第264話 ゴブリン討伐

 

 ゴブリン討伐の依頼を出した村についた。


 村の中央広場に、十数人の村人が斧やクワなどを持って集まっている。


 おかしいな。


 冒険者ギルドに依頼を出したのに、なんで村人がこれから戦いに行くような準備をしてるんだ?


 少し疑問を持ちながら、俺は集団の中心にいた人に声をかけた。


「あの……」


「ん、なんだ? わけぇの、どっから来た?」


「ハルトと言います。王都の冒険者ギルドから派遣されて来ました」


 そう言いながら、ギルドカードを見せる。


「……なに?」

「も、もう来てくれただが!?」

「いや、待て。コイツ、Fランクだぞ」

「なんでぇ。最下級の冒険者でねーか」

「ゴブリンはEランクの魔物だぞ?」


「一応、ギルドは俺たち五つのパーティーで対応すれば問題ないと判断しています」


 そう言いながら、俺の後ろにいた仲間を紹介した。


「ア、アレ全部お前さんの仲間だか!?」

「あんなに大勢で……」

「強そーな騎士様もいるだ」

「村長、い、いったいいくら報酬を出すって言ったんだ!?」

「ワ、ワシはゴブリン討伐で必要って言われた金額を了承しただけだぞ!」


 なんか、報酬の件で揉めそうだった。


 ちなみに俺たちは五つのパーティーでここまで来たが、報酬は増額されたりはしない。


 報酬増額の交渉もしなかった。

 だからこの村が支払う額は増えてない。


 その代わりギルドポイントを多めに付与されるよう、受付のお姉さんが取り計らってくれたみたい。


 お金が増えるより、早くギルドポイントが貯まるなら、そっちの方が嬉しい。


「ご心配なく。俺たち、冒険者ギルドに登録したばかりなんですよね。だからランクが低いし、報酬も安いんです。でも安心してください。ゴブリン数体の討伐なら、問題なくできるくらいの実力はありますから」


「……すまんが、依頼内容が変わりそうなんだ」


「えっ」


「実は村の娘が、ゴブリンに攫われてな」


「ヒトが攫われた!? そ、それは森の中ですか? それとも、この付近?」


「この村のすぐそばだ」


「じゃあ、ゴブリンの群れが──」


「んだ。かなり大きな群れになっとる」


 ヒトの居住地のすぐそばで、ゴブリンがヒトを襲うようになるということは、その群れがかなり大きな集団になっていることを意味する。


 こうした情報は、この世界では割と一般常識として広く知られていた。



「お前さんたちに追加の報酬を出せるほど、うちの村は裕福ではない」


 村長と呼ばれていた男が、手に取った斧を握りしめながら、暗い顔でそう言った。


「悪いが、帰ってくれんか? 手付金はギルドから払われるはずだ」


 俺たちに帰れと言う。


 周りを見渡せば、女性や子供の気配は既になく、ここにいるのは武器になりそうなものを手にした男たちだけ。


 彼らは、覚悟を決めた目をしていた。


 あぁ……そういうことか。

 金がないから、この村は滅ぶ道を選んだのか。

 その最後の抵抗で、今からゴブリンの巣に行こうと準備をしていたのだろう。



 せっかく覚悟を決めてもらったところで申し訳ないけど──


 そんなこと彼らの覚悟とかどうでもいい。


 俺たちがこの村に来た時点で、最悪のルートは回避されてる。


 ゴブリンが百体いたとしても、この村が滅ぼされることはない。


 俺たちが、ここに来たのだから。



「ゴブリン数体の討伐はやりますよ。俺たちは、そーゆー依頼を受けてきたのですから」


 ──そう。


 ゴブリンをだけなら、依頼の範囲内だ。


 九体までなら『数体』の範囲内だよね?


 で、俺たちは十九人と一匹いる。


 全員が九体ずつゴブリンを倒したとして、百八十体までは倒しても、依頼の範囲から外れたことにはならない。


 百体超えてたら、数とか数えないと思うけど。


 苦しい言い訳かな?


 でも、守護の勇者をやってた時は、無償で世界中の村や町を救ってきたわけだし、このくらいは別にいいと思う。


 直近の問題は攫われた女性がいるってこと。

 早急に助け出すべきだ。


「攫われた女性がいるのですよね? 早く助けに行きましょう」


「ほ、本当に手伝ってくれるのか? もしかしたら、百を超えるゴブリンがおるかもしれんのに……」


「危なくなったら逃げますよ。俺たち、冒険者なんで」


 自分の命を最優先に考える冒険者という職業は、基本的に危険を感じたらすぐに逃げる。


 ベテランの冒険者ほど危険を察知する能力が高く、自らの力量で対応できない敵とは戦わないようにするんだけど──


 俺たちは、なったばかりの冒険者だ。

 危険を察知する能力が低くても仕方ない。



 敵は百体くらいのゴブリンの群れか……。


 もしかしたらゴブリンマジシャンとか、ウォーリアーとか、ゴブリンロードがいるかもな。


 敵の戦力を予測しながら、俺の後ろにいた仲間を見渡した。


 英雄と聖騎士、聖女、神獣、竜が三体、精霊王が三人、などなど。



 ──うん。多分、大丈夫。

 危険な感じはしない。


 俺がFランクの冒険者だから、危機察知能力が低いだけかもしれないけど、なんかいけそうな気がする。


 大丈夫。


「そうか……それは心強い。危なくなったら逃げてもらって構わん。同行を、お願いできますかな?」


「お任せください」


「皆、聞いたか。こちらの冒険者──」


「ハルトです」


「ハルトさんたちが、レイナの救出に手を貸してくださるそうだ」

「あ、ありがてぇ」

「よろしく頼む!」


 捕まったのはレイナさんって娘なんだな。

 早く助けに行かなくては。


 女性がゴブリンに捕まると、繁殖のための苗床にされる。攫われてからそんなに時間は経ってないようだけど、急いだ方がいい。


「ティナ!」

「はい」


 少し離れたところで、みんなと一緒に待機していたティナを呼び寄せる。


「この辺りでゴブリンっぽい魔物の群れがいる場所、わかる?」


「んーと……あっ、あちらです!」


 ティナの広域魔力探知能力は、世界最高クラスだ。


 即座にゴブリンの巣を見つけてくれた。


「あっちにゴブリンの巣があるようです」


「おぉ、なんと」

「巣の場所が分かったのか」

「確かにあっちの方角は、ゴブリンを見たって者が多くいるな」


 目撃情報もあるなら、間違いないだろう。


「すみません。攫われたレイナさんの持ち物って、なにかないですか? できれば最近彼女が触った物が良いのですが……」


「レイナの持ち物?」

「そんなもの、なにに使うだ?」

「こ、これはどうだ。彼女が攫われる時に持ってたかごだ」


 レイナさんの父親だという人が、籠を持ってきてくれた。


 近くの森で木を切っていた彼の元に昼飯を運ぶ最中、レイナさんはゴブリンに襲われたようだ。


「ありがとうございます」


 籠を受け取り、彼女の魔力の残渣を感じ取る。



 ……大丈夫、いけそうだ。


 俺は最近、転移のマーキングがなくても、転移したい場所や、その場にいるヒトの魔力の波長がわかりさえすれば転移できるようになっていた。


 魔法使いでないレイナさんの魔力の残渣は限りなく薄かったが、ギリギリ転移するには問題ないレベルだった。


「リファ、みんなを連れてきてくれ!」

「わかりました。ハルトさん、お気をつけて」


「ティナは──」

「もちろん、ハルト様と行きますよ」


 うん、そうだよね。

 俺のしようとすることを、すぐに理解してくれた様子。


「村長、俺たちは先にレイナさんの救出だけしてきますね」


「は、はい?」


 ゴブリンの巣は、規模にもよるけど酷く入り組んでいて、内部に囚われたヒトを探すのにとても時間がかかってしまう。


 ゴブリンの殲滅より、救出作戦の方が大変なんだ。


 だから俺は、転移で直接レイナさんのもとへ向かうことにした。



「それじゃ、お先に。彼女たちが案内と皆さんの護衛をしてくれますので」


 村長たちにそう言い残して、俺とティナはレイナさんのもとへと転移した。

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