第213話 オーガの族長
俺は、およそ千年の刻を生きたオーガだ。
昔、勇者を撃退したことがある。
それも三度。
俺の武勇伝だった。
まずは一度目。九百年ほど前のことだ。
百年の時をかけて鍛え上げたこの肉体は、勇者の剣を通さず、賢者の魔法を弾いた。
その勇者は俺との戦いから逃げ出した後、俺と再戦することなく、当時の魔王様を倒した。
勇者は、俺との戦いを避けたのだ。
そして二度目、三度目は同じ勇者と戦った。
今から三百年ほど前のことだ。
二度目のとき、俺は確かに勇者に止めを刺した。
しかし奴は復活して、再び俺の前に目の前に現れたのだ。
三度目の戦いは熾烈を極めた。
その勇者は、信じられぬほど強くなっていた。
しかし、それでも俺が勝った。
俺の七百年に及ぶ武の研鑽が、たまたま神から力を与えられた程度の存在に屈してなるものか!
そして俺が倒したはずの勇者が、当時の魔王様を殺した。
その勇者は、神から与えられたスキルで何度でも復活できたという噂を耳にした。
再び俺は、勇者に戦いを避けられたのだ。
俺は魔王様より強いなどと思い上がったりはしない。
もし、勇者たちが魔王様に挑む頃の力を得たうえで俺のところに来ていたら、俺は負けていただろう。
しかし、魔王様を倒すほどの力を得た勇者が、俺との戦いを避けたいと考えたのだ。
魔王様をお守りできなかったことは悔しいが、勇者に戦いを放棄させたという点において俺は、世界中の魔物や魔族から一目置かれていた。
そして今日、魔王様からお声がかかった。
魔王シトリー様だ。
シトリー様は、我が一族から何人か魔王軍に加えたいと仰った。
俺ほどの強者はまだいないが、幼少の頃から俺が鍛えた精鋭たちが揃っていた。
自信をもって、そいつらを送り出すことにした。必ずや、シトリー様、そして邪神様のお役に立てるはずだ。
その後、シトリー様が俺を魔王軍の幹部にお誘いくださった。
嬉しかった。
かつて魔王様をお守りできなかった俺に、声をかけてくださったのだから。
しかし、いきなり『はい、喜んで!』というのは、勇者を三度も撃退した俺のプライドが許さず、少し謙遜してしまった。
そうしたらシトリー様は、歴代最強の魔王軍を作り上げ、その幹部の席のひとつを、俺のために用意してくださると仰ったのだ。
涙が出そうになった。
この御方に、命を預けて尽くそうと思った。
そしてその誓いは、直ぐに実行されることになる。
シトリー様に里の若者を紹介しようと外に出たところに、そいつがいた。
なんでこんな奴の接近に、これまで気づけなかったかと思うほどの膨大な魔力を秘めたバケモノだった。
そいつは、我が一族を屠ったという。
見張りもの戦士も、我が息子たちも。
その全ての気配が消えていた。
奴の言うことは真実なのだろう。
憎悪で襲い掛かりそうになるが、視界の端にシトリー様を捉え、俺は冷静になれた。
このバケモノから、シトリー様を守らなくてはいけない!!
俺はそいつに殴りかかった。
三百年前に勇者を撃退した以降も、俺は鍛錬を欠かさなかった。
全ては今日、シトリー様をお守りするためだったのかもしれない。
そのバケモノは、俺の全力の一撃を容易く受け止めた。
奴と殴り合いを始めて、理解した。
いくら強靭な肉体を持つオーガの一族であっても、俺でなければ一合切り結ぶこともできず、こいつに殺されるという事実を。
それほどまでに、奴はバケモノだった。
奴の剣技は、千年研鑽した俺からしたらカスみたいなもんだ。
しかしその剣技には、まるで万を超す魔物を屠ったような感覚が染み付いていた。
効率よく魔物を殺すための剣技。
見た目は成人もしていないような人族に見えるこいつが、いったいどうやってこの剣技を身に付けたのか知りたくなる。
その剣技に加えて、奴が持つ漆黒の棒切れ。
これが厄介だった。
オリハルコン製の俺の愛刀が、たった一合でその棒切れに破壊されたのだ。
その刀は、昔俺に襲いかかってきた冒険者を返り討ちにした際に手に入れたものだ。
数百年、刃こぼれすることもなく俺の力にも耐えていた愛刀が、いとも簡単に砕け散った。
しかし、俺が全力で身を固めればオリハルコン以上の硬度が出せる。
柄だけになった愛刀をかなぐり捨て、拳に力を込めて奴に殴りかかる。
そのバケモノは、ミスリル塊すら砕く俺の拳を、漆黒の棒切れで防ぎ続けた。
たまに棒切れで殴られたが、それがとても痛かった。多分、俺じゃなきゃ一発で死ぬ。
俺が必死に戦闘をしているのに、シトリー様はまだ逃げようとしていなかった。
──否、逃げられなかったのだ。
シトリー様が魔界へ転移するのを、妨害する奴がいた。
バケモノが、二体に増えた。
なんとか隙を作って、バケモノたちから逃げ出した。シトリー様を強引に抱き抱えたけど、緊急事態なんだから許してほしい。
柔らかいものが手に当たっていたけど、今更、欲情なんてしない。
だいたい、年齢はシトリー様の方が上かもしれないが、俺からしたらシトリー様は孫のような感じなんだ。
おじいちゃん、絶対にシトリーを守るから!
そして奴らの気配からかなり離れたところで、シトリー様を空に放った。
悪魔であるシトリー様なら、逃げ切れる。
──という俺の判断は、甘かった。
シトリー様の背後に、もう一体のバケモノが現れたのだ。
翼を斬られたシトリー様が落下してきたから、慌ててそれを受け止めた。
そして今、俺とシトリー様は五体のバケモノに囲まれている。
終わったと思った。
全力の俺以上の力を持つバケモノが、五体。
バケモノたちは、俺とシトリー様を囲んで会話を始めた。
その時、シトリー様の魔力が膨れ上がるのを感じた。
そうだ、シトリー様はまだ実力を見せていない!
俺は慌ててシトリー様を止めた。
シトリー様であれば、このバケモノが二体以下であれば倒して逃げられるはず。
今は耐えるべきだ。
俺はこの時、シトリー様を止めたことを死ぬほど後悔することになる。
「おつかれー。分身五体でも、テイムできない魔物がいたの?」
バケモノたちの親玉が現れた。
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