第21話 『異端の王』


◆◆◆



 師匠と別れた俺は、便利屋のようなことを生業なりわいにして日銭を稼いでいた。世界の各地を放浪して、依頼を受けて解決した。もっとも当時から発生が始まっていた魔物のせいで、そのほとんどは退治仕事だった。


 退治の仕方は主に固定魔法による封印。

 魔法をかけてロープでぐるぐる巻きに縛るか、殴って昏倒こんとうさせるか、おりに閉じ込めるか。なるべく殺さない形で依頼者に引き渡していた。


 依頼のほとんどは『捕獲』ではなく『退治』なので、魔物退治を生業にしている同業者はそのまま殺してしまうことが多い。わざわざ捕獲するよりも殺す方が圧倒的に手っ取り早いからだ。


 依頼者の中には檻の中で暴れ回る魔物を見て、迷惑そうな顔する人も多い。


「魔物なんか生かしておいても困るよ」


 早く殺してくれと言う依頼主をなんとか説得するまでが、いつものパターンだった。


「魔物と言っても元々は単なる動物だからさ。瘴気の当たらないところにおいとけば、一週間くらい経てば大人しくなる。人間になつくこともあるし、そう悪いことじゃないぜ」


「そうは言ってもなぁ……」


「頼むよ、依頼料も割引しとくからさ」


「変な退治屋だなぁ」

 

 わざわざそんな手間のかかることをする理由は、血を見たくないからというのが1番だった。

 鶏をめ殺すのだって、あまりやりたくない。やむなく生き物を殺した時の生々しい感触は、今でも忘れられない。


 サービス残業みたいなものだ。

 魔物化が収まった生物を檻から出す。


「もう瘴気に当てられるなよー」


 自分で預かって大人しくなったところで、迷惑にならなそうな所に放つ。


 魔物と言っても元々は単なる生き物だ。しばらく瘴気のない場所に隔離かくりしておくと、自然に元に戻る。


 魔物化は単なる病気みたいなものだと、師匠は言っていた。

 

『問答無用で殺すな。それを始めたら、どっちが正しいか分からなくなる。白か黒かで判別するよりも、もっと本質的なことに目を向けなきゃいけない。強い力を持っているものならなおさらだ。それを良く覚えておけよ、アンク』


 幸い生まれ持った固定魔法のおかげで、血を見ることは最小限に抑えられた。

 

 そういう風に各地を放浪していたところで、ある街に立ち寄った。

 

 大抵の依頼は大きな街の酒場に集められる。そこで奇妙な依頼を受けたのが始まりだったと言える。


「えーと、手頃そうな依頼は」


 掲示板に貼られている依頼書から自分に出来そうなものを見つけて、依頼者に連絡を取ればミッションスタート。達成すれば、報奨金ほうしょうきんがもらえる。


 その中の一枚。

 時折目立つところに貼られた依頼書を見て、思わず叫んだ。


「討伐報酬、金貨5万枚!?」


 こんな額、初めて見た。

 普通の討伐報酬が金貨2、3枚。それだけあれば、1月は贅沢ぜいたくして暮らすことができる。5万枚もあれば一生暮らすのにだって困らない。

 

