第194話 白亜のイタズラ

 

「ハルト様。強い気配が、高速で近づいています」


 ティナがなにかの接近に気づいて、身体を起こした。


「強いって、どのくらい?」


「恐らく……私より強いです」


「えっ!?」


 この世界最強の魔法剣士より強いという。

 ちょっとヤバい。


 それの目的地がここじゃなければいいな、と思っていると──


「こ、これは」


「どうしたの?」


「リュカさんと白亜さんの魔力が、と一緒に移動しています」


「マジか」


 ということは、それの目的地は恐らくここだ。


 いったい、なんなのだろう?


 ふたりと一緒だというのなら、竜関係の誰かかな?


 敵じゃないといいけど……


「ちょっと見てくる。もしここで戦闘になったら、学園が危ない」


「そうですね。私も──」


「ティナは休んでて。疲れたでしょ?」


 そう言いながら、ネグリジェ姿で上半身を起こしていたティナを軽く押して、ベッドに寝かせる。


 彼女はほとんど抵抗することなく、ポフッと音を立ててベッドに横になった。


「で、ですが」


「大丈夫。なんとかなるよ」


 彼女の頭を撫でながら軽くキスして、俺はリュカが身につけているブレスレットを目指して転移した。



 ──***──


「えっ、ハルトさ──」


「リュカ!」


 リュカのそばに転移したハルトだったが、リュカを竜の飛行速度が速すぎて、一瞬でその場においていかれてしまった。


 ハルトは風魔法の応用で、空気を圧縮して足場を作り、宙に浮くことはできるようになっていた。


 しかし彼はまだ、ティナのように自由自在に空を飛ぶことはできないのだ。


 リュカと白亜が、巨大な赤い竜に掴まれていた。


 ふたりとも無事そうではあったが、状況がわからないので、とりあえずハルトは竜を追いかけることにした。


 魔衣で身体能力を強化し、風魔法で足場を作りながらそれを踏んで空を翔ける。


 しかし竜の飛行速度が速く、いくらハルトが全力で翔けても、どんどん差が開いていく。


 もう少ししたら声も届かないほどの距離が開きそうになった時──


「はるとー! 助けてなの!!」


 助けを求める白亜の声が、ハルトの耳に届いた。


 届いてしまった。



 ──***──


「白竜よ、なにか言ったか?」


 ハルトの魂の匂いがする方角に高速で飛行していた竜神は、その手で掴む少女──白亜がなにかを叫ぶのを聞いた。


 竜神は久しぶりに竜の姿になったため、風魔法を展開して風切り音を軽減するのを忘れていた。


 そのせいで白亜の叫びが聞こえなかったのだ。


 それが失敗だった。


 ──否、竜神の一番の失敗は、リュカと白亜を手で掴んで運ぼうとしてしまったことだ。



「ん?」


 なにかが竜神の前に現れた。

 そしてそれが、一瞬で竜神の視界から消える。


 同時に竜神の両手に、激しい痛みが走った。


「──ぐぅあぁぁああ!?」


 竜神の両手が切り落とされたのだ。


 突然襲われた痛みでわけもわからず、竜神は空中をのたうち回る。



 その頃、覇国で竜神の腕を切り落としリュカと白亜を助けたハルトは、ふたりを地上に降ろしていた。


「もう大丈夫。アレは俺が殺る」


 そう言ってハルトは再び、空中へ翔けていった。


「ハ、ハルトさん! あの御方は──」


 リュカがハルトに声をかけるが、その時には既に数千本の炎の槍が、竜神の周囲を囲っていた。



「ファイアランス!!」


 ハルトの詠唱で、炎の槍が次々と竜神へと向かい高速で飛んでいき、その身に突き刺さる。


 しかし、竜神は神なのだ。


 元から高い魔法耐性を持っていた赤竜が、神格へと至った存在だ。


 魔力消費量がたった2の魔法など、数千発被弾したとしても大したダメージではなかった。


 とはいえ、絶えず全身に突き刺さるファイアランスのせいで、身動きはできない。


 だから竜神は待った。


 自分の周りを囲う炎の槍による攻撃が途切れた時が反撃のチャンスだ──と。



(こんなもの、数秒も耐えれば手数は減る。そうなったときが、この魔法の術者の最期だ)


 顔に突き刺さる槍のせいで目を開けることはできないが、自分に攻撃をしかけている術者がすぐそこにいることは感じ取っていた。


(誰かは知らんが、神に攻撃を仕掛けたのだ。これで俺にも反撃が許される。さて、どうしてやろうか?)


 神に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。

 そのために、どんな苦痛を与えようか考えはじめた。



 数秒経ったが、攻撃は途切れない。


(ちっ、忌々しい。なかなか魔力量は多いようだ)



 数十秒耐えたが、まだ攻撃が途切れない。


 それどころか、飛んでくる炎の槍の数が増えた気がする。


(あ、あれ? なんで攻撃が終わらないのだ?)


 口や喉にも絶えず槍が突き刺さるため、声をあげることもできず、竜神はひたすら耐えていた。



 数分経過した。


 徐々に肉体の再生が追いつかなくなっていた。


(く、くそが! いったい、どうなってる!?)


 竜神に焦りが見え始める。


 神は基本的に肉体を持たない。


 神々が人間界に顕現する時、神用の肉体が用意されるのだが、それはこの世界最高峰のスペックを誇るのだ。


 その神専用の肉体に、限界が見え始めた。



(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい)


 神のみが使える転移で、神界へと逃げようとしているのだが、なぜか転移できない。


 転移用の神字を発現させた端から、その文字に干渉されて転移を妨害されていたのだ。


(あ、ありえない! 俺に攻撃してきているのは、神だというのか!?)


 もちろん、魔法での反撃も試みているが──


 魔法が発動する前に、その全てが打ち消されていた。


 それはまるで、竜神がなにをしようとしているか全て把握しているかのように。




 ハルトの攻撃が開始して、およそ十分が経過した。


 それまでガードをしていた竜神の翼や腕がダラりと下がると、竜神の巨体が落下をはじめた。



 巨大な竜が、地に堕ちた。


 ハルトは魔法の発動を止め、地面に降りてそれに近寄る。



「死ねぇ!!」


 突然、竜が起き上がり、ハルトに攻撃をしかけた。


 ハルトが切断した竜神の両手のうち、右手だけがいつの間にか回復していた。


 その右手の鋭利な爪が、ハルトの腹部に──



 突き刺さらなかった。


「──は?」


 ハルトは腹部に爪を突き立てる竜神など意に介さず、その右手を空に掲げた。


 つられて竜神が上を見上げると──


「なっ、なんだあれは……」


 高さ方向の終わりが見えないほど巨大な炎の柱が、竜神の真上に準備されていた。


「俺の妻に危害を加えようとしたのが間違いだったな。さよならだ」


「えっ、ちょっ──」

「ファイアランス!!」


 火への高い耐性を誇る赤竜が、超高温のハルトの魔法によって、為す術もなくその身を真っ黒に焦がされた。

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