第284話 勇者アカリ
とある人族の国。
その王都の近くにある森に、ひとりの少女が転生してきた。
少女の名前はアカリ。
遥人がいた世界の神が、勇者として送り込んだ勇者だ。
転生前と、顔や体型はあまり変わっていない。
「ここが、異世界……?」
アカリが小さい頃、兄と一緒に遊んだ森と、どこか似ていた。
また、神からもらったチート能力が圧倒的すぎて、彼女が纏うオーラを感じた魔物たちは全て、この付近から逃げ出していた。
アカリはスキル<神眼>を持ち、魔物の位置なども把握することができるのだが、彼女が無意識に探知できる範囲には、魔物はおろか小動物の姿すらない。
そのため見知らぬ土地に転生させられているのだが、彼女は一切の不安を感じていなかった。
⦅アカリ、聞こえる?⦆
「め、女神様?」
アカリの脳内に、女神の声が響く。
⦅うん。無事に転生できたみたいね。どこか痛いところとかはない?⦆
「えと……だ、大丈夫そうです」
⦅よかった。とりあえず貴女が今いる森から少し歩いたところに街があるみたいだから、まずはそこまで行ってみて! 道案内は、
「え……あっ! ネコちゃん!!」
アカリの足元に、子猫が擦り寄ってきた。
この黒い子猫をアカリは見た記憶がある。
「ネコちゃんも、私と一緒に死んじゃったの? ……助けてあげられなくて、ゴメンね」
アカリが子猫を抱き上げ、優しく抱きしめた。
道路を渡ろうとしていたこの子猫が車に轢かれそうになったのを助けようとして、彼女は死んでしまったのだ。
アカリは、この子猫を助けられなかったのだと思っていたのだが──
「ううん。テトね、しんでないよ」
「えっ」
突然、腕の中の子猫がアカリに話しかけてきたので、彼女は驚いた。
「アカリのおかげで、たすかったの。だから、こんどはアカリをたすけたくて、テトはここにきたの」
「……テトちゃん、っていうの? しゃ、喋れるんだね」
「うん!」
⦅その子は『バステト』という下級神の一柱で、私はテトと呼んでいました。訳あって力を失ってしまったので、人間界でしばらく生活させていたの。そんな力のない状態で不注意にも死にそうになったところを、貴女に助けてもらったのよ⦆
「そうなの。だからこっちでは、テトがアカリをまもるから!」
⦅私の世界では力を失っていたこの子も、そちらの世界に転生させることで本来の力を取り戻したから、きっとアカリの役に立つはずよ⦆
「そうなんですね……わかりました! それじゃ、これからよろしくね。テトちゃん」
「うん! それから、テトのことは、テトってよんでー」
「う、うん。テト、わかったよ」
「えへへー」
神が守ってくれると言う。
それはとても心強い。
でも──
「あっ、アカリ。それ、きもちいい。もっとやって、もっとー!」
腕に抱いたテトのお腹を、アカリはなんとなく撫で始めたのだが、その反応がとても可愛らしかった。
「ふふふ。ここ? ここは?」
「そ、そこ、もっと!!」
すごく気持ちよさそうにするテトが、可愛くて仕方ない。
異世界にやってきた自分のために、テトがわざわざ転生してついてきてくれたというのも、すごく嬉しかった。
アカリを守るためにテトがついてきたはずなのだが、逆に彼女はなにがあってもテトを守ると決心していた。
⦅さて、私が干渉できるのは、ここまでね。アカリが魔王を倒しても、そっちの世界で暮らすことになるけど、大丈夫?⦆
「はい。テトがいれば、頑張れると思います!!」
「テトも、がんばる!」
⦅そう。それじゃ、ふたりとも元気でね⦆
女神の声が聞こえなくなった。
それと同時に、アカリの異世界生活がスタートした。
彼女には、やりたいことがあった。
それを達成するためには、とてつもない時間がかかるかもしれない。
そもそも、目標を果たすことなどできない可能性もある。
でも、ここは異世界。
魔法が使える、ファンタジーの世界だ。
喋るネコがいる。
神様と、会話もできた。
なにか不思議な──もとの世界ではありえないことが起きることがある世界。
ここなら、願いが叶うかもしれない。
「テト……私ね、魔王を倒したらやりたいことがあるんだ。それも、手伝ってくれる?」
「もちろん! テトは、アカリのおてつだいをするために、ここまでついてきたの。アカリと、ずっといっしょだよ」
「ありがと」
アカリの中には、魔王と戦わなくてはならないという恐怖など微塵もなかった。
女神がくれた<不屈>というスキルが、どんな恐怖にも挫けない強い心を彼女に与えていたからだ。
恐怖の代わりに、彼女の中にあるのは未来への希望。
「待っててね。絶対、会いにいくから」
元の世界では、もう絶対に会うことのできない人に会うため、彼女は転生を受け入れた。
しかし、女神様にもらった力だけでは、まだ足りない。
どんなことでもする。
今は持っていない力を、なんとしても手に入れる。
時間を戻す力。
過去に跳ぶ力。
もしくは……死んだ人を甦らせる力。
いずれか力を手に入れ、なんとか再会したい人がいた。
──そんな強い意志を持ち、アカリは会いたい人の名前を口に出す。
「待ってて、はる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます