第240話 リューシンの思惑

 

 翌日も魔法学園が休みだったので、俺はヒナタや彼女の村の住人をつれて、邪竜の洞窟に来ていた。


 邪竜に殺された村人たちの遺骨を、回収するためだ。


 おそらく、ヒナタの両親の骨もここにある。

 昨日、彼女の口からも両親の話を聞いた。



 邪に染まった竜が住んでいた洞窟なので、浄化されるまでは頻繁に魔物が発生する。


 自然に浄化されるのを待つと、数百年はかかってしまう。


 さらに、元は属性竜だった邪竜の魔力の影響で、最高でBランクの魔物が出現していた。


 ヒナタの村に、Bランクの魔物を倒せる住人なんていない。


 だから俺が村に滞在する時、できるだけ遺骨の回収を手伝うことにした。


 ヒナタを含む二十人ほどの村人を連れてきているが、数百人分の遺骨を全て運び出すのは、一日では不可能そうだ。


 かといって二十人以上つれてくると、魔物から住人を守るのが困難になる。


 影竜にも護衛させているが、なにがあるか分からないので、洞窟に来るのは二十人までにしていた。


 危険だから本当ならヒナタを連れてきたくなかったのだけど、どうしてもついてくると言い張るので、俺から離れないことを条件に、ここまで一緒に来ている。


 遺体の衣服などは全て、邪竜の瘴気でボロボロになっていて、どの遺骨が誰だったのか判別なんてできない。


 だから全ての遺骨を運び出して、供養するしかない。


 村人たちは積み重ねられた人骨を見た時、言葉を失った。


 あまりの惨状に、涙を流せた者の方が少数だった。


 その後、誰からともなく、全員が無言で作業に取り掛かった。




 その作業をしていた時──


「そ、村長! リューシン様! た、大変です!!」


 ヒナタの村の住人が、洞窟まで走ってきた。

 昨晩の宴の際に、俺のところに何回か食べ物を運んできてくれた少女だ。


 洞窟の最深部と出入り口を往復して、遺骨を運び出していたのだけど、ちょうど外にいるときにその少女がやってきた。


「どうしたというのだ? そんなに慌てて」

「なにかあったの?」 


「と、討伐隊が、邪竜の討伐隊がここに来ます!」


 息も絶え絶えに、走ってきた少女がそう言い放つ。


「討伐隊? 邪竜なら、俺が倒したじゃないか」


「だからまずいんです。うちの村以外のひとたちが、勝手に冒険者ギルドに邪竜の討伐を依頼しちゃったんです!」


「な、なんだと!?」


 村長の顔色が変わる。


「それのなにがダメなんだ? 邪竜はもういないんだから、討伐隊にはすぐに帰ってもらえばいいじゃないか」


「それは……」


「リューシン様、冒険者ギルドに依頼をするということは、その時点で依頼金が必要になるのです。依頼内容が邪竜の討伐ですので……とんでもない額の資金が、必要になるでしょう」


 村長が説明してくれた。


 ヒナタの村と、その周囲にある四つの村は、昔からひとつの共同体として活動してきた。強力な魔物が出現した時、五つの村が資金を出し合って冒険者を雇い、討伐してもらっていたのだとか。


 その共同体の約束は古来からの契約として、今なお有効であった。


 魔法の契約書を用いて契約している為、約束事を反故にすることもできないという。


 ヒナタの村が冒険者ギルドに邪竜の討伐依頼を出していなかったと主張しても、依頼金は支払わなくてはいけない。討伐報酬は不要だとしても、邪竜を倒せるほどの強者を呼び集めるのにかかる資金がとんでもなく高額になるのは、容易に想像できる。



「さらにまずいことに、我が村にはほとんど資金がありません。あるのは──」


 村長が気まずそうにヒナタや、走ってきた少女を見る。


 も、もしかして……。


「我が村には、若い女子おなごが他の村より多くおります。かねてより、他の村から資金援助の代わりに、女子を寄越せとも言われておりました……最悪の場合、彼女らを嫁に出すほかないでしょう」


 もちろん、村長たちも働きに出るそうだが、それで稼げる資金など、たかが知れている。


 肉体労働で稼げるような若者のほとんどが、邪竜によって喰われていたからだ。


 ヒナタは特に他の村の男たちから人気が高く、彼女が嫁ぐなら、かなりの金額を援助すると言われているらしい。



 ヒナタを見ると、とても暗い顔をしていた。


 ふ、ふざけるな!


