邪神の呪いの活用方法


「ぜやぁぁぁあああ!!」


 シルフが発現させた暴風を拳に纏わせたハルトが高く飛びあがり、上空から一気にレインへと殴りかかる。


 レインは肉体を強化してそれを避けた。

 ハルトの拳が闘技台に当たり──



 ポスンと情けない音を立てて魔法が消えた。


「……あ、あれ?」


 いつものハルトの魔法であれば、闘技台を大きく破壊してもおかしくないくらいの魔力が込められていた。しかしそれは何故か攻撃魔法として成立していなかったのだ。


 攻撃に失敗したハルトは隙だらけだったが、彼が放出した魔力は究極魔法クラスだったため、レインは回避を選択していた。そのおかげでハルトは態勢を整える時間を得ていた。


⦅なんで!? 魔力が拡散しちゃったんだけど!!⦆


 ハルトに纏われ、攻撃魔法を担当することになったシルフから焦りの声が上がる。


「もしかしてシルフ。最下級魔法以外を使おうとした?」


⦅もちろん、そうだけど……⦆


 ハルトから膨大な魔力が流れ込んでくるのだ。シルフはそれを湯水のごとく消費し、触れるモノ全てを切り刻む上位魔法を発動させようとした。


「あー。たぶん俺が纏ってるから、それじゃダメなんだ」


⦅えと、どゆこと?⦆


「俺が呪いで最下級魔法しか使えないのは知ってるだろ? そんで今は俺がシルフを纏ってる。シルフが魔法を使おうとしても、俺の魔法ってことになっちゃうみたい。つまりシルフも今は最下級魔法以外使えないんだ」


⦅えっ!?⦆

⦅あら。それはちょっと、マズいわね⦆


 シルフとウンディーネが取り乱す。


⦅ふむ。ではハルト殿がいつもやっているように、最下級魔法の組み合わせで対応すればよいのだな。


 レインが打ってきた魔法をノームが土壁を出現させて防いだ。彼は既にこの状況に順応しているようだ。


⦅防御はお前の担当だろう、ウンディーネ。仕事をしろ⦆


⦅わ、分かってるわよ! でもコレ、すっごく魔力の変換効率が悪い⦆


⦅中級規模の魔法を使おうとするだけで上級魔法を数発撃てるぐらい魔力使っちゃうね⦆


 精霊という存在は世界に漂うマナを取り込み、それを魔力に変換する。そして魔力を消費して魔法を発動させる存在。ヒトの中にいる精霊がヒトの魔力を使って魔法を発動させるときにはかなりのロスがある。


 しかしこの世界に顕現できる精霊は一切のロスなく魔力を魔法に変換できるのだ。


 だからこそウンディーネたちは混乱した。

 こんなに無駄なことをしても良いのかと。


「魔力のロスは気にしないで良いよ。いくらでも俺から持ってって」


⦅お前たちも、さっさと慣れろ⦆


 戸惑うシルフたちからの支援を受けることなく、ハルトは防御をノームに頼ってレインに突撃する。距離を開けてしまうと、イフリートを纏っているレインの方が有利だと考えたからだ。


⦅しょ、初級魔法一万発分。攻撃魔法として撃っちゃうよ!?⦆


⦅私も移動にそのくらい魔力を使うわ。大丈夫、よね?⦆


⦅ええい! ハルトにそんな確認は不要だ!! 勝手に使え⦆


 ノームは無尽蔵に放出されるハルトの魔力を使ってレインとイフリートの攻撃を防ぎ続けていた。正直、ハルトが単独で戦った方が良かったのかもしれない。でも彼は、この状況を楽しんでいた。


「じゃんじゃん魔力を使って。求められた分は絶対に出すから」


 邪神を殴ってこの世界で生きていく目的のひとつを達成した後も、ハルトは魔法の鍛錬を欠かさなかった。邪神の仕返しに備えるため。そして邪神以上の脅威が現れた時、努力しなかったことを後悔しないために。


 魔力の高速放出と、最下級魔法の組み合わせ。彼にできるのはこのふたつだけだが、たったそれだけを極めてハルトは四大神と戦える力を得たのだ。


 呪いの効果で魔力はいくらでも放出できる。それを魔法にするには体外に放出する必要がある。放出された魔力は精霊であれば自由に魔法へと変換できるが、体外への魔力放出だけはハルトの魔伝炉性能に依存する。


