第290話 勇者とエルフの王女

 

「ところでテト、どこにいくの?」


「アルヘイムにいこーかなって」


「あ、エリザさんたちが言ってた、エルフの国?」


「そー! エルフはきれいなほうせきを、いっぱいもってるの」


「で、でもアルヘイムって、この国と戦争してた国なんでしょ? 私、この国でギルドカードを作っちゃった……大丈夫、かな?」


「だいじょーぶだとおもーよ?」


「そう? テトがそう言うなら、行くけど……」


「うん。いこいこ! アカリ、『てんい、アルヘイム』っていって」


「て、転移、アルヘイム──っ!?」


 テトの言う通りに唱えたアカリは、スキル<空間転移>を発動させた。


 ハルトが使うなんちゃって転移とは違い、この世界の地名さえ知っていればどこへでも瞬時に移動することができる、本物の転移スキルだ。


 アカリは身体が、どこかに強く引っ張られる感覚があって驚いた。


 しかし、次の瞬間には──



「とーちゃーく!」

「えっ……えぇっ!?」


 アカリとテトは、アルヘイムのそばの草原に転移していたのだ。


 アルヘイムの王都。その上を覆い尽くす巨大な世界樹に、アカリは目を奪われる。


「あれが、せかいじゅだね」


「世界樹……す、すごい」


 元の世界の常識では考えられないほどの巨木に、アカリはただただ唖然としている。


「アカリ、いこ」


「う、うん」


 テトに促され、アカリは王都に出入りするための検問所へと足を進めた。



 首都機能だけを有するアプリストスの王都とは違い、アルヘイム王都はその内部に広大な農地や鉱山をも有している。


 更にエルフ族は他種族から攻撃されることが多かったという歴史があり、アルヘイムの防護壁はアプリストスのものの何倍も巨大だった。


「壁も、すごくおっきいね」

「ねー」


 歩いて検問所に近づくと、衛兵がアカリを止めた。


「お嬢ちゃん、人族だな? この国に入りたいのか?」


「は、はい!」


「そうか。なら、コレに触りながら名前と、どこから来たか、この国に滞在する目的を言ってくれ」


 アプリストスの時と同じように、衛兵の目を見て王都に入りたいと言ったのだが、エルフは精神攻撃などに対して高い耐性を持つ種族だ。


 彼女がまだ<神眼>を使いこなせてないこともあって、エリックを魅了したようなことはできなかった。


 エルフの衛兵に言われたとおり、アカリは差し出された真偽の宝玉に手を触れて宣言する。


「アカリと言います。ア、アプリストスから。ここには、宝石とかを譲ってほしくてやってきました」


 真偽の宝玉は青く輝いた。

 それが問題だった。


「アプリストス……お嬢ちゃん、アプリストスから来たんだな?」


 衛兵の表情が険しくなる。

 アカリは、なんだか嫌な予感がした。


 ハルトがアプリストスの国軍を追い返し、更に第五王子が王位についた際、アルヘイムへの損害賠償が行われていたが、国交正常化には至っていなかった。


 それぞれの国民が、互いの国を行き来することは可能になっていたのだが──



「悪いな、嬢ちゃん。アプリストスから来た奴には、少しだけ取り調べを受けてもらうことになっててよ」


 衛兵がアカリの手を掴んで、衛兵の詰所へと連行しようとしていた。


「えっ」


「なに、すぐ終わるさ」


 事実、取り調べと言っても、高圧的な態度でアルヘイムでやることを事細かに聞かれるだけで、犯罪歴がなければ王都に入れてもらえる。


 さらに言えば、アプリストスから来た人族であっても、取り調べを受けなくていけないかどうかはその時検問所にいる衛兵次第だ。


 この検問所には、アプリストスが侵攻してきた時、第五王子の私有軍に殺された国境防衛の兵士が数名も配属されている。


 アカリは運悪く、そのうちのひとりにあたってしまったのだ。


 アプリストスとの戦争時に殺され、リュカのリザレクションで生き返った元国境防衛の兵士は、アプリストスからきた人族に対して、多少の嫌がらせをすることを許されている。


 これは、殺された兵士がアプリストスに対して抱く恨みを和らげるため、アルヘイムがアプリストスと交わした密約だった。



 屈強な兵士に腕を捕まれ、どこかへ連れていかれることにアカリは怖くなる。


「テ、テト──」


「そこの衛兵、少し待ちなさい」


 不安になったアカリがテトに話しかけようとしたところに、長い髪をポニーテールにした綺麗な女エルフが声をかけてきた。


「リ、リファ様!」


 その女エルフは、この国の第二王女でハルトの妻のリファだった。


 アカリを連れていこうとしていた衛兵は、リファの突然の来訪に驚きながら、慌ててアカリの手を離してその場に膝をつく。



「この子は、アプリストスから来た子なのですね?」


「そのようです」


「私もアプリストスとの取り決めのことは知っています。もちろん、貴方たちがあの国に恨みを抱いていることも。ですが、こんな女の子にまであたらなくて良いではありませんか」


