第186話 妻たちの奔走(4/9)

 

 ヨウコとリュカを背中に乗せた白いドラゴンが、上空を超高速で飛行していた。


 そのドラゴンは、白竜である白亜はくあの本来の姿だ。


 ハルトの屋敷を出た時、白亜の背中にはセイラとエルミアも一緒に乗っていた。


 そのふたりを聖都サンクタムまで送り届け、今はリュカの故郷、ドラゴノイドたちが住む里に向かって飛んでいた。


 その途中で──


「ここらでいいか。白亜よ、乗せてくれてありがとなのじゃ」


 突然ヨウコが、白亜の背中から飛び降りた。


 下は海だった。

 見渡す限り陸地など、どこにもない。


「ヨウコさん!? 白亜様! ヨウコさんが──」


 ヨウコが白亜の背中から落ちたと勘違いしたリュカが、慌てて白亜に声をかけた。


「リュカ、心配いらないの。アレは完全体の九尾狐。私より強い存在の心配なんて、するだけ無駄なの」


「えっ」


 リュカが唖然としていると、落下中のヨウコの身体が突然変化した。


 全身を綺麗な白い毛で覆われた、九本の尻尾をもつ巨大な狐の姿になった。


 次の瞬間、リュカは自分の目を疑った。


「う、うそ……海の上を、走ってる?」


 ヨウコが、白亜の飛行する方角とは逆方向へ海上を疾走していったのだ。


 リュカと白亜の目的地である竜人の里と、ヨウコの目的地である極東の島国は、聖都からはそれぞれ正反対に位置している。


 ハルトの屋敷もしくは聖都から、九尾狐の姿になって移動してもよかったのだが、それをすると高速で移動する際に、ヒトに見られる恐れがあった。


 だからヨウコは、ヒトに見られることの少ない海上に出るまで、白亜の背に乗ってきた。



 ヨウコは他者の意識を逸らして、認識されるのを阻害する魔法を使うことができるが、高速移動で発生する衝撃波は消せない。


 その衝撃波は、ヒトを簡単に消し飛ばすほどの威力がある。


 また、身体が大きすぎてヨウコの認識阻害の魔法が届かない距離から、ヒトに見られてしまう可能性もある。


 九尾狐は『災厄級』と呼ばれ、この世界ではドラゴン以上──魔王クラスにヤバい存在なのだ。


 もし存在が知られれば討伐軍が結成され、それがグレンデールに押し寄せることになるかもしれない。


 ちなみに、討伐軍は九尾狐を倒すためにやってくる。


 もし本当に討伐軍が来たとしても、既に完全体になってしまったヨウコを倒す手段などない。


 完全体の九尾狐を倒すのなら、魔王を倒せる者──異世界から来た勇者クラスの者をつれてくるしかないのだ。


 高速で飛んでいる白亜とは反対方向へ、ヨウコは海上を走っていった。


 あっという間に、ヨウコの姿が見えなくなる。



「あの……ヨウコさんって、白亜様よりお強いのですか?」


 リュカは、竜とヒトが交わった結果生まれたドラゴノイドという種族だ。


 竜とドラゴノイドは基本的に同等の立場なのだが、白亜は竜族の中でも上位の存在であったため、リュカは白亜に対して丁寧な対応をとっている。


「完全体じゃない九尾狐なら、なんとかなるけど……アレは無理なの。アレって災厄だよ? 邪神に力を分け与えられた悪魔──『魔王』と同等クラスか、それ以上の存在」


「ま、魔王以上!?」


「まぁ、魔王っていっても色んな強さのヤツがいるから一概にはいえないけど。でも正直、なんでアレが人族と一緒にいられるのか、わけがわからないレベルなの」


「そ、そうなのですか」


 リュカは、家族の中に魔王がいるという事実に気付いてしまった。


 それだけじゃない。


「あれ……もしかして、そのヨウコさんを主従契約で従えているハルトさんって──」


「あー、うん。バケモノなの。私なら何があっても、絶対に逆らわないの」


 白亜が管理をしていたダンジョンにハルトたちがやってきた時、彼の魔法である騎士たちを見て、戦わずして降伏することを決めた。


 全力を出せば十体くらいなら倒せるかもしれない。しかし、ハルトはその魔法の騎士をおよそ百体作り出したのだ。


「リュカ。竜族とドラゴノイド族の繁栄のためには、絶対にハルトと敵対しちゃダメなの」


「わ、わかりました」



 ──***──


 ドラゴノイドたち住む里に辿り着いた。


 上位の竜族である白竜が、ドラゴン形態で飛来したため、里全体が慌ただしくなった。



 白亜が人化してリュカと一緒に里の中に入ろうとすると、里の入り口付近で住人たちが平伏していた。


「白竜様。ようこそおいでくださいました。里長をしております、ククルカと申します」


 ドラゴノイドたちの先頭にいた妖艶な美女が、白亜に向かって挨拶を述べる。


「私は白亜なの。少し用事があって、竜の祠に入りたいの」


「白亜様。大変申し訳ございません。現在、竜の巫女が不在でして──えっ、リュカ?」


 竜の巫女が居なければ、竜族であっても竜神が祀られている竜の祠に入ることはできない。


 それを説明しようとしたククルカは、彼女の娘──リュカが白亜の後ろにいることに気が付いた。

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