第241話 リューシンとヒナタ

 

 討伐隊を黒竜の姿でビビらせてやろうと思っていたのだけど、なんかヤバいことになった。


 ヒナタや村長たちと似た服装をした四人の男に連れられて、三人の男女が洞窟の近くまでやってきたのだが、俺はそのうちのふたりに見覚えがあった。


 特に、男の方がヤバい。


 そいつは俺の学友で、俺の姉の旦那でもあるハルト。


 完全竜化した俺を、素手でボコボコにできるバケモノだ。


 四人の男たちはおそらく、ヒナタの村と共同体になっている四つの村から冒険者ギルドに助けを求めに行った者たちなのだろう。


 とすると、ハルトは討伐隊として、ここにやってきたことになる。


 ちなみにハルトの隣にいる女性は、元聖女のセイラさんだ。彼女もハルトの奥さん。


 元聖女だから、俺の苦手な聖属性魔法がとても強い。


 戦ったらたぶん負けはしないけど、俺もかなりのダメージを負うだろう。


 まぁ、俺は絶対にセイラさんと戦わないけどな。


 もし彼女に手を出したら、俺がハルトに殺される。


 アイツはガチで俺を、この世界最強の色竜になれる俺を、容易に消滅させられる力があるのだから。




「俺たちは邪竜を倒しに来たんだけど……お前は、邪竜じゃないよな?」


「ち、違う! 断じて違う!!」


 ハルトが問いかけてきたので、全力で否定した。


 冗談でも『俺が邪竜だ』って言ったら、ハルトは面白がって俺を攻撃してくるだろう。


 アイツはそういうやつだ。


 たぶんハルトは、俺だってわかってる。


 でも、それを言わないのだから、もしかしたらこちらの事情を確認しようとしてくれているのかもしれない。


 アイツは賢者だ。

 とても頭の回転が速い。


 だから俺はハルトに期待して、賭けに出ることにした。


「邪竜は、俺が倒した」


「……生贄にされた女の子がいると聞いたのだけど、その子はどうなったの?」


 おそらくヒナタのことだ。


 他の村の住人が、ヒナタが生贄に差し出されたこともハルトに話したようだ。


「俺が助けた。まだ、生きている」


「その子に会わせてくれないか? 俺たちの依頼人が、その子の無事を確認したいそうだ」


 ハルトやセイラさんと一緒に、俺に近づいてきた体格の良い戦士風の男が話しかけてきた。


 冒険者ギルドの関係者だろうか? 


 ちなみに、ハルトたちをここまで案内してきた四人の男たちは、遠く離れた岩場に身を隠している。



「……ダメだ」


「な、なぜだ?」


「生贄にされていた人族──ヒナタを助けたのは俺だ。俺は、彼女を気に入った。彼女が俺の相手をしてくれることを条件に、俺はヒナタの村を守ることにした。だから、どこの誰ともわからん男に、ヒナタを会わせられない」


「そうか……これは、失礼した。俺はローレンス、ここから一番近い街、ガレスの冒険者ギルドを統括している者だ」


 ハルトたちと一緒に来た男は、冒険者ギルドのマスターだった。


 ということはやはり、ハルトたちは冒険者ギルドの依頼を受けて、ここまでやってきたというわけだ。


 ハルトやセイラさんなら、俺が頼めばここまで出向いてくるのにかかった費用を、ヒナタの村に請求しないでくれるかもしれない。


 でもギルドマスターにも、ここまで足を運ばせてしまったんだ。


 それなりに高額な請求がされてしまうだろう。


 だから──


「ローレンスとやら、ここまでご足労だったな。だが、邪竜は俺が既に倒した。それからヒナタの村は、オレの庇護下にある」


 なるべく高圧的な態度をとる。

 俺は、黒竜なんだ。


 竜は魔物だが、意思疎通ができてヒトを守る竜は、その地域の守り神として崇めれらる。


 多少偉そうにしたって、問題はないはず。


 すべては、冒険者ギルドへの依頼金を踏み倒すためだ。



「これ以上の干渉は……俺が許さない」


「──くっ!! わ、わかった……黒竜殿の、言う通りにしよう」


 ローレンスの額に汗が滲む。


 俺の主張が認められた。

 ほんの少し殺気を出してすごんでみた甲斐があった。


 よし! 頼むから、このまま帰ってくれ!!



「ちょっといいか?」


 俺の殺気を含んだ言葉をものともしないバケモノが、涼しい顔で問いかけてきた。


「……なんだ?」


「女の子に、相手をさせてるといったな?」


 ハルトの周囲に、魔力が渦巻いていた。


 ヤ、ヤバい。

 俺、なにか対応を誤ったみたいだ……。


 ハルトが、怒ってる。


「そ、それがどうかしたか?」


「それは……女の子の意思か? お前が、強要したんじゃないよな?」


 そうきたかー!!


