第256話 ハルト一日占有権

 

「──ィナ、ティナ。起きて」


 心地の良い声に呼ばれて、目が覚めました。

 目を開けると、目の前にハルト様が。


「……ハルト、様?」


「おはよ、ティナ。朝だよ」


 えっ……うそ。

 わ、私が寝過ごすなんて──


 ハルト様を起こすのが、私の役目です。

 私は、ハルト様より早く起きなきゃいけないのです。


 それなのに……。



「昨日、遅くまで騒いでたから仕方ないよ。まだ寝る?」


 昨日は私の誕生日でした。

 お祝いの宴をハルト様が開いてくださり、色んな方が集まってくださったのです。


 その宴が深夜近い時間までやっていたので、寝るのが遅くなってしまったというのと……。


 もうひとつ、私が寝過ごしてしまった理由がありました。


 私は誕生日のプレゼントとして『ハルト様と一日中ふたりきりでいられる権利』を要望しました。


 それで、昨晩はハルト様とふたりで寝たのです。


 久しぶりでした。

 ハルト様と、イチャイチャしちゃいました。


 そ、その……気持ちよかったです。



「おはようございます、ハルト様」


 恥ずかしくて、ハルト様のお顔を直視できません。お布団に隠れながら挨拶しました。


「おはよ、ティナ」

「あっ」


 お布団を少し剥がされました。

 私、服を着ていませんでした。


 ──ハルト様も。


「おはよーのキスしていい?」


 ちょっと強引に顔をハルト様の方に向けられます。顔が、すごく近いです。


 吸い込まれるような彼の蒼い目が、とても綺麗でした。



 私が小さく頷くと、優しくキスしてくださいました。


 たくさん嬉しくて、でも同じくらい恥ずかしくて、ハルト様の胸に顔をうずめます。


「今日、なにしたい?」


 私の頭を撫でながら、ハルト様が聞いてきました。


 なにしましょう?

 すごく難しい問題です。


 ハルト様と一日中一緒にいられれば、なにをしても幸せなのです。


 でもせっかくなので、ずっとお屋敷から出ないというのは、もったいない気がします。



「昔の思い出の地を巡るのはどうですか?」


「昔って……俺が守護の勇者だった時のこと?」


「はい。ハルト様がまだ行ったことのない国もありますよね? 転移魔法陣の設置もできますし、私が行きたかった国があるんです」


 かつて私と、守護の勇者であったハルト様が救った街で、私がすごく欲しがっていたモノが販売されているという噂を聞いたのです。


 しかもそれを、お土産として誰でも購入できちゃうそうです。


 仮にそれが非売品でも、H&T商会の力で必ず手に入れてみせますけどね。


「わかった。それじゃ今日は昔ティナと旅した国々を巡ろう」


「はい! よろしくお願いします」


 やりました。

 交渉成功です!



 その後、服を着て外出の用意をしました。

 朝食は外で食べます。


 ハルト様は今日、私だけのモノですから。


「それで、最初はどこに行こうか?」


「リーグゴーレンという国に行きたいです!」


「リーグ……ガレスの街がある国だよね?」


「そうです!」


 さすがハルト様ですね。


 その国に訪れたのは百年も前のことなのに、街の名前まで覚えてらっしゃるとは。


 私が行きたいのは、まさにそのガレスの街でした。


「ちなみに、なんでそこがいいの?」

「え?」


 なんとなくですけど、ハルト様があまり乗り気じゃないような感じでした。


「ほら。あの街って、俺たちがスタンピードから救ったけど、それ以外になにかやったわけじゃないだろ?」


 確かにその通りです。

 特にイベントはありませんでした。


 ですから思い出の場所を巡るっていうのとは、確かに少しズレていますよね。


 それでもいいのです。


「ダメ、ですか?」


「ダ、ダメじゃない! よし、ガレスの街に行こう!!」


 ふふふ。


 上目遣いでおねだり作成、成功です。



 ──***──


 転移魔法でガレスの街まで来ました。


 ハルト様の転移魔法は、行ったことのある場所にしか転移ができません。


 守護の勇者だった時に、私と一度ここに来たことがありますが、その時に転移のマーキングなんてできませんでした。


 つまりハルト様は、転生なさってからこの街に来たことがあったのです。


 もう、言ってくださればいいのに。


 あっ、もしかして──



「私に、を見せないようにしたかったのですか?」


「いや、別にそーゆーつもりじゃないけど……」


 私たちはガレスの街の中央広場にいます。


 その広場のど真ん中には、とても立派な守護の勇者像がありました。


 遥人様です。

 それは立派な、遥人様の石像でした。


 雄々しくて、つい見とれてしまいます。


 もちろん、本物の遥人様の方が何倍もかっこいいですけどね!


「かっこいいですね。この街の職人さん、なかなかやりますね」


「うん、だいぶ美化されてるよね」


「石像より、当時のハルト様ご自身の方がかっこよかったです!」


 そう言いながら、ハルト様の腕に抱きつきました。


「あ、ありがと。ティナ」


「はい。もちろん、今のハルト様も」


 ハルト様が大好きです。

 守護の勇者の遥人様も、大好きでした。


 遥人様とハルト様。

 ふたりが同じ人で、私は幸せです。



 ──***──


「ティナ……本当にそれ、買って帰るの?」


「もちろんです!」


 私がガレスの街に来たかった理由は、この『等身大守護の勇者像』が欲しかったからです。


 買って帰るに決まってるじゃないですか。

 私のお部屋に、飾るんです!



 その後、無事にハルト様のお許しを頂いて、石像を購入できました。


 ちょっと高かったですけど、経費で落としちゃいましょう。H&T商会でイベントがある時、少し貸し出せばいいんです。


 普段は私のお部屋で大切にするのです。


 毎日お手入れしなくてはいけませんね。



 ──***──


 それから、ふたつの国に行きました。


 その二国はハルト様が転生後、まだ行ったことがないようで、私の飛行魔法で移動しました。



 小国がいくつも集まってできた連合国には、思い出のある宿が、当時と同じ所にありました。


 ハルト様と初めて、同じベッドで寝た宿です。

 あの時は、すごくドキドキしたのを覚えています。


 ここにも今度、お泊まりに来なきゃいけませんね。




 次に向かったのはドワーフの王国です。


 当時そこで、遥人様が私のために短剣を選んでくださいました。


 そのお店はもう無くなっていましたが、店主だったドワーフはまだ存命で、今は王家の専属になっているのだとか。


 もっとゆっくりできる時に改めて訪ねて、彼とお会いできたらいいですねって、ハルト様とお話ししました。



 だいぶ暗くなってきました。

 次に行く国で最後でしょう。


 どこに行こうか考えていると──


「もう一箇所、俺がティナを連れていきたい場所があるんだけど、そこに行ってもいい?」


「大丈夫です!」


 どうやら、ハルト様が行きたい場所があるようです。


「どこに行くのですか?」


 どこであっても、ついていきますけどね。


「それは着いてからのお楽しみで!」


「はい、わかりました」



 差し出されたハルト様の手をとると、転移魔法が発動されました。

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