第188話 竜神
オレは昔、赤竜だった。創造神様の指名を受け、獣人の王国にあるダンジョンの管理をしていたんだ。
そこは勇者を育てるための、勇者専用ダンジョンだった。だから普段は冒険者たちがやってくることもなく、かなり暇だった。
今からおよそ百年前、ずっと誰も来なかったオレのダンジョンに、ついに勇者がやってきた。
その時は、この上なくテンションが上がったのを覚えている。
最終層まで辿り着いた勇者に、言ってやりたい台詞の候補を、千も考えていたからだ。
オレのダンジョンに挑戦した勇者は、二人組だった。
恐らく異世界から転移してきたのであろう人族の勇者と、ハーフエルフの女。
その女は勇者の付き添いだったのだろう。
女の方が剣筋が良かったのを覚えている。
勇者の方が強いのだが、たまに危なっかしい場面もあり、それを上手くハーフエルフの女がサポートしていた。
なかなか良いペアだと思う。
そしてヤツらは、オレが待つ最終層へとやってきた。
オレの前に立った勇者たちに、百年も考えていた台詞を言うことができてオレはちょっと満足していた。
さて、あとは適当に相手をしてやるか。
オレはダンジョンを管理する水晶で勇者たちの動向を見ていたから、ヤツらにはオレを倒せるほどの力がまだないことを知っていた。
勇者たちとの戦闘が始まると、ヤツらは上手く連携してオレの攻撃を避けながら攻撃してきたが、やはりオレに傷を負わせられるほどの攻撃力は有していなかった。
どう足掻いても、オレを倒すことなど不可能だ。
さっさと諦めて出直してこい。
そう思っていたのだが──
急に女が剣を納めて、勇者の後ろに移動した。
次の瞬間、オレの生存本能が、今すぐこの場から逃げろと叫びだした。
それは生まれて初めての感覚だった。
恐怖──最強の竜に生まれ、命を脅かされることなどなく生きてきたオレが、初めて感じるものだった。
愕然とするオレに対して、勇者が放った言葉を今でも覚えている。
『悪いな、ちょっとズルさせてもらうぞ』──勇者はそう言ったのだ。
きっと勇者は、それまで本気を出さずにオレと戦っていた。
しかし、そのままではオレに勝てないと悟ったヤツは、異世界からやってきた勇者特有のチートスキルを使ったのだ。
オレは負けた。
手も足も出なかった。
ありえない速度で移動する勇者の姿を視界に捉えることもできず、気付いた時にはボコボコにされていた。
そのまま一切の慈悲もなく、勇者はオレに止めを刺した。
倒されそうになった時、勇者に言いたかった台詞もいっぱい考えてたのに──ヤツはオレになにも言わせてくれなかったのだ。
オレの最後の言葉は『えっ、ちょ、ま──』だった。
くそぅ。ダサすぎる。
オレは死んだ。
死んだはずなのだが、目が覚めた。
目の前に創造神様がいて、オレを次の竜神にすると言ってくださったのだ。
創造神様がオレに、新たな生命を与えてくださった。
生命を与えられた、というのは少し違うな。
オレは神になったのだから。
生き死にとは無縁の存在になった。
ただ、あまりにもオレへの信仰心が少なすぎると、存在が消滅することもあるらしい。
とはいえ神はこの世界のヒトや魔物に直接手出しできない。そこでオレは『竜の巫女システム』を作りあげた。
オレが指名した竜人族の女──竜の巫女に、オレの加護と力を与え、竜人族や竜族のケガを癒させるようにしたのだ。
竜族たちが彼女に感謝すると、その気持ちはオレへの信仰心として、オレの糧となる。
創造神様の『聖女』をちょっと真似した。
アレはよくできたシステムだ。
パクったわけじゃないぞ?
オマージュだ。
神としては若いオレだが、結構上手くやっていると自負していた。
そんなオレを、白竜と竜の巫女が呼んでいた。
白竜とは昔よく遊んでやった。
実はオレが神になる前、白竜と何度か戦ったことがあるが、幼い白竜の方が強かった。
ちょっと悔しかった。
しかし、竜神となった今、オレが白竜に負けることはない! ──と思う。
オレ……勝てるよな?
今の竜の巫女は、よく働いてくれている。
つい最近も、大量の信仰心がオレの許に飛び込んできた。
懐かしい白竜と、オレに信仰心を届けてくれる竜の巫女が呼んでいたので、顕現してやることにした。
対面したふたりから、
オレは竜であった頃から、ヒトの魂の匂いを嗅ぐことができた。
「お前たちから俺が昔、負けた勇者の魂の匂いがする」
そんなことありえるはずがないと思いながらも、懐かしくてつい声に出してしまった。
「おじちゃんが、負けた? それって──」
「もしかして、守護の勇者様のことですか?」
「そうだ。たしか、ヤツはそう呼ばれていた」
神になった後、オレを倒したヤツが守護の勇者と呼ばれていたことを知った。
守護の勇者は、後ろに守るべき者がいる時、ステータスが倍増するらしい。
仮に当時の勇者がレベル100であったとすれば、ハーフエルフの女が剣を納めて勇者の背後に移動したことで、勇者のステータスはレベル200相当にまで上昇していたということだ。
そんなの、チートじゃねーか!!
だから、オレが負けたのも仕方ないんだ。
まぁ、神となった今の俺であれば、ヤツに敗れることなどないはずだ。
昔、自分が負けたことを正当化しようとしていたら、白竜の口からとんでもない情報が飛び出した。
「その守護の勇者、実は転生したの」
「──は?」
な、なに?
どういうことだ?
「そ、それは事実なのか?」
「はい。事実です。竜神様が感じられた守護の勇者の魂の匂いは、
竜の巫女が答えてくれた。
竜の巫女はオレに嘘をつけないはずだ。
守護の勇者が転生した?
えっ、マジで!?
と、ということは──
「ヤツに、リベンジのチャンスだ!!」
「えっ、あ、あの……竜神様?」
「ふははは、守護の勇者よ。この世界に戻ってきたのは失敗だったと後悔させてやろう」
なに、殺すつもりはない。
ちょっと、昔の仕返しをしてやるのだ。
オレがずっと考えていた台詞を、言わせてくれなかった仕返しだ。
神は直接ヒトに手を出せないが、それは人間界での決まりだ。
守護の勇者を神界に連れ込んで、そこで戦いを申し込めばいい。オレに勝ったことのあるヤツは油断するはずだ。
あとは戦う理由さえあれば……
なんとかして、勇者がオレと戦いたくなるような理由を探さなくてはいけない。
まぁ、それはヤツと会ってから考えればいいか。
神となったオレには、勝った際の報酬として提示できるものが、山のようにあるのだから。
もちろん、負ける気など全くない。
俺の前に膝をつくヤツにむかって、かつて言えなかった
久しぶりに、赤竜の姿になった。
その身体は、神となったおかげで以前と比べ物にならないほど力が満ち溢れていた。
オレは竜の巫女と、人化している白竜を掴んで、飛び上がった。
オレの突然の行為に驚いているようだが、巫女も白竜も、暴れることなくオレの手の中で大人しくしている。
このふたりに染み付いた匂いを辿れば、勇者のもとへと行けるはずだ。
ふはははは、待っていろ、勇者よ。
今からゆくぞ!
百年前の恨みを、晴らさせてもらおうか!!
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