第265話 ゴブリン(?)討伐

 

 グレンデール王城の、とある一室に──


「カイ兄、呼んだ?」


 短めの黒髪、青眼でガタイのいい青年が、ノックもせずに入ってきた。


「あぁ、忙しいとこ悪いな」


 テーブルの上の書類に目を通していたこの部屋の主も、黒髪青眼の青年だった。


「ま、とりあえず座ってくれ」


 この部屋の主──カインが来客用のソファに移動して、彼の弟であるレオンを呼ぶ。


 彼らふたりは、ハルトの兄だ。



「カイ兄が俺を直接呼ぶのって珍しいな」


「あぁ、ちょっとヤバそうな案件なんだが……」


「ん? ヤバいのになんで──って、そうか。直感の方か」


「話が早くて助かる。俺の直感が、この王都付近の村でかなり強い魔物が出る、もしくは既に出現してるって教えてくれた」


 カインは超直感というスキルを持っている。


 そのスキルによって、王国騎士団クラスの力がなければ討伐できない魔物が出現することを知ったのだ。


 彼のスキルは未来予知ではないので、外れることもある。


 しかし、国が危機になるレベルの事案に関する直感は、外したことがない。



「……で、確証がないから、俺に見てこいと」


「そーゆーことだ。多分、危険度Aクラスの魔物が出現する。騎士団のメンバーを数人つれていくべきだな」


「カイ兄がそこまで言うのなら、ガチでヤバいんだろうな。ただ、そうしたいのは山々だけど……正式な命令じゃないから、さすがに部下たちはつれてけねーよ」


 レオンの戦闘職は、この世界最高の『三次職』──その一歩手前である、守護戦士見習いだった。


 この国において、最強クラスの戦士である。


 そんな彼であっても単独では危険だと、カインの超直感が告げていたのだ。


 しかし、カインはレオンの上官ではない。

 彼に命令できる立場ではなかった。


 だから、ここでの話はあくまで兄が弟に頼み事をしているというだけのこと。


 兄の頼みを聞くだけならレオンは引き受けただろう。そこに部下を連れていくとなると、万が一の場合を考える必要がある。


 兄の直感は当たるので、できれば部下を連れていきたい。そのためには騎士団長を説得する必要があった。


 しかし、そうも余裕はなさそうなのでレオンがひとりで偵察に行くことを考えていると──



「ならばわれが、正式に命令をくだそう」


「へ、陛下。いらしたのですか」


 カインの部屋の奥から、音もなく現れたグレンデール王に驚きながら、レオンは膝をつき頭を下げる。


「うむ。我もなかなか、気配を消すのが上手くなってきただろ?」


「……はい」


「レオンが気付けないほどとは、やりますね」


 シルバレイ伯爵家には、三人の息子とひとりの娘がいる。


 その長男カインは超直感、長女シャルルは読心術を持ち、三男のハルトは異世界からの転生者だ。


 シルバレイ家の次男レオンには、カインやシャルルのようなチートスキルも、ハルトのような無限の魔力もない。


 しかし彼は、常人離れした観察眼を備えていた。


 エルフの王族のみに伝わる隠された所作──それを見抜くほどの観察眼を備えたレオンであっても、同じ部屋にいたグレンデール王の存在を認識できなかったのだ。



「まぁな。最近の楽しみは、我の護衛の暗部の目を盗んで、奴らの背後に回り込み『おつかれ』と声をかけることだ」


「な、なにしてるんですか……」

「陛下、それはもうやめてほしいと、暗部から苦情が来ています」


「そ、そうか、すまん。奴らの驚く顔が面白くて……つい」


 だいぶヤンチャな、王だった。


 王としては笑いが取れると思っていたのだが、カインに怒られてしまったので、強引に話題を変えることにした。


「あー、では、改めて。王国騎士団、第十三部隊隊長レオンに命ずる。部下を率いて、魔物を倒してこい。詳細は、カインから聞くよーに」


 グレンデール王は、普段からこんないい加減な命令を出す王ではない。


 この場に、王子であった頃からの友であるカインと、その弟のレオンしかいないのでこんな態度を取っている。


「それでは、頼んだぞ。怪我などせんようにな」


「はっ!」


 レオンに声をかけてから、グレンデール王はカインの部屋を出ていった。



「……陛下って、カイ兄が呼んだの?」


「あぁ。お前に部下を連れていかせるためにな」


「普通に玉座で命令してくれればよくない?」


 通常、王が直接指揮権をもつ騎士団に、指令を出す際は玉座の間で行われる。


「やりたいことがあるって言われてな」


「あー、そういうこと。最近陛下が修得したっていう隠密スキルが、俺の眼に通用するか試したかったのね」


「そうみたい。手間をとらせて、悪かった」


「いいよ。それじゃ、俺は部下たち集めて準備進めるわ」


「あぁ。気を付けてな」