 俺のお気に入りの女の子に、身売りみたいなことさせてたまるか!!


 邪竜に殺されそうだったところを、俺が助けたんだぞ!?



「……なぁ」


「は、はい。リューシン様、なんでしょうか?」


 討伐隊の接近を知らせに来てくれた少女に話しかける。


「討伐隊って、何人くらい来てるかわかる?」


「わ、私が見たのは三人でした。たぶん、偵察目的の先遣隊だろうって、おばばが言ってました」


 先遣隊は、四つの村の男たちに案内させて、ここに向かっているようだ。


 このことを知らせてくれた少女は、ヒナタの村とこの洞窟までの近道を知っていた。


 ヒナタの村からこの洞窟までは、他のどの村から来るより遠いのだが、その近道を使えば一番早く来ることができるらしい。


 そのおかげで、少し考える余裕ができた。


「知らせてくれて、ありがとな。あとは俺が、なんとかするよ」


 そう言いながら、少女の頭を撫でる。


「リューシン様、どうなさるおつもりですか?」


「先遣隊のやつらに、邪竜は俺が倒したって伝える。そんでヒナタの村を、俺の支配下に置くって宣言する」


 黒竜の支配下にある町から、俺を通さず資金を回収するなんて、できるはずがない。


「そ、それではリューシン様が、討伐隊に攻撃されませんか!?」


 ヒナタが心配してくれた。

 すっげー嬉しい。


「大丈夫。俺、めっちゃ強いから。ヒナタも見てたでしょ?」


 今の俺は、牽制のつもりで放ったパンチで邪竜を倒せるんだ。


 たとえ邪竜を倒せる戦力が来ても、負ける気がしない。


 それに──



姿で出ていけば、討伐隊も逃げ出すんじゃねーかな」


 俺は、黒竜になった。


「おぉ!」

「こ、これは……なんと雄々しい」

「……かっこいい」

「リューシン様、す、すごいです!」


 ヒナタや村長、周りにいた村人たちから歓声が上がった。


 とても気分がいい。


 ハルトのそばにいると、俺が黒竜になったくらいじゃ、誰も驚いてくれないからな。


 これだけ褒められると、テンションが上がる。



「みんなは洞窟の中に隠れてて。軽く威嚇するかもしれないから、念のために」


 ちょっとだけ、ヒナタにいいところを見せたい。


 不要かもしれないけど、咆哮で討伐隊のやつらをビビらせてやろう。


「リューシン様……危ないことは、しないでくださいね?」


「あぁ。大丈夫」


 ヒナタを守るためなら、多少の無茶はしちゃうけどな。


 でもまぁ、大丈夫だろ。


 黒竜になった俺に、勝てる奴なんていない。


 一部、例外がいるけど、あれはヒトじゃなくてバケモノだから。


 ちなみにそのバケモノは、まだ冒険者じゃないから、討伐隊としてここに来るわけが無い。


 だから大丈夫。



 ヒナタや村長たちは、洞窟の入り口付近に隠れた。


 入口付近なら魔物は出てこないし、念のために影竜に周囲を警戒させている。


 さぁ、討伐隊よ、来るならこい!!






「ハルト様、あれって──」

「うん。どう見ても、アイツだよね」



 ──えっ!? な、なんで!?


 黒竜を素手でボコボコにできるバケモノが、こっちに向かって歩いてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る