第193話 妻たちの奔走(9/9)

 

「ハルト、聞こえるか?」


 エルミアが右手につけたブレスレットに向かって話しかける。


『エルミア。聞こえるよ、どうかした?』


 ブレスレットから、ハルトの声が聞こえてきた。


 ハルトが家族全員に配ったブレスレットには、通話機能が付与されていた。


 この世界では、遠距離にいる相手と話そうとすると巨大な通信装置が必要になる。


 その装置は非常に高価なため、王族や一部の貴族、トップクラスの冒険者ギルドくらいしか所持していない。


 ハルトは本物の遠距離通信装置を、アルヘイムでエルフ王に見せてもらったことがある。


 それは、部屋まるまるひとつが通信装置で埋め尽くされているほどの巨大なものだった。


 また、使用には膨大な魔力が必要になるため同盟国に緊急連絡をする時くらいしか使えないのだとか。


 そんな装置を、ハルトは魔具として独自に開発してしまった。


 女性がオシャレとして身につけていてもおかしくないブレスレット──そのサイズにまで小型化してしまうというおまけ付きで。


 ハルトの転移魔法の応用で通話をするため、使用するためには大量の魔力が必要になる。


 しかし、ハルトが定期的に魔力をブレスレットに補充しているので、エルミアたちハルトの嫁は一切のデメリットなしで、ハルトや他の嫁と連絡をとることが可能だった。



「私はセイラとサンクタムに来ているんだけど、用事が終わったから迎えにきてくれないか?」


 エルミアとセイラは白亜の背に乗り、聖都であるサンクタムまでやってきていた。


 目的は分身魔法に関する文献を調査すること。


 無事に有力な手がかりを発見し、ハルトの屋敷に帰ろうとしていた。


 もとの予定では白亜に連絡して、迎えにきてもらう予定だったのだが、なぜか彼女と連絡がとれずハルトに迎えを頼んだのだ。


 エルミアとセイラは今朝、ハルトになにも言わずに屋敷を出た。


 ハルトの妻の多くが外出するとなると、さすがにハルトが疑問を持つ。


 彼に目的を聞かれて、理由を誤魔化せる自信のない者たちが、ハルトに会わずに屋敷を出てきたのだ。


 ハルトに黙って屋敷を出てしまった。

 それなのに、迎えを頼もうとしている。


 そのふたつの理由から、セイラはハルトに連絡をとることに気が引けてしまった。


 何度もハルトに連絡をとろうとして、止める。


 その行為を繰り返していたセイラに、もどかしくなったエルミアが彼女に代わり、ハルトに迎えを頼んだのだ。



『ごめん。ちょっと今、取り込み中で……あと十分待って!』


「わかった。その音……戦闘中なのか?」


 ブレスレットから、なにかが爆発しているような音が連続して聞こえてきた。


『まぁ、そんな感じ』


「だ、大丈夫なのですか!?」


 セイラが心配そうに、エルミアのブレスレットに向かって問いかける。


『俺は大丈夫だよ、セイラ。心配しないで、少しだけ待っててね』


 ハルトがそう言うと、通信が切られた。


「ハルト様……大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だって。セイラは心配しすぎだよ。ハルトは悪魔を瞬殺する男だぞ? アイツなら神にだって勝てる」


「神様は、さすがに無理じゃないですか?」


「あー、うん。その、なんていうか、そのくらい強いっていう例えだよ!」


 さすがにエルミアも、ハルトが神に勝てるなどとは本気で思ってはいなかった。




 およそ三分後。


『お待たせ!』


「おぉ、早かったな。もういいのか?」

「ハルト様、ご無事なのですよね?」


『うん。俺は怪我とかしてないよ』


 ブレスレットの向こうから爆発音は聞こえなくなっていた。


 元気そうなハルトの声に、セイラは胸を撫で下ろした。


『それじゃ、今から迎えにいくね。エルミア、交通費はキスでお願い』


「こ、交通費?」


『そう! 転移魔法って、すごい魔力を使うんだよ。それで迎えにいってあげるんだから、交通費が必要です。交通費としてキスを請求します』


「えっ、ちょっと、な、なんで私が!?」

「ハルト様、キスなら私が!」


 エルミアが顔を真っ赤にしながらハルトに文句を言う。


 一方セイラは、エルミアと同じように顔を真っ赤にしているが、自分がハルトとキスをすると言い張った。


『だってエルミア、自分からキスしてくれないじゃん。セイラは交通費をくれるみたいだから、今から迎えにいくね』


 通信が切れた次の瞬間、ブレスレットから魔法陣が展開され、そこからハルトが現れた。


「お待たせ」


「ハルト様、わざわざありがとうございます。あの……こ、交通費です」


 そう言いながら、セイラがハルトに口付けをした。


「はい、確かに」


 キスしてくれたセイラの頭をハルトが撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細める。


「セイラは交通費くれたよ?」


「し、しなきゃダメか?」


「別にいいけど……エルミア、俺の屋敷までかなり遠いよ?」


「い、一緒に連れていってくれないのか!?」


「だってエルミア以外のみんなは、転移させてあげる時にキスしてくれたから。エルミアだけ特別扱いできないよ」


 もちろんハルトには、キスしなかったからといって本当にエルミアを置いて帰ってしまう気などなかった。


 ハルトはエルミアのをセイラから聞いていたので、それを実践していたのだ。


「みんながそうしているなら……す、するしかない。う、うん、仕方ないよな」


 エルミアがハルトに近付き、その肩に震える手をおきながら、彼にキスをした。


 一瞬で、エルミアはハルトから離れていった。


「こ、これでいいか!?」


「んー、本当はもうちょっとしてほしいけど。みんなが待ってるし、帰ろっか」


「ま、まて! 足りないなら、その……す、する」


 そう言ってエルミアがふたたび、ハルトの唇に自分の唇を重ねる。


 それはハルトより十歳以上も年上の、大人の女性のキスとは思えない、たどたどしいものだった。


 しかしハルトは、これはこれでだと思った。


「ど、どうだ? ま、満足か?」


「ありがと、エルミア。気持ちよかった。交通費をもらったし、帰ろう」


 ハルトはセイラとエルミアに手を触れると、転移魔法陣を展開して自分の屋敷へと転移した。



 ──***──


「な、なんだこれは!?」

「ハルト様、と戦っていたのですか?」


 エルミアとセイラが、ハルトと一緒に転移して彼の屋敷に戻って最初に目にしたもの──



 それは、真っ黒に焼け焦げた巨大な竜の姿だった。

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