第286話 勇者と生産ギルド

 

「ここ、アプリストスって国なんだ……」


 アカリはテトを抱いたまま、アプリストス王都の真ん中を伸びるメインの道路を歩いていた。


 ここはアルヘイムエルフの王国から一番近くにある人族の王国で、過去にアルヘイムに戦争を仕掛けたことがある国だ。


 その戦争を裏で手引きしていたのは、悪魔アモンだった。


 しかし当時、とある賢者とその仲間たちがアルヘイムにいたことで、悪魔の計画は頓挫した。


 戦争に赴いたアプリストスの国軍は賢者の魔法でこの国まで送り返され、悪魔は賢者に消滅させられたのだ。



「おっきな街だね」


「そーだねー」


「ちょっと、テト。さすがに喋るのは──」


 腕の中のテトが普通に返事をしてきて、アカリは焦った。


「へいきだよ。このせかいには、しゃべるいきものがいっぱいいるみたいだから」


「そ、そうなの?」


「うん!」


 テトには多少、こちらの世界の知識があるようだ。


「テトのことをきかれたら、『つかいまです』って、せつめいして」


「わかった。そうするね」


 話せる動物や魔物をテイムして、使い魔にできるという。アカリは改めて、異世界に来たという実感が湧いてきていた。


 人目を気にせず、テトと会話することができるのだ。そう気付いて少し嬉しくなった。


 ひとりで見知らぬ土地を歩き回るのは、やはり心細いからだ。


「生産ギルドって、どこにあるのかな?」


 彼女はまず、衛兵に教えてもらった生産ギルドを訪れるつもりだった。


 ギルドに登録できれば、身分証明もできるし、こちらの世界で生活していくためのお金も手に入れられるようになると考えたからだ。


「アカリ。あっちのほーだよ」


「えっ。テト、わかるの?」


「うん。テトね、このせかいのこと、すこしだけしってるの」


 方角もわからないような暗い森の中から、アカリを案内してこの国までつれてきたように、テトにはこの世界の道案内をするための知識と能力が備わっていた。


「そうなんだ。それはすごく心強いよ。頼りにさせてね、テト」


「うん。まかせてー!」



 ──***──


 アカリは、テトの案内で歩いてきた。


「生産ギルド……ここだね」


 入口の上に大きな文字で『生産ギルド』と書かれた建物が、彼女の目の前にある。


 普通に衛兵と話していたので忘れていたが、アカリはこの世界の言葉を理解することができた。


 もとの世界の女神が、彼女に<言語理解>というスキルを与えてくれたからだ。


 これはルナが持っているスキルと同じ効果があり、アカリはこちらの世界の神の文字すら読むことができる力を得ている。


 生産ギルドには多くの人が出入りしていて、アカリもその人の流れに紛れて建物の中に入った。



「ねぇ、あなた。なにしてるの?」


 中に入ったはいいものの、どうすればいいかわからずアカリがキョロキョロしていると、後ろから声をかけられた。


「あっ、えっと……」


 振り返ると、茶髪でポニーテールの若い女性が立っていた。


「依頼? それとも、ギルドに登録に来たの?」


「登録をしに来ました」


「そう。それならこっちよ」


 アカリは女性に背中を押され、ギルドの奥の方までつれていかれた。



「それじゃ、この紙に色々と記入してもらうから、そこに座って」


 生産ギルドの奥の方には、依頼の受付などを行うカウンターがあった。ポニーテールの女性はカウンターの中に入って、一枚の紙をアカリの前に差し出してくる。


 どうやらアカリをつれてきた女性は、このギルドの受付嬢だったようだ。


 差し出された紙には、こんな項目があった。


 氏名、年齢、生産可能なアイテム


 アカリはそれぞれの欄を埋めていく。


 氏名:アカリ

 年齢:15

 生産可能なアイテム:アクセサリー


 異世界人だとバレると面倒なので、こちらでは元の世界の苗字は名乗らない方がいいとテトに教えてもらっていたため、名前だけを書いた。


 年齢は元の世界と同じにした。


 生産できるアイテムとして、元の世界で趣味で作っていたイヤリングやブレスレットなどのアクセサリーを思い浮かべてそれを記入した。


「アカリと言います。よろしくお願いします」


 自己紹介しながら、紙をポニーテールの女性に返す。


「はーい、ありがと。あっ、私はエリザっていうの。これからよろしくね」


