Cランク昇級試験(15/16)


 内部の様子が不明だったので、とりあえず俺ひとりで闘技場に戻ってきた。


 ギルドの闘技場内部は、


 俺は闘技場をダンジョン化し、その周囲を転移魔法で狭間の空間に繋いでいた。狭間の空間とは、人間界と精霊界を繋ぐ場所だ。精霊や悪魔たちは、狭間の空間を経由して人間界にやってくる。


 狭間の空間には空気がない。

 だから普通のヒトは、生命を維持できない。


 アカリが全力でガドを攻撃した余波で、俺が構築したダンジョンはそのほとんどが破壊されていた。闘技場の壁や地面が崩壊し、消滅している。そしてダンジョンがなくなった部分は、狭間の空間と直に接していた。


 この場所は今、半分以上が狭間の空間に入り込んでいる。ほかのみんなを連れてこなくて良かった。



 そんな場所にアカリがひとり、黒刀を携えて立っていた。


「アカリ。大丈夫か?」

「は、ハルにぃ!!」


 闘技場の地面はほぼ破壊されているので、足場が存在しない。俺は魔力を固めて足場をつくることで移動できるのだが……。


 そんな方法をまだ教えてもいないのに、アカリは普通に俺の方に走ってきた。


 おそらくアカリが持つ<スキルマスター>が彼女のスキルを自動で組み合わせて、を可能にしているのだろう。この空間で生きていられるのも、たぶん彼女が元の世界の女神さまからもらった加護のおかげ。



 俺の家族に渡してあるブレスレットには、狭間の空間でもしばらく生き延びられるような魔法が組み込んである。どんな環境下でも生命維持に必要な空間を確保しつつ、十日間は俺以外の干渉を拒絶する魔法。神字を用いた魔法陣を幾重にも展開して、それを可能にしている。


 精霊であるマイとメイ、シルフ。それから悪魔のシトリーは、狭間の空間でも生き延びられる。彼女たち以外の家族が何らかの理由で狭間の空間に入り込んでしまった時、俺が助けに行くまでの時間を稼ぐための機能だ。


 しかしアカリは、そのブレスレットの生命維持機能を必要としていなかった。



「ハルにぃ。ち、違うの、私。こんな──」


 俺のそばまでやって来たアカリの身体は、少し震えていた。


 彼女は、自分の力を恐れている。


「大丈夫。アカリは悪くないよ」


 身体の震えが止まるように、ギュッと強く抱きしめながら頭を撫でてあげる。


 次第に腕の中のアカリが、落ち着きを取り戻していった。



 当初の俺は、アカリの全力も受け止めてやれるつもりでいた。


 だけど普段からその力のほとんどに制限をかけて生活しているアカリの力を、俺は全く把握できていなかったんだ。


 彼女の力は、シトリーと戦った時にはすでに完成されていると思っていたのだが……。アカリはまだ、成長途中の勇者だった。



「ごめんな、アカリ。俺はお前の力を、ほとんど把握できてなかった」


「わ、私も。三割でって言われてたのに……。ごめんなさい」


「ちなみにさ。超直感とかスキルマスターは、アカリの行動にストップをかけなかったの?」


 本当にヤバいことになりそうなら、アカリのスキルが彼女を止めるだろうと考えていた。それもあって、アカリが本気で攻撃の準備を完了させるまで俺は動けなかったんだ。


「えとね。直感は『やっちゃっても大丈夫』って。だから、私……」


 あー、そう。

 やっちゃってオッケーって出てたんだ。


 じゃあ、仕方ないな。


 闘技場はほとんど破壊されたが、俺がダンジョン化していたのですぐに復元できる。


 外部への影響としては地面が大きく揺れたものの、物的被害は少なそうだ。もしアカリが起こした衝撃で何かが壊れていたら、H&T商会から補償しよう。


 こうして考えると、アカリの超直感は『最終的に俺が何とかするはずだから大丈夫』と判断したのではないかと思える。


 ……まぁ、いいか。

 実際その通りだし。



 それで、最後の問題。

 試験監督のガドのことだ。


 アカリの攻撃は、俺が創った蘇生の腕輪を完全に破壊していた。


 もちろんガドの肉体と、その魂も。ガドの魂は肉体と共に粉々に──否、さらに細かく霧散していた。もはや、ほぼ消えかけている。


 ここまで破壊された魂を、人間界で復元するのはまず不可能。


 だがここは、狭間の空間。ここでは魂が劣化しない。人間界と違って、死者の魂の残渣が漂ってもいない。


 ここにある魂の欠片を全て集めれば、ガドの蘇生は可能だ。というかなんとしても蘇生しないと、アカリが人殺しになってしまう。


 これは冒険者の昇級試験であって、殺し合いじゃないんだから。



 というわけで、とりあえず闘技場を復元した。

 続いてガドの魂と肉体を修復して──


「ヒール!」


 肉体に魂を戻し、ガドを蘇生させた。


「あ゛? なんだ? 俺は確か、緑髪のガキの試験をやって……」


 ガドの記憶は、アカリと対戦する前まで戻っているみたい。そうなるとアカリがもう一度、ガドと戦わなくてはいけない。


 今度はちゃんと手加減してくれよ?


 アカリを見ると『了解!』というように頷いて、ガドのもとに歩いて行った。



「アカリです。よろしくお願いします」

「い、いや、いい。おお、お前は合格だ!」


「えっ?」


 アカリは戦わずに合格を言い渡された。



「な、なんだコレ? なんであのガキを見ると、身体の震えがとまらねぇんだ!?」


 蘇生された際に記憶を失っていても、心身ともにアカリによって完璧に粉砕された恐怖が、魂の欠片一つ一つに深く刻まれていたようだ。

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