「も、申し訳ありません……」


「この子は私が連れていきます。問題は、ないですね?」


「は、はい!」


 衛兵が認めたのを聞いたリファは、アカリの手を取った。


「怖がらせてごめんなさい。私はリファ=エルノールと言います。貴女がこの国に滞在中の安全は、私が保証します」


「えっ……あ、ありがとうございます」


「とりあえず、移動しましょう。歩きながら、貴女のことを色々聞かせてほしいの」


「私のことを、ですか?」


「えぇ。さぁ、いきましょ。ようこそ、アルヘイムへ」


 リファに優しく手を引かれ、アカリは彼女についていくことにした。



 ──***──


「そう。アカリは昨日アプリストスに寄っただけで、元から住んでたりしたわけじゃないのね」


「そ、そうです。でも、ギルドカードも作りましたし、これからはアプリストスを拠点にするつもりで……」


 アカリはリファに連れられて、王都のメイン通りにあるオシャレなカフェに入り、リファとケーキを食べていた。


「それなら大丈夫。この国と戦争しようってしてた時のあの国と、アカリは全く関係ないんだから」


 今にも泣きそうになっていたアカリが可哀想で、つい彼女を助けてしまったリファだが、助けて良かったのだと安心していた。


 衛兵が自分たちを殺したアプリストス人に対して強い恨みを持ってしまうというのも、リファは痛いほどわかるのだ。



「アカリ。この国が、嫌いになった?」


「い、いえ! 全く!! それより、こんな綺麗なエルフさんとお話しできて、すごく嬉しいです」


 ラノベの挿絵やアニメなどで、エルフというものを見たことのあるアカリでも、実際に本物のエルフを目の当たりにし、心から感動していた。


「まぁ、嬉しいわ。ありがと」


 そう言って上品に笑うリファに、アカリは釘付けになっている。


 美男美女が多いエルフ族の中でも、ハイエルフで王族のリファは特別に美人だった。



「ところでアカリは、この国に宝石を採りに来たんでしょ?」


「そうです……でも、宝石を採掘させてもらったりするのにも、お金がかかりますよね?」


 あまり考えずにここまでやってきたが、王都の中にある鉱山で、自由に採掘をさせてもらえるわけがないと、アカリは気がついた。


「そうね。この国にある採掘場は異国の人でもお金を払えば使用できる。でも、宝石が採れるかどうかは運次第で、使用料もかなり高額。アカリ、お金はあるの?」


「あんまり、ないです……」


 せっかくここまできて、ちょっと怖い思いをしたのに、どうしようもない壁に当たってしまった。


「んー、それじゃ。はい、コレあげる」


 そう言ってリファが、八つの宝石を取り出してアカリに差し出した。


「えぇ!? そ、そんな……もらえませんよ」


「うちの国の兵が、アカリを怖がらせちゃったお詫びってことで、受け取ってくれない?」


「で、でも……」


 アカリは本物の宝石など母が持っていたものくらいしか見たことがなかったが、リファが渡してきた宝石は、母のそれより綺麗に光り輝き、サイズも大きかった。


 宝石を受け取ろうとしないアカリを見ていたリファが、あることを思いつく。


「これを使った装備を作って売るんでしょ? もし、宝石をタダでもらうのがどうしても嫌なら、アカリが作ったっていうイヤリングを、私にくれない? 交換ってことで!」


「そ、それなら……でも、全然たいしたことないイヤリングですよ?」


「いいのいいの。さ、見せて!」


 リファに促され、アカリはスキルで創り出したイヤリングを見せる。


「えっ、すごい……コレを、貴女が作ったの?」


 とても細かな細工がされたイヤリング。

 リファはそれから、とても強い力を感じた。


「こ、こんなのと宝石じゃ、全く釣り合わないですよね?」


「そんなことないよ! むしろ、私がもっと宝石を渡さなきゃいけないくらい。でも、今はこれだけしかないのよね」


「そ、そんな!? だ、大丈夫です。これだけあれば十分です!!」


 そう言ってアカリは、リファにイヤリングを手渡す。代わりに宝石を受け取ることにした。



 ──***──


 その後、アルヘイムを観光するつもりのアカリと、用事があるリファは別れることになった。


「もしこの国で、なにか困ったことがあったらあそこに見えるお城に来てね。それで門番に、サリオンってエルフを呼んでもらえば、あとはなんとかしてもらえるようにしておくから」


 王城を指しながら、リファが説明する。


「わかりました。リファさん、色々とありがとうございます。でもやっぱり宝石八個にイヤリング一個だと釣り合わないので、またなにか作れたら、持っていきますね」


「そう? それなら私も、今度は宝石じゃないなにかを用意しておこうかしら。アカリと物々交換できるの、楽しみにしてるわ」


 リファの耳には、アカリからもらったイヤリングがつけられている。


「アカリ、またね」

「はい。リファさん、また会いましょうね!」


 カフェを出て、王都の人混みの中に消えていくアカリの背中が見えなくなるまで、リファはずっと見守っていた。

 



「お待たせ、リファ」

「あっ、ハルトさん。お迎え、ありがとうございます!」


 アカリの姿が完全に見えなくなった頃、ハルトが転移でリファを迎えに来た。


「おっ! そのイヤリング、よく似合ってるね。新しく買ったの?」


「ふふ。今日できたお友達に、もらったんです」


 ハルトに褒められて嬉しそうにするリファの耳には、伝説級レジェンドの魔具である、守護のイヤリングが輝いていた。

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