 ヒナタに食事のお供をしてもらったけど、よく考えればあれは、俺がそういう条件を出したからだ。


 もしここにヒナタを呼んで、俺の指示だったかどうかを聞かれれば非常にマズいことになる。


 だって、俺が頼んだのだから。


 邪竜より強い俺が頼んだら、それは強要されたってことになってもおかしくない。


「……」


 ヤバい。いい回答が、思い浮かばない。



「答えられないか。女の子を脅して、を強要する竜は……邪竜みたいなもんだよな?」


「──えっ」


 ハルトが、すごく冷たい目をしていた。


 そして自分の頭上に、巨大な光の槍を作り出す。 



 も、もしかして、俺がヒナタと寝たと思ってるのか!?


 しかもそれを、俺が強要したと!?


 そんなことしてない!


 俺はヒナタに、をしてもらっただけだ!


「ちょ、まてっ──」


「……堕ちたな、お前」


 ハルトの手が振り下ろされた。


 光の槍が俺に──



「リューシン様!」

「なっ!?」


 ヒナタが俺の前に飛び出してきた。

 両手を広げ、俺を守るように──


「ヒナタ!!」


 ハルトの魔法が迫っていた。

 避けられない。


 ヒナタを自分の身体で囲い、彼女の周りだけドラゴンスキンを強化した。


 普段全身を覆っているドラゴンスキンを一か所に集中させれば、ヒナタひとりくらいならハルトの魔法からでも守れるはずだ。


 ヒナタだけは、絶対に守る!




「──あ、あれ?」


 いつまで待っても、ダメージはなかった。


 恐る恐る顔をあげる。



「疑って悪かったな、リューシン」


 笑顔のハルトがいた。

 魔法の発動を、途中で止めてくれたようだ。


「邪竜はいないみたいだし、俺たちはこれで帰るよ。また明日な」


 そう言うとハルトは、セイラさんとギルドマスターをつれて去っていった。




「リューシン様……」


 黒竜の身体に囲まれたヒナタが声をあげた。


「ヒナタ、危ないだろ。どうして出てきたんだ」


「だって、だってリューシン様が──」


 ヒナタが泣き出してしまった。


「お、怒ってるわけじゃないんだ。ただ俺は、ヒナタを危ない目にあわせたくなくて」


「私だってそうです! 危ないことはしないって──大丈夫だって、言ってくださったじゃないですか!!」


「……ごめん、ヒナタ」


 ヒトの姿に戻って、ヒナタを抱きしめる。

 ヒナタも、俺の背中に手をまわしてきた。



「リューシン様、今後、竜のお姿になるのは、私が傍にいる時だけにしてください」


「えっ」


 少しして、落ち着いたヒナタがそんなことを言ってきた。


「もしリューシン様が悪い竜だと勘違いされてヒトに攻撃されそうになったら、私がそれを止めます!」


 それはかなり、危ないんじゃないかな?


 ハルトみたいに途中で攻撃を止めてくれるとは限らないし、そもそも一度発動した魔法をキャンセルするのって、普通の魔法使いには不可能だ。



 ──ん?


 もしかして、ヒナタは俺がずっと彼女の村にいると思ってるんじゃないだろうか?


 明日から授業があるので、名残惜しいが俺はグレンデールに帰らなきゃいけない。


「なぁ、ヒナタ。俺、明日には村から去るつもりだけど」


「そうなのですか? では私も、リューシン様についていきますね」


 さも当然というように、即答された。


「……マジで?」

「ダメなの、ですか?」


 ヒナタの目に、涙が溜まる。


 ズルいよ……そんなの、断れなくなっちゃうだろ?


「ダメじゃない。ヒナタが一緒に来てくれるなら、俺は嬉しい」


「ありがとうございます! では私は、リューシン様の眷属として、一生お仕えしますね!!」


「眷属!? い、いや俺は、ヒナタには彼女に──って、いや。なんでもない」


「私が彼女……その、リューシン様は私と、男女のお付き合いがしたいのですか?」


「大丈夫、忘れてくれ」


「リューシン様が、お許しくださるのでしたら……私は、リューシン様とお付き合い、したいです」


 ──えっ?


 い、今、なんて言った!?


「私はリューシン様を、お慕い申し上げておりますから」


 ヒナタが俺に抱きつきながら、俺の顔を見上げてきた。


 めっちゃ可愛い。


 こんな子が、俺の彼女になりたいって言ってくれる。



 も、もしやこれは──


 慌てて周囲を見渡した。

 ハルトかヨウコに、洗脳魔法でからかわれているのではないかと思ったからだ。


 周りに奴らの気配はなかった。

 俺の魔力の流れにも、おかしなところはない。


 夢や幻術じゃないらしい。


「……マジか」

「私は、本気ですよ。リューシン様」




 なんか、俺に彼女ができそうだ。

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