 その後カインから魔物が出現しそうなエリアの情報を聞き、レオンは部屋を出ていった。




 ──***──


 王都から少し離れた場所にある村。その近くの山にある洞窟の最深部にて──


「おっ、おぉ?」


「ナ、ナンダ、貴様ラ!! 何処カラ現レタ!?」


 両手に枷を付けられた少女を、今からまさに嬲ろうとしていたが、突如目の前に現れた男女に驚く。


「あれ? ゴブリンのはずじゃ……」


「ハルト様、周りにいるのはゴブリンです。もしかしたら、ボスだけ進化したのかもしれません」


「あぁ、そっか。そーゆーこと」


 ゴブリンの巣の最奥に、転移で現れたのは賢者ハルトと魔法剣士ティナ。


 ふたりは、ここに攫われた少女レイナを助けに来たのだ。


「ナニヲ言ッテイル!?」


 オーガが少女を後方のゴブリンの集団に向かって放り投げると、壁に立てかけてあった巨大な肉切り包丁を掴んで、ハルトに斬りかかった。


 ゴブリンの群れのボスがなんらかの要因で大量の魔力を取り込み力をつけ、ゴブリンロードを経てオーガへと進化した。


 オーガは高い知能と戦闘技術、攻撃力と魔法への耐久性を持ち、Aクラスの魔物の中では最強の魔物だ。


 そんなオーガの一撃を──



 ハルトは素手で、容易く受け止めた。


「ナッ!?」


「ティナ、彼女を頼む」

「お任せください!」


 守護の勇者と共に、世界中の魔物を屠り続けたレベル250の魔法剣士にとってEランクの魔物ゴブリンなど、いくらいても障害にならなかった。


 オーガに投げられ、ゴブリンの集団の中心にレイナが落ちる前に、そのゴブリンの集団はティナの魔法で跡形もなく消滅する。


「──っと」


 落下地点で構えていたティナの腕の中に、レイナがおさまった。


「もう、大丈夫ですよ」


 気を失っているレイナに、ティナがヒールをかけた。


 ボスがオーガに進化するほどの群れだったのだ。当然、ティナが殲滅した集団以外にもゴブリンは何十体といる。


 しかしそのゴブリンたちは、ティナとレイナに近づくことができないでいた。


 ハルトの魔法──炎の騎士が、無数のゴブリンから彼女らを守っていたから。



「ギ、ギギ、貴様、何者ダ!」


 力自慢のオーガが全力で力を入れているにもかかわらず、その武器はピクリとも動かない。


 対してハルトは親指と人差し指で、肉切り包丁の先を摘んでいるだけ。


「賢者の、ハルトだ」

「──ッ!?」


 ハルトが力を込めて包丁を振ると、オーガが洞窟の天井付近まで真上に吹き飛ばされた。


 そして重力に従い、落ちてくる。


 落下地点には、刃の部分が真っ黒に染まった肉切り包丁を構えたハルトが待っていた。


「マッ、マテ──」


 オーガは地面に落ちるまでに、元の姿がわからないほど細切れにされた。



「コレは、ゴブリンじゃないからノーカンな」


「承知致しました。ですが私は既に、ゴブリンを十体以上倒してしまいました」


「じゃ、俺の分ちょっとあげるよ」


「ありがとうございます。ですが、その分を入れてもこれは──」


 群れのボスオーガはいなくなったが、ゴブリンたちは逃げようとはしなかった。


 この世界のゴブリンは、強力なボスが誕生すると群れとしての結束力が強まる。そしてボスが倒されても、次に強い個体がボスを引き継ぎ、群れを維持しようとする。


 この習性はハルトたちにとって、都合が良かった。


 洞窟内には軽く百を超える数のゴブリンがいた。これがここから逃げ出したら、周辺の村や町が危険に晒されるからだ。


 とはいえ、彼らにはゴブリンを倒せるのは、ひとり九体までという縛りがあった。


 特に守る必要のない縛りなのだが──



「んー。とりあえず、逃げようか」


 自分で勝手に決めたルールを守るため、ハルトはこの場から撤退することにした。


 ハルトが転移魔法を発動させようとしていると、彼とティナ、レイナを囲むゴブリンの群れの後方で爆発が起きた。


「旦那様、転移でみんなをお連れしました」


 ハルトの家族のひとりであるシトリーが、彼の家族や仲間を連れて転移してきたのだ。


 村人たちは安全な所で待機させているようだ。


「シトリー、ありがと!!」


 この瞬間、この場にいるゴブリンたちの全滅が確定した。




 ──***──


「レオン」


「あっ、カイ兄。見送り? 俺たち、今から出るとこ」


「そのことなんだが……すまん!」


「えっ? な、なに?」


「敵が、いなくなった。多分」


「……は?」


 レオンと共に武器や防具を準備していた三十人の騎士団員たちは出撃することなく、この日は解散することとなった。

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