第277話 世界間転移魔法

 

「元の世界か。戻りたいって、思ってた」


「昔は──ってことは、今は違うのですか?」


 ちょっとルナの表情が、明るくなった気がする。


「みんながいるからね。元の世界に戻るより、俺は家族のみんなと一緒にいたい」


「ハルトさん!」


 ルナが抱きついてきた。

 なんだか嬉しそうだ。


「実は……私、元の世界に帰る方法を見つけたんです」


「えっ!?」


「でもそれをハルトさんにお伝えしたら、ハルトさんがいなくなってしまうのでは──って思って、お話しすることができませんでした」



 去年、俺たちが踏破したこの世界最古のダンジョン。そこの最終フロアには様々な情報が、神字で書かれた巨大な石碑があった。


 あまりにも色んなことが書き込まれていて、どんな文字でも読むことができるルナであっても、一日で全てを把握することはできなかった。


 だから俺とシトリーが数日間、ルナをそのダンジョンまで転移で送り届けて、ルナが解読するって作業を続けた。


 そこでルナは『世界間転移魔法』に関する情報を得ていたのだとか。


 こちらの世界から、俺とルナがいた世界に転移する魔法──これが俺とルナのコンビなら、使えてしまうらしい。


 必要なのは神字を用いて描かれた魔法陣だけなので、無限の魔力を持つ俺が、ルナの指示通りに魔法陣を描けば良い。



「黙っていてごめんなさい……やっぱり、元の世界に戻りたくなりました?」


 一通り説明を終えたルナが、不安そうな表情で俺を見てくる。


「ルナ、教えてくれてありがと。そのうち一度は元の世界に帰って、様子を見てみたいかな。家族……特に俺の妹が、元気でやってるか知りたい」


 ただ、不安もある。

 元の世界には俺が知る限り、魔法なんてものはなかった。


 俺が元の世界に帰ったとして、こちらの世界に転移魔法で戻ってこられない可能性もある。


 それだけは、絶対に嫌だった。


「ルナやみんなと会えなくなるのは嫌だな。だから、こっちに戻ってこられるって確証が持てるまで、俺は世界間転移魔法を使わないつもり」


 俺にはまだ、やるべきことがある。


 少なくともそれを達成するまで、元の世界に行ってみようとは思えない。



「でも、ルナがどうしても元の世界に戻りたいなら、俺はそれを手伝うよ。ルナがいなくなっちゃうのは……本当は、嫌だけど」


「わ、私はいなくなりませんよ! 私はハルトさんの妻で、エルノール家の一員です。私の家は、こちらの世界にあるのですから」


 この言葉に嬉しくなってしまい、全力でルナを抱きしめた。


「ハ、ハルトさん……ちょっと、苦しいです」


「ごめん。少しだけ、ルナがいなくなるかもって考えたら、なんかすごく怖くなった」


 ルナが元の世界に戻る方法を知りながら、俺にそれを伝えられなかったのは多分、今の俺と同じ気持ちになっていたからだ。


「俺は、いなくならないよ。ずっとこの世界にいる。ルナや、みんなと一緒に」


「そうじゃ。主様に、いなくなられては困るのじゃ」


 いつの間にか、ヨウコが起きてきた。

 途中から話を聞いていたようだ。


「ハルト様。もし元の世界に戻る時は、私もお共しますからね?」

「「私たちも、ついていきます」」

「私も! ハルトさんの世界にマナがあるか、少し不安ですけど……」


 ティナやマイ、メイ、リファも俺のそばにやってきた。


 リファは俺の元いた世界に、マナがあるのか心配している。純粋なエルフ族は、完全にマナがない空間では体調を崩しやすくなるからだ。


「ハルトの世界にマナがなければ、僕らで増やせばいいんじゃない?」


 膨大な量のマナの塊である精霊王のシルフが言うと、実現できてしまいそうな気がする。


「あちらの世界にも女神様がいましたからね。魔法も、私やハルトさんの知らないところで、使っていた人がいたのかもしれません」


 ……そうか。


 ルナは元の世界で、女神様に会っている。てことはあっちの世界も、俺が知らないところで実はファンタジーの世界だったのかもしれない。


