昇級試験の後始末

 

 ルナが強化した炎の騎士たちは、ガドをボコボコにした。


 一回死んでおけば、蘇生時にルナに降伏することができたかもしれない。でもルナは、たとえ生き返るとわかっていても人を殺すことができない性格をしている。


 それが、ガドにとっての不運だった。


 ルナが炎の騎士たちに、ガドを殺すなと命じたからだ。彼女の補助魔法によって、リューシン級の戦力になった炎の騎士たちが五体。そのうちの一体はルナのそばに控えて彼女を守護し、残りの四体がガドに攻撃を仕掛けた。


 四人のリューシンが手加減しながら、ひたすらガドを攻撃し続ける。俺が開発してから結構月日がたったコイツら炎の騎士たちは、今や各個体がそれぞれ意思を持ち、召喚後はフルオートで最適な行動をとるようになっている。


 俺の炎の騎士は、成長する魔法だった。


 で、その意思を持った魔法たちは、ルナのブレスレットに格納されてた。どうやら炎の騎士たちは、格納状態でも周囲の状況を把握しているらしい。まぁ、そうじゃないと俺の家族のピンチを把握して自ら飛び出せないから、俺の設定ミスとかじゃない。そーゆーことにしとこ。


 要は騎士たちは、この状況を把握していた。 

 ガドなら、ってことを。


 そして騎士たちは、彼らが格納されてるブレスレットの持ち主に褒められると、喜んでるような素振りを見せるんだ。なんとなくそんな感じがする。特にルナの守護を担当する五体は、その傾向が強い。


 以前、ダンジョン探索をするルナを、騎士たちが護衛したことがあった。その時の目的達成後に彼女が褒めたら、騎士たちはガッツポーズをして歓喜していた。


 ルナは、俺の魔法炎の騎士たちに好かれている。


 騎士たちはルナが大好きなんだ。

 その大好きなルナが、補助魔法をかけてくれた。


 だから炎の騎士たちがヤる気を出してしまったのも、仕方ないことなんだろう。この辺は、俺の性格をしっかり引き継いでいると思う。



「まっ、まいっ──ぐぶっ!」


 『参った』とガドが言いそうになるが、炎の騎士がそれを許さない。


 ガドの顔面に、きれいな一発を入れた騎士が、拳を掲げてルナにアピールする。それを見てルナが拍手してしまうから、ほかの騎士たちも『次に褒められるのは自分の番だ』と言わんばかりに次々とガドに殴りかかっていく。


 離れて見ていると、それなりに善戦しているようにも思える。


 ガドは物理系の三次職らしいので、肉体の耐久力は高い。そこにリューシン級の身体能力を持ちつつ、ルナの補助魔法によって力強くも繊細な力加減の攻撃ができるようになった騎士たちが、見えるように戦闘を演出しているんだ。


 あえて戦闘を長引かせて、ルナに褒めてもらうチャンスを得るために。


 さすがにガドが可愛そうに思えるが……。

 もう少しだけやらせることにした。


 試験が始まる前、ギルドマスターのイリーナから、ガドに対しては手加減いらないと言われていた。さすがに手加減なしはダメだろと思って、読心術で彼の記憶をチェックしてみると──


 手加減は不要だなって判断に至った。


 ガドは試験を受けに来た冒険者に対して、今まさに炎の騎士たちがやっていることと同じようなことをしたことがあったみたいだ。それ以外にも、その実力と王国騎士団の権力を盾にやりたい放題していた。


 俺たちがガドを追い詰めることで改心するかはわからない。だけど今後お世話になるギルマスイリーナの頼みでもあるので、やっちゃうことにしたんだ。中にはやりすぎだと思えるのもあったけど。



「も、もう、こうさ──ギャっ」


 ガドの戦闘(?)は、もう少し長引きそうだ。



 ──***──


 炎の騎士がほんの一瞬攻撃の手を休めたタイミングでガドが降参したので、ルナもC級冒険者への昇格が決まった。


 試験が終了したから、闘技場のダンジョン化を解除してみんなを呼び出した。



「お疲れ様。全員よくやった」


 床で黒焦げになって横たわるガドを一瞥したイリーナが、満足そうな顔をしながら俺たちを労ってくれた。ガドの記憶で見たが、イリーナもガドに迷惑をかけられていたみたい。


「全員ガドから、合格を言い渡されたな?」


「はい!」


「よろしい。それでは全員、今日からCランク──」

「だ、ダメだ」


 なんと、黒焦げで倒れていたはずのガドが起き上がり、待ったをかけてきたのだ。


「お前らは、強い。強すぎる。だから俺は……いや。王国騎士団はお前たちを、この国にとっての危険分子とみなす!」


「強すぎて危ないから、Cランクへの昇級も認めないと?」


「当然だぁ!!」


 んー。なんか、めんどうなことになった。

 ガドの思考を読まなくてもわかる。


 仮にこの場で俺たちがこのまま引き下がっても、ガドは俺たちが危険な存在であると国中に言いふらす。そんな性格をしてる奴だ。


 本当にそうなれば、この国にはいられなくなるかもしれない。


 ティナやリファの故郷であるエルフの王国アルヘイムや、メルディの故郷で俺がオーナーになっている獣人の王国ベスティエに亡命することになるのかな。俺は、それでもいいけど。