 受付嬢は、エリザという名前だった。


「エリザさん。改めて、よろしくお願いします」


「うん。それじゃ、ギルドカードを作るから、少し待ってね。それから──」


 リサがカウンターの下から、拳大の水晶を取り出した。


「規則だからね。アカリが本当のことを書いたか、一応コレで調べさせてもらうね」


 彼女がカウンターの上に置いたのは『真偽の水晶』という魔具。


「これを、どうすればいいですか?」


「アカリが書いてくれた紙を手に持った状態で、この水晶に触れながら『ここに書いたことに偽りはありません』って言ってほしいの」


「わかりました。えっと……この紙に書いたことは、嘘じゃないです」


 アカリが右手を置いた水晶が、青く輝いた。


「うん、大丈夫みたいね。ありがと」


 問題はなかったようだ。



「はい。これがアカリのギルドカードね」


 少しして、エリザがアカリに一枚のカードを手渡した。


「ありがとうございます!」


 カードを手にしたアカリが、満面の笑みを浮かべる。


「うふふ、これから頑張ってね」


「はい。頑張ります!!」


 笑顔のアカリを見て、エリザも優しい笑みを見せる。


「ところでアカリは、この王都に住んでるの?」


「ち、違います」


「それじゃ、近くの町とかからここに通う感じ?」


「んと──」


 家がないなんて、言い難い。

 両親がいないってことも。


「もしかして、住むところないの?」


「……はい」


 エリザに言い当てられてしまった。


 アカリはどうしようかと悩んだが、もしかしたらエリザが相談に乗ってくれるかもしれないと考え、素直に答えることにした。


「そう。それなら、このギルドハウスの二階に住んでいいよ。アイテムが売れて、収入が安定するまで最大三ヶ月間は家賃も要らないの」


「い、いいんですか!?」


「えぇ。ウチのギルドは、十八歳以下の若い子たちの自立を支援する機能もあるの。訳ありな子も多いから、なにか問題を起こすか十八歳になるまでは、誰でも住めるのよ」


 とはいえ、貸し与えられる部屋はあまり広くないらしい。自室で色々とアイテムを作ろうとすると、どうしても手狭になってしまう。


 また、多くの新人はある程度実力を付けると王都の武器屋や防具屋、道具屋で師匠を見つけて、住み込みで仕事をするようになるため、ギルドハウスの部屋には割と空きがあるのだという。


「わかりました。それでは、お金が貯まるまでお世話になります」


「りょーかい! 今ギルドハウスには、女の子が五人住んでるの。後で紹介するね。それから部屋の管理とかは私がやってるから、なにか困ったことがあれば相談してね」


「はい。よろしくお願いします」


「それから、少ないけど──」


 エリザがアカリに、小袋を差し出してきた。


「エリザさん、これは?」


「当面の生活費よ。お金、ないでしょ? あっ、勘違いしないでね。これは一時的に貸すだけだから」


「でも、そんな……」


 なんの実績もなく、作ったアイテムが売れるかもわからないのにお金を借りてしまうのは、どうしても気が引けてしまう。


「もしアカリが、生産者として生活できなかった場合、ギルド運営のお手伝いをしてもらいます」


 どうしてもアイテムが売れなければ、ギルドの受付嬢になったり、ギルドハウスの掃除や併設されたレストランでの給仕の仕事などをしていけばいいという。


「アカリは可愛いから、受付担当になっちゃうのもありだと思うのよねー」


「ア、アイテムが売れるように、頑張ります!」


 アカリはこの世界に、魔王を倒すためにやってきたのだ。情報収集などのために拠点や資金を確保したかったので、生産ギルドに登録するのは問題ない。


 しかしギルドの受付嬢になって安定した生活ができるようになってしまったら、それに満足して魔王のことなど放置したくなってしまうかもしれない。


 アカリは、責任感の強い少女だった。

 彼女の第一の目標は、魔王を倒すこと。


 しかし魔王を倒したとしても元の世界には帰れないので、魔王を倒した後のこともアカリは少しずつ考え始めていた。



「それじゃ改めて、よろしくね。アカリ」


「よろしくお願いします!」


 異世界に来て、色々と不安があったアカリだったが、こうして無事に活動拠点を手に入れることができた。

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