒリヒリする。ちょっと血が出ているかもしれない。


「ダメだったか……」


「ダメだったか……じゃねぇよ! おまえのアドバイスを聞いた俺がバカだった!」


「うーん、イケると思ったんだけどなぁ」


 パンをかじりながら、サティは何度も首を傾げていた。


 結局俺は朝ごはんにもありつくことができずに、家から締め出されてしまった。レイナの機嫌を損ねてしまっただけでなく、朝ごはんもお預けだ。


「くそっ、腹減った」


「一体何が悪かったんだろうなぁ。私の計算ではイチコロだったんだけど」


「全部だ、全部。そもそもが失敗だ」


 膝についた土を払って立ち上がる。

 空腹を訴えるお腹を抑えて、窓の中を覗く。


「ダメだ……完全に怒っている」


 レイナは叩きつけるように皿を洗っていた。ドアの鍵もしまっている。弁解のチャンスは無さそうだ。関係は悪化したと言える。


「まぁ、気にするなって。ネクストチャンスだよ、アンクくん」


「お前のせいだぞ」


 結局、昼過ぎまで家のドアは開くことがなかった。太陽が真上に来て、さらに西に傾き始めても家のドアは固く閉ざされたままだった。


 レイナの姿は見えない。2階でふて寝していると見える。


 それにしても腹が減った。

 腹が減った。腹が減った。朝から何も食べていない。


 手持ち無沙汰で、日向ぼっこしているサティもぼんやりとつぶやいた。


「お腹空いたなあ」


「……全部、お前のせいだぞ」


「あ、アンクだ。おーい。何してるのー」


 家の前で空腹に耐えながら、反省の体育座りをしていると、卵をたくさん抱えたナツが現れた。ロバには他にも大量の荷物を積んでいる。


 俺の姿を見とめると、ナツは嬉しそうに駆け寄ってきた。


「ナツ……」


 救いの神(食糧)が来た。


「ご、ごはん……」


「へ?」


「腹が減った……」


 卵の方へと手を伸ばした俺を、ナツは慌てて止めた。


「ちょっとダメだよ! 卵はそのまま食べたら!」


「た、卵かけご飯……」


「ちょっと、ちょっと、生の卵はダメ! お腹壊すよ! 私のお昼ご飯あるから!」


 ぐったりしている俺を寝かせて、ナツは慌ててロバの荷台から自分のお弁当を取り出した。可愛らしい弁当箱の中から、サンドウィッチを取り出すと口の中につっこんだ。


 ハムとチーズのシンプルな具材。塩っ気と柔らかいパンと、チーズの旨味。それが舌に触れると身体に染み渡った。


「泣くほどうめぇ」


「一体どうしたの……それに、この娘は?」


 ナツは俺の隣でちゃっかり、むしゃむしゃとサンドウィッチを食べているサティに目をやった。


「見ての通り聖堂のシスターだ。名前はサティ。俺に頼みがあるっていうことで、わざわざ来たらしい」


「そうなんだ。もう次の仕事があるんだね……」


 ナツはそう言うと、悲しそうに目を伏せた。そんな表情に何を思ったのか、サティはニコニコとナツに向かって笑いかけた。


「大丈夫、次の指令とは言っても、サラダ村を離れることはない。この家にいながら、出来る在宅ワークだよ」


「そうなの……?」


「そうそう。だから君とズッコンバッコンする暇もあるってことさ」


「ズッコン……バッコン」


 ナツはサティの言葉を繰り返すと、恥ずかしそうに顔を赤らめて手で覆った。


「あー、そいつの言うことは気にしないでくれ。ちょっと思考がかたよっているんだ」


「そうなんだ……そう、ずっこん……ばっこん」


「言わなくて良い」


 俺の幼馴染をこんな腐れ思考の女神に寄せるわけにはいかない。


「そ、それで家の前で座り込んで、どうしたの? もしかして鍵を無くした?」


「いや、そういうわけじゃなくてさ……」


 ナツに今朝起こったことを説明する。レイナに怒られて追い出されたことを知ると、ナツは大きくため息をついた。


「そりゃあそうなるよ。朝っぱらからって……こんな。アンク、女の子の気持ちを考えたことある?」


「……何も言い返せない」


「私だって怒るよ。いくら好きだったからと言って、ないない。こればっかりは私も擁護ようごできないなぁ」


 ナツは腕を組んで、呆れたように言った。

 そうだ、これが普通の人間の反応だ。やっぱり人でなしの女神の言うことなんて聞くんじゃなかった。


「どうにかして、何とか出来ないかなぁ。人間はみんな常に発情期だと思っていた」

 

