第257話 プレゼント

 

「ここは──」


 暗い空間でした。


 握っているハルト様の手以外、なにがあるのか分かりません。


「ちょっとまってね。《光よ》」


 ハルト様がなにが呪文を唱えました。


 それはエルフ語でも、古代ルーン語でもありませんでした。


 でも、どこかで聞いたことのある呪文です。


 確かあれは──


 その呪文をいつ聞いたのか考えていると、周りが明るくなっていきました。


 壁や天井がぼんやりと輝き出したのです。



 思い出しました。


 あの呪文は、魔王が──



 私とハルト様の前に、大きな椅子がありました。


 魔王ベレトが、座っていた椅子です。


 つまり、ここは──



 魔王の城。



「ティナ、安心して。この付近に魔物や魔族はいないから」


 戦闘ができるように身構えたわたしに、ハルト様がそう言ってきました。


 魔王は百年も前に消滅し、次の魔王はまだ出現していません。


 ですがここは、魔物がひしめきあっていた魔大陸のど真ん中です。


 安心しろと言われても、油断できるわけありません。


 確かに、魔物の気配はしませんが──



 えっ?


 あ、あれ?


 本当に、魔物がいない?



 いるにはいますが、その数が極端に少なすぎます。


 少なくともこの魔王城には、魔物が全くいませんでした。


 魔大陸を広範囲に探知して、ようやく魔物の群れをいくつか見つけた程度です。


「い、いったい、どうなってるんですか!?」


 魔大陸は龍脈が地上に出ている部分があり、魔力が空気中に溢れています。


 そのせいで、魔物が自然発生する割合が非常に高いのです。


 そしてその中心が、この魔王城です。

 ですから魔物が全くいないなんて、ありえないんです。


 今は魔王がいないとはいえ、この魔大陸は本来、魔物で溢れかえっている土地ですから。



「魔物は定期的に俺が倒してる。新たな魔王が出現しても、すぐ倒しに来られるように、こうして王座の間に転移のマーキングしたんだ」


 サラッと言いましたけど、ここ魔王城ですよ?


 発生する魔物って、普通にAランクばかりなんですけど……。


 それに魔王が現れても、倒すつもりだったのですか?


 たったひとりで。



 ……まぁ、ハルト様なら、魔王の一体や二体、簡単に倒せちゃいそうですけど。


 それでも、危ないじゃないですか。


「あー、ごめん。ティナには言っとくべきだったかな」


 頬を膨らませていたら、さすがに私が怒っていることに気づいたようですね。


「ひとりでなんて、危険すぎますよ」


「ごめん。ヤバくなったら、転移で逃げればいいって思ってた。みんなを危険に晒す方が、俺は怖かったんだ」


 もう……本当に、勝手ですね。


 ハルト様が私たちを危険に巻き込まないようにしたいって気持ちは分かります。


 私たちだって、ハルト様に危ないことをしてほしくないと思っているのですから。



「……ハルト様は、どうしてここまでなさるのですか?」


 魔王がいなければ、魔大陸の魔物は私たちヒトの生活圏まで攻めてくることは滅多にありません。


 もちろん、定期的に魔物の数を減らしておくのは、大変有意義なことです。


 次の魔王の戦力を、大幅に削ぐことができるのですから。


 しかしそれを、ハルト様がやらなくてもいいと思ってしまいました。


 いくら魔物が相手にならないからと言っても、なにが起きるか分からないのです。


「俺は、ティナたちとずっと一緒にいたい。そのために、この世界を平和にしたい。それ平和を邪魔する魔王は俺の敵だ。でも、俺の力が魔王に通用するか確証がない。だから俺は、少しでも魔王の戦力を削り続ける」


 やはり、そういうことですか。


「できれば……やめてほしいです」


「ごめん」


 私がお願いしても、やめる気はない──そんな顔でした。



「わかりました。では、私だけでいいです」


「えっ」


「エルノール家のみんなを連れてくるようにととは言いません。今度から、ハルト様がここで魔物を倒す時は、必ず私を一緒につれてきてください」


「で、でも、それは──」


「危ない、ですか? 私は、ハルト様を除けば世界最強の魔法剣士です。相手が魔王であっても後れはとりません」


 ハルト様が魔物を倒しに来るのをやめる気がないように、私だってハルト様をおひとりで戦わせるのを許す気はありません。


 これだけは、絶対に譲りません。



 ありえないと思います。

 考えたくもないです。


 ですがもし、ハルト様になにかあったら。

 ハルト様が帰ってこなかったら──


 そんな日を、迎えたくはありません。


 本当にどうしようもない状況になったとしても、私は最後までハルト様と一緒にいたいのです。


 だから私は、ハルト様が危ない場所に行く時は、絶対におそばから離れません。



「……わかった。今度から、かならずティナをつれてくるよ。もちろん、ティナのことは絶対に俺が守るから」


 私が折れることはないと、気付いてくださったようですね。


「はい。約束ですよ? 絶対ですからね!?」


「うん。約束する」


 ハルト様は元、守護の勇者です。


 きっと、私という守護の対象がいた方が強くなれます。


 どんなことがあっても、私と生き残る方法を全力で模索してくださるはずです。




「ところで、魔王を倒す用意をしていることを私に伝えるために、ここまで連れてきたのですか?」


 昨晩と今日、ハルト様は私を楽しませるために行動してくださいました。


 私が色々と言ってしまったせいで、少し喧嘩したようになってしまいましたが、そういう目的で私をここにつれてきたわけではないと思うのです。


「少しティナに怒られちゃったけど……ほら、ここも一応、俺たちの思い出の場所だろ?」


 確かに、そうです。


 ここはハルト様との思い出の中で、一番悲しい気持ちになった場所。


 その悲しみと同じくらい、未来に希望を抱いた場所でもあります。



「だから、改めて言わせて」



 遥人様と、お別れした場所。


 ここでした。



 ここで、消えてしまった遥人様のことを想って泣いていたら、彼は戻ってきてくれました。


 その後すぐに、彼はまた消えてしまいましたが、いつか必ず帰ってくると約束してくださいました。


 そして彼は、本当に帰ってきてくださったのです。



「ただいま、ティナ」


「おかえりなさい。ハルト様」


 こんなの、ズルいですよ。

 涙が勝手に溢れて、止まりません。


 ハルト様に、ギュッと抱きしめられました。

 私も力いっぱい抱き返します。


 もう、絶対に離れません。


 これから一生──

 ずっとハルト様のおそばにいます。


 


「コレを、ここでティナに渡したかったんだ」


 そう言ってハルト様は、私に赤い宝石のついた魔具を見せてくださいました。



 それは百年前、去り際にがくださったもの。


 そして、の魔法を防いで壊れた魔具でした。

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