 ただそれだと、俺の実家に迷惑をかけることになってしまう。一族の中から国に危険視される存在を輩出してしまったというのは、大きなマイナス要因となるんだ。普通なら爵位は剥奪され、国の要職からは排除される。


 俺の兄レオンは王国騎士団の隊長になったし、もうひとりの兄カインは国王陛下の親衛隊長にまで上り詰めたというのに……。


 さすがにそんな迷惑はかけられない。

 だから──



「ごめんね、カイにぃ


 


「まったくだ。お前らは、強すぎる」


 空間を割くようにして、カインが現れた。


 国王陛下が習得したという隠密スキルを、見よう見まねで再現しているようだ。彼も大概バケモノだと言える。


 カインが俺たちの試験を途中から隠れて見ていたのには気づいていた。だからアカリが全力で攻撃したときも一緒に転移で逃げたし、みんなと一緒にここに戻ってきている。


「な!? おっ、お前は!!」

「お久しぶりですね。ガド隊長」


 カインは元王国騎士団に所属していた。ガドと同じく隊長格だったので、面識もあるみたいだ。


「カイ兄」

「うん、大丈夫。任せとけ」


 それだけ言って、カインはガドに向かって歩いていった。



「うちの弟が、危険分子ですって?」


「……あぁ。というか、お前もだろ」


「いやぁ、俺まで一緒にしないで欲しいですね」


 あ、あれ? 

 カイ兄は、俺の味方じゃないのかな?


「確かに俺の弟はバケモノですし、その家族も異常な戦力を持つ者が多い」


「だったら!」


「ですがそれを、んです」


「……は?」


「ほら。こちらをご覧下さい」


 そう言ってカインが、ガドに一枚の紙を手渡した。


「王国騎士団、追放……って、何だコレは!?」


「あっ、間違えました。それ、貴方の騎士団除隊連絡書ですね」


 いい笑顔でカインがそう言い放つ。


「アンタはやりすぎたんですよ」


「い、いや、無理だね。王は俺以外が、二十番隊の奴らの手網を握れないって知ってるはずだ!」


「その辺はご心配なく。俺のもうひとりの弟が、貴方の後釜を兼任しますので」


 えっ。レオ兄が?


「…………む、無理だろ。だって」


「何とかしますよ。大丈夫、俺の弟なんで」


 あっ、もしかしたらカイ兄は、レオ兄にこのことをまだ言ってないのかもしれない。何となくそんな感じがした。後で聞かされて、カインに文句を垂れてるレオンの姿が容易に想像できた。


 でもカイ兄の言うように、レオ兄なら何とかすると思う。



「ちなみに貴方のことですが、随分やりたい放題やってくれてたので『処分』しても良いと国が決めました」


「えっ」


 ガドの表情が曇る。


 その後すぐに剣を握ろうとしていたので、逃げることを考えたみたいだ。しかし彼は、それを諦めた。


 ガドが握ろうとした剣は俺が燃やしちゃったし、ココにはガドが百人いても勝てないだけの戦力が揃っていたから。


「それで貴方をどう処分するかは、私に一任されてるんですが……」


 そう言いながら、カインが俺の方を見てきた。


「ハルト。なんかいいアイデアない? 一応、俺の元同僚だし、殺しちゃうの嫌なんだけど」


 お、俺?


 そんなこと急に言われても……。

 どうしよ?

 


「旦那様。この者は、人族の中では強い分類に入ります。根性さえ叩き直せば、使える人材となるでしょう」


「えと、何かアテがあるの? シトリー」

 

「はい。後進の育成に優れた者が旦那様の配下におります。彼に任せれば良いのですよ」


 後進の育成……。

 あっ、もしかして!


「それって、遺跡のダンジョンにいる彼?」


「えぇ。その者です」


「なるほど……。確かにそれはアリだね」


 ガドの行く末が決定した。



「ハルト。ほんとに任せていいか?」


「うん」


 ガドの腐った根性を叩き直すのは、とあるに任せることにした。

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