 サティはナツのサンドウィッチを飲み込むと言った。


「残念。君から何かアドバイスはないかい?」


「うーん、そもそもアンクはレイナちゃんのことをどう思っているの?」


「アンクはレイナと性行為がしたいんだ」


「ナツ、こいつの言うことは気にしなくて良い。俺はただ単純に彼女と仲直りがしたいんだ」


「仲直り……ねぇ」


 ナツは悩ましげな顔で俺のことを見ると、ポンと思いついたように手を打った。


「プレゼントはどう?」


「プレゼント?」


「そう、贈り物。何か特別な贈り物をあげれば、きっとレイナちゃんも喜ぶよ!」


 プレゼントか。

 良く考えたら、お給料もまともにあげられていないし、(性行為は抜きにして)何かプレゼントを贈るというのは悪くないアイデアかもしれない。


「女の子なら、プレゼントは嬉しくないはずがないよ。アクセサリーとか、宝石とか、ぬいぐるみとか」


「バイブレーターとか」


「ばい……ぶ?」


「サティ、少し黙ろうか」


 サティの口に足元の雑草を突っ込んで、口を封じる。「もごもご」と呻く卑猥ひわいな女神はこれで良いとして、何を贈るかっていうのは重要なところだ。


「何が喜ぶかな……」


「うーん、私もレイナさんとそういう話はしたことがないし……、宝石とかアクセサリーとか好きっていうのも聞いたことがないかなぁ。ほら、レイナさんあまり着飾らないほうじゃない?」


「そうだな……ほぼ毎日、メイド服だし」


 白いエプロンと、黒いスカート。使用人としての彼女の制服。それはそれで、見ていて飽きることはないし、レイナも困っている様子はない。


「困るとか困らないんじゃないだよねー。着飾らないのが嫌いな女の子なんていないし」


「うーん、服かぁ。レイナの好みが分からないな……」


 街に買い物に行くのも同じ姿だし、彼女の他の服って言ったらパジャマぐらいだろうか。パジャマをプレゼントっていうのも、また何か勘違いされそうな気がする。


「最初は服じゃなくて、小物にしたら?」


「小物か」


 そう言われて思い浮かんだのは、長い髪を束ねている髪留めだ。

 白い髪に良くえる、黒い木製の髪留め。良いデザインだと思うが、あれに関しては毎日同じものを使っている。


「そうなると、服……と髪留めかな」


「あ、良いかも! 髪留めなら毎日使えるし、レイナさん綺麗な髪してるもんね。今の髪留めも素敵だけれど、もう1個くらいあっても良いかもしれない」


 ナツはうんうんと頷いて、俺の案に同意した。


「せっかく買うなら、大きめの街に行こうよ! カサマド町はそこまで服屋も雑貨屋も多くないから……ここからならカルカット市が良さげかな」


「カルカットか。確かにあそこは人も多いし、店もたくさんあるからな」


「ちょうど私もそこに卵をおろしに行くところだったんだ。良かったら一緒に行かない?」


 ナツは自分が持っている卵を見せながら、微笑んだ。


 彼女の養鶏場から取れる卵はとても評判が良い。黄身が大きくて、味にコクがある。カルカット市を始め、いろんな街の話題のレストランに仕入れているという話は聞いたことがある。


「助かるよ。俺、カルカット市はそこまで詳しくないから」


「任せて。馴染みの服屋さんだったら、割引してくれるし」


「助かる、悪いな」


「ううん。いつもお世話になってるからさ。このくらいは何てことないよ」


 ナツはそう言いながら、嬉しそうに「えへへ」と笑った。帽子をかぶってロバのひもを引っ張ると、カルカット市の方向を指差した。


「じゃあ、行こうか。ショッピングに……! 久々のお出かけだなぁ、

楽しみだなぁ」


 うきうきと声を弾ませて、ナツは先導して歩き始めた。軽やかな足取りで先を進むナツを見て、サティは俺の肩をつついた。


「この際だから、ナツを誘うというのはどうだろう?」


「……何言ってんだ」


「子孫繁栄だよ」


 もはやこの女神が何をし来たのか、正直分からなくなってきた。

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