⦅じゃあ、僕これだけもらうね⦆

⦅接近するために、私はこれくらい使うわ⦆


 その場に漂うハルトの魔力の六割をシルフが。残りの四割をウンディーネが魔法へと変換した。


⦅バ、バカ!! ふたりで全部持っていくな!⦆


 防御に使う分がなくなり、今度はノームが焦りを見せる。


「大丈夫。ふたりが使った分はもう補充した。だから、を防いで」


⦅むっ!? ふぐぅぅ!! ──ぬぅぅぅわぁぁああああ!!⦆


 上空から飛来した隕石のように巨大な火炎弾をノームが防ぎ切った。


⦅あ、危なかった……⦆


「やるね。ありがと、ノーム」


⦅いや、取り乱してすまなかった。しかし一瞬であの量の魔力を補充するとはな⦆


「ふふ。さぁ、反撃だ。準備はいい?」


⦅もちろん!⦆

⦅ちょっと手荒に行くからね、ハルト⦆


 足元から出現した水がハルトの後方へ。

 その水が戻って来て彼の背を押した。


 魔人をも容易に押しつぶす威力の水流は、ハルトの身体を超高速でレインの元へと推し進める。


「これすごく速いけど、俺以外には使っちゃダメだよ」

⦅貴方にしかこんなことしないわ⦆


 どんな攻撃でもダメージを受けないハルトにしかできない移動方法だった。


⦅ハルト! 拳を構えて!!⦆

「お、おう」


 シルフは最初に失敗した魔法を、今度は最下級魔法の組み合わせで再現していた。ただ完全再現ではなく、消費する魔力量が増えているので魔法の威力も上がっている。


 問題となるのは威力が高すぎるという点。使用者の肉体にも負荷がかかってしまうのだ。並みの魔導士が同じ魔法を使おうとすれば皮膚と肉が裂け、骨は断たれる。


 しかしそれもハルトだから大丈夫だった。


 邪神の呪いで膨大な魔力を得て。

 邪神の呪いの効果でダメージを受けない。


 邪神の呪いでステータスを〘固定〙されたハルトだから可能な、ありえないほど凶悪な攻撃魔法。それがレインに襲い掛かる。



「……やば。死んだな、俺」


 ハルトの魔力が一瞬だけ彼の周りから消えた。その魔力が防御魔法に回されないと気付いたレインは、切り札だったメテオストームを放ったのだ。しかしそれは容易く防がれ、反撃にヤバいのが突っ込んでくるところだった。


 ハルトの突進を避けるのも防ぐイメージもできず、レインは死を予感した。


⦅諦めるな! 魂を燃やせ!!⦆


 イフリートが強引にレインの身体を動かし、防御の体制をとらせる。


⦅我が必ず、お前だけは生かしてみせる!!⦆


 攻撃に特化したイフリートは防御が得意ではない。だから彼は守りながら攻撃することを選択した。ハルトにダメージが入らないことは分かっている。だから狙うのは彼が纏う精霊王たち。


 ハルトの拳が、身体の前で腕を交差させたレインに触れる。その瞬間にイフリートはハルトの魔衣を攻撃した。自身の身体でハルトの攻撃を受け止めながら。


⦅ぐ、ぐはっ──⦆

「イフリート!!」


 レインが纏っていたイフリートが崩れていく。

 一方でレインは無事だった。


 ダメージは全てイフリートが引き受けていた。彼は攻撃が当たる寸前、ハルトからノームとウンディーネを引きはがすことに成功していた。それにより攻撃の威力が落ち、レインは無傷で助かったのだ。


 一方、ハルトの攻撃をもろに受けたイフリートの両腕は吹き飛び、身体の中央は大きくくぼんでいる。精霊体を構成するコアが破損し、彼は消滅しようとしていた。


「イフリート。す、すまない。俺が、未熟なせいで」


 消えかけるイフリートを見ながらレインが涙を流す。


⦅お前もそんな表情をするのだな。俺のことは気にするな。最期に、楽しい戦いができて良かった⦆


 感動的な別れの場面。

 そこにハルトが割り込んだ。


「あの。このままだとイフリート消滅しちゃうので、召喚を解除してくれますか?」


「……え」

⦅召喚を解除されても、我は消えるぞ⦆


「まぁまぁ。俺が何とかしますから」


 そう言ってハルトは強引にイフリートを精霊界に強制帰還させた。


「う、うそだろ? 他人が呼んだ精霊を勝手に送り還すなんて」


 レインが驚愕する。そんなことができるのであれば、戦いが始まる前にイフリートを強制帰還させておけばもっと早く決着がついたのだ。


「ちょっと時間が無いので、お話はまた後で」


 今日一番の魔力量がハルトから放出される。放出の勢いで、まだハルトに纏われていたシルフが引きはがされるほどだった。


「精霊体のコアがちょっと傷付いちゃったかな? それを修復して。あとは吹き飛んだ両腕を再生。ついでに魔力も補充しとこうかな」


 精霊王は創造神が創った存在だ。それが消えそうになったとして、ヒトができることなど何もないはずだった。


「こんな感じで良いかな。よし! 戻って来て、イフリート!!」


 ハルトが召喚魔法陣を展開する。

 魔法陣が輝き、炎の精霊王が呼び出された。



⦅……まじか⦆


 イフリートのコアと両腕は修復され、レインが強化した時以上のオーラを纏っていた。


「は、ははっ……。ハルト、君は凄すぎる。負けだよ。この戦い、俺の負けだ」


 レインが負けを認めたことで、この対戦はハルトの勝利となった。

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