「ハルトが異世界に行く時は、我を連れていくと良い。なにかあっても我が異世界の神と交渉して、こちらに帰れるようにしてやる」


 シロが心強いことを言ってくれる。

 さすがは神獣だ。


「たとえ異世界の神との交渉に失敗しても、創造主が我を見捨てるとは思えん。我がついていけば、まず安心だ」


「創造神様を頼るのかよ」


「そうだ! そのための神獣だ」


 なんか色々と間違ってる気がするけど、神様といつでも会話できるシロがいるのは、やはり心強い。


 いつか世界間転移を使うときは、必ずシロをつれていくことにしよう。



「にゃー。みんな、集まって……もう、朝ごはんかにゃ?」


 メルディが起きてきた。


 俺とルナの会話を聞いていたティナやヨウコたちとは違い、彼女は本当に今まで寝てたようだ。


 スライム娘たちはまだ寝ているが、それ以外は全員、起きてきた。


「メルディ、おはよ。みんな起きてきたし、これから朝ごはん用意するよ。もーちょい、待っててな」


 普段、俺が料理をすることはあまりないのだけど、ここは俺の屋敷ではない。


 こーゆー時くらいは、俺が料理してみんなに振舞おうと思う。


「今日は、ハルトがご飯作るのかにゃ?」


「そのつもり」


「ハルト様、よろしいのですか?」


「うん。たまには俺も料理したい」


 そろそろ、狩りに行かせた氷の騎士たちが帰ってくるはずだ。


 俺は周囲の警戒のために、付近に氷の騎士を数体放っていた。そのついでに、食用となる魔物を狩らせたり、果実を採取させていたんだ。


 ちなみに炎の騎士にしなかったのは、アイツらは夜の隠密行動に向かないからだ。炎の騎士が歩き回ると、すぐに魔物に気づかれて逃げられる。


 そうすると今いる森の全体が騒がしくなって、みんながゆっくり寝られない。



「ハルトがご飯作るなら、チャーハンがいいにゃ!」


「朝からチャーハンはないだろ」

「いくらハルト様の手料理とはいえ、チャーハンはちょっと……」


 リューシンとティナは、嫌みたい。


 俺も、朝からチャーハンはないと思う。

 そもそも米がない。


「ならば、ピザはどうじゃ?」

「あっ、ピザいいですね!」


 ヨウコの提案に、ルナが賛同する。


 ピザならいいか……いいのか?


 ──って、生地とかないんだけど。



 そう思ってたら、氷の騎士たちが帰ってきた。


 都合よく『パンの実』という、焼くとパンみたいになる実を収穫してきたようだ。


 そしてそれを確認した数人が、その場から姿を消した。


 少しして──



「「トトマトのソース、取ってきました」」

「妾はチーザを」


 いつの間にかマイとメイ、シトリーが屋敷まで戻って、トマトっぽい果実のソースと、チーズを取ってきた。さすがにソースは無理だよなって思ってたから、ナイスだ。


「ハルト様。氷の騎士たちがホーンラビットを仕留めてきたようです。これらの血抜き、やっておきますね」

「母様、我も手伝うのじゃ」


 キキョウが、角付きの兎を数羽持っていた。


「うん。よろしく」


「ハルト様、これで焼きましょう!」


 ティナが石のゴーレムを召喚し、なにやら指示を出したかと思うと──


 あっという間に、石窯が完成した。

 ゴーレムが石窯に変形したんだ。


「おぉ。凄いな、コレ」


「ハルトー! ハーブ取ってきたよ」


 ティナのゴーレムに関心していたら、シルフがバジルっぽい葉っぱを取ってきてくれた。


 これでマルゲリータが作れるな。

 ホーンラビットの肉は、肉ピザにしてみるか。


 ……あれ?

 俺、ほとんど料理してなくね?


 俺が朝ごはんを作るって言ったが、なんだかんだみんなで手分けして、作業をし始めている。


 朝から大事おおごとになった。



 でも、こーゆーのも楽しいな。

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