 望外ぼうがいの報酬だ。こんなもの誰が依頼したんだ。

 俺が掲示板の前で唖然あぜんとしていると、後ろからビールジョッキを持った男が話しかけてきた。


「やっぱり気になるよなぁ。金貨5万枚」


「あぁ、いったい誰がこんな依頼を出したんだ?」


「街の外れにある聖堂のシスターだ。俺も依頼者に会ってきたぜ。冗談だろうと思って、金貨5万枚を見せろと言ったよ」


「本当だったのか?」


 男はジョッキを傾けて、ニヤリと笑いながら言った。


「本当だった。金庫に山のように積み重なった金貨。手に取ってみたが、正真正銘しょうしんしょうめいの金貨だった。あれだけあれば貴族並みの生活だって夢じゃない」


 酔っ払いの言うことだが、冗談を言っているようには見えない。目は真剣だが、少しせないところもある。


「じゃあ……どうしてあんたはこんなところでほうけているんだ? 依頼を受けなかったのか?」


 俺が怪訝けげんそうな視線を向けると、男はため息をついてビールをテーブルの上に置いた。肩をすくめて、残念そうに呟いた。


「受けなかったんじゃねぇよ。受けられなかったんだ」


「受けられなかった?」


「あぁ。あのシスターと来たら、俺の事を見るや否や『テストがしたい』と言いやがって。結局、不合格で依頼を受けることすらできなかった」


「……どんなテストだったんだ?」


 男はその質問に首を横に振って返答した。


「それは言わない約束でね。まぁ、あんなん誰だって無理だろうけどな。悪いことは言わねぇ。行くだけ無駄足だぜ」


「……そうか、情報ありがとう」


 男にお礼を言って、客でにぎわう酒場を出る。

 無駄足だと言われながらも、興味がそそられない訳はなかった。金貨5万枚も支払うという依頼がどんなものかというのも気になる。


 人通りの多い大通りを歩いていく。

 石畳で作られた通りには出店が並んでいて、果物から武器まで様々な商品を売っていた。途中で昼飯のサンドウィッチを買い、頬張りながら街の外れの聖堂まで向かった。


「こんな遠いところにあるなんて、妙だな」


 『プルシャマナ』では女神信仰が唯一の宗教だ。


 世界を開闢かいびゃくしたと言われる女神サティ・プルシャマナ。女神像をまつる聖堂では定期的にミサが開かれる。女神信仰は人々にとって生活の一部と化していて、こんな辺鄙へんぴなところにあると言うのは珍しい。


「外見は普通だな……」


 その街の外れにあった聖堂も、どこにあるのと変わらない石造りの三角屋根の外観だった。小さなステンドグラスが正面についていて、女神による世界開闢かいびゃくの物語が描かれている。


 木々に囲まれた聖堂の中には、人気がなかった。扉を開けて中に入ると1人の黒い頭巾をかぶったシスターが、小さな女神像に対して祈りを捧げていた。


 俺が近づいてくる気配に気づいたのか、シスターは祈りをやめてクルリと振り向いた。


「ようこそ、宗徒……ではなさそうだね。依頼書を見てきたんだろう」


「あぁ」


「どうぞこちらへ」

 

 シスターは俺を正面の長椅子の方へと手招きした。

 この辺りでは珍しいグレーの瞳のシスターは、フード越しでも分かるほど端正たんせいな顔立ちをしていた。肌の色が雪のように白く、ガラスのようにけて向こうの風景が見えてしまいそうだった。

 

 彼女もまた俺に向かって、遠慮なく観察するような視線を向けていた。


「それで、依頼を受けてくれるのかい?」


「……その前に報酬を確認したい。金貨5万枚って言うのは本当だな?」


「もちろん、付いてきなよ」


 シスターは身を翻すと、女神像の裏側、何の変哲も無い石の壁に歩いていった。積まれた石の一つ一つを、彼女は慣れた手つきで軽く撫でるように触れた。

 

 最後の1つを強く押し込むと、スイッチを押した時のようにカチッと音が鳴った。すると地響きのように聖堂が揺れて、ガガガと自動ドアのように横に開いた。

 

 そこから現れたのは金、金、金。

 まばゆい黄金が積み重なっていた。金貨5万枚、いやそれ以上の数はあるだろう。思わず口から溜息が漏れる。


「すげぇな……」


「押す石の順番は定期的に変えている。だから覚えても意味ないし、私を殺して、金貨を奪おうとしても無駄だよ」


「……たかが1聖堂が持つには不自然な額だ。どうしてこんなに大量の金貨を?」


 ここから確認できるだけでも、小国の国家予算くらいはある。

 俺が視線を向けると、シスターはその清楚せいそな佇まいにふさわしくない、不敵な笑みを浮かべた。


「それはまだ教えられないな。強いて言うなら、討伐対象がそれくらい厄介ってことだよ」


「ただの魔物ではないってことか」


 シスターは神妙な顔して頷き、石のスイッチを押した扉を閉めた。音を立てて閉じていく扉をバックに、どこか聞いたような声でシスターは依頼を口にした。


「私が討伐して欲しいのは通称『異端の王』と呼ばれる魔物だ。そいつは今、まさにこの瞬間、着々と力を増していっている。それこそ女神さえ殺せるくらいの強い力をね。君にはそれを滅ぼして欲しいんだ」

 



 

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