第251話 世界樹の根
ハルトの屋敷に世界樹が生える数ヶ月前──
屋敷のお風呂の排水管が壊れた。
通常お風呂の水は、浄化槽を通過した後、下水として近くを流れる川に放出される。
しかし配管が壊れたことで、そこから流れ出た水がどこかに流れ出てしまった。
屋敷の管理を任されているティナは、その影響を調べるために屋敷の地下室へと向かった。
ハルトの屋敷の地下には、食材などを備蓄する倉庫がある。
お風呂から流れ出た水は、その備蓄倉庫には来ていなかった。
「……とりあえず、食材は無事ですね」
食材の無事を確認したティナは、続いて備蓄倉庫にある扉を開け、その先にあった階段を降って、更に地下へと向かう。
ハルトの屋敷の地下にある備蓄倉庫のもっと下に、広大な空間が存在している。
ここはハルトが魔法の訓練をするため、ティナが土魔法で作り上げた空間だ。
ティナは、ハルトの肉体に誰かが転生してきたこと。そして彼がティナに隠れて魔法の訓練をしていることに気づいていた。
自分にも打ち明けられない秘密がある──その秘密をハルトが話す気になるまで、ティナは気長に待つ気でいた。
彼女は、ハルトが守護の勇者であることを願っていた。期待していた。
でもそれを、確認するのが怖かった。
百年も
だから、今更焦る必要などない。
きっと彼は、転生したばかりで記憶が安定していないのだろう。なにかのきっかけで、自分のことを思い出してくれるはず──そう考えることにした。
だからティナは、彼が魔法学園に入学した後も、こっそり魔法の訓練ができるように、彼の屋敷の下にこの空間を作り上げた。
もちろん、どんな魔法を使っても彼が生き埋めになったりすることのないよう、壁や天井には幾重にも防御魔法を張り巡らせている。
転移勇者のいない現在において、レベル250という世界最強の魔法剣士が作り上げた、とても頑丈な地下空間が完成したのだ。
しかし結局、この空間はハルトに一度も使われることはなかった。
魔法学園に入学して最初の授業で、ハルトが全力で魔法を使ったせいだ。
──いや、彼にはこっそり魔法の訓練をする気があったのかもしれない。
だとしても、ティナはハルトにこの空間を使わせることはできなくなった。
ティナが張った防御魔法を、軽く消し飛ばす威力の魔法をハルトが使ったのだから。
彼の安全の為にも、ティナはこの空間のことをハルトに伝えなかった。
──***──
雨漏りや地下水の流入があれば地下空間が水没してしまう恐れがあるため、ティナは入念に防水加工も施した。
そのため普通の雨水や地下水は、この地下空間を侵すことはなかった。
しかし、エルノール家のお風呂から排出された水は、ただの水ではなかったのだ。
精霊王クラスの力を持つメイが、原初の炎を用いて温めたお湯。
それに聖女の力を持つセイラが入ると、お湯に聖水の効能が付与される。
更に九尾狐や竜族、果ては魔王の体液が混ざることで、膨大な魔力を蓄えることのできるお湯に変貌した。
このお湯、魔力が欠乏した者が入れば魔力が全回復するが、魔力が有り余っている者が入ると、いくらでも魔力を蓄えることのできるモノになっていた。
そんなお湯に、邪神によってステータスが固定された影響で、無限に等しい魔力を有するハルトが入れば──
どんな怪我も回復し、寿命が延び、膨大な魔力を含んだ、なんかすごいお湯──『
この凄湯、世界最高クラスのアイテムといっても過言ではない。そんな凄湯を、エルノール家では翌朝には下水に流していた。
しかし、お風呂の排水用配管が壊れたことで、凄湯がティナの作った地下空間へと流れてしまった。
凄湯は、ティナの土魔法によって防水加工が施された地下空間をゆっくりと侵食していった。
その結果──
「これ、オリハルコンですかね? こっちはアダマンタイト。それに魔鉱石……えっ、もしかして、これは──」
ティナの目の前の壁は、彼女が左手の薬指にはめる指輪と同じ色に輝いていた。
不変金属と呼ばれるヒヒイロカネ。
超レアな鉱石だ。それが見える部分だけでも、数十キロはある。
彼女の作った地下空間が凄湯に侵食されたことによって、その壁面全てが多種多様なレア鉱石へと変質していたのだ。
この空間のレア鉱石が採掘できれば、どんな武具でも製作可能になるだろう。
ティナが経営するH&T商会も複数の鉱山を所有しているが、その全ての採掘量を合わせてもここにある量の半分以下。
特に、ヒヒイロカネが採れる鉱山など所有していないどころか、その存在すら聞いたこともなかった。
しかもこの地下空間では、全ての鉱石がむき出しになっている。採掘の手間すらほとんど要らない。
お風呂の残り湯が流れ着いた先が、お宝取り放題の空間になっていた。
──***──
時は進み、今日。
突如、屋敷の中庭に巨大な木が出現した。
「ま、まさか──」
ティナはその巨木の存在感に圧倒され、少し放心した後、なにかに気付いて地下空間へと急いだ。
彼女が作った地下空間は、中庭の真下に位置していたのだ。
「あぁ、やっぱりこうなりましたか……」
嫌な予感がしていた。
その予感が当たり、中庭の巨木の根が地下空間を侵食していた。
巨木はレア鉱山に根を張り、その魔力を吸い取っていたのだ。
魔鉱石やオリハルコンなど、レアな鉱石のほとんどが、ただの石に